星新一さんを偲ぶ会「ホシヅルの日」ご報告 この報告は決して公的なものではありません。あくまで私人として参加した、私の個人的な感想をまとめたものです(なんだか閣僚の靖国参拝みたいだな…)。
1999年9月11日(土)
営団地下鉄・竹橋駅で下車。開場前に昼食を食べようと思ったのだが、このあたりでは毎日新聞社ビルくらいしかレストランがなく、安い大衆食堂やファーストフードの店が全くない。やむなく空腹のまま、科学技術館へ向かう。北の丸公園は、いつも近代美術館の本館までしか来たことはなく、その先へ足を踏み入れるのは初めて。その本館は現在、改築のため閉館中であった。知らなんだ。
さて、初体験の科学技術館。売店では宇宙ゴマや宇宙食が売られており、いかにも科学の殿堂という感じがする…と思ったら、入口で大勢の着物美人(美人でない人も若干含む)がお出迎え!さすが国民作家・星新一追悼の会、すごい演出…と思ったら、何のことはない、1階では着物の展示会をやっているのであった。和服姿の杉良太郎もいたぞ。単なる「似た店員」かもしれないが。
で、「ホシヅルの日−星新一を偲ぶ会」の会場であるサイエンスホールは、地下の階段を下りきったところにあった。なんか「ボッコちゃん」のいる酒場へ続く道みたいですが。ともあれ、午後2時の開演を待って、ロビーで一服する(実はこの日、午前中は日本SF作家クラブの総会があったのですね)。2時の合図とともに、オープニングCGアニメの上映(米田裕さんによる「天空へ行った作者を追おうとするホシヅル」の無声映画)。照明が明るくなって、司会の新井素子さん(実行委員長)と井上雅彦さんが登場。発起人の小松左京さんは体調を崩して不参加とのことで、メッセージを代読する(夏バテと自称しているが、大丈夫だろうか?光瀬さんも亡くなったことだし…)。
続いて、星新一氏の一生をたどるビデオ「千一篇の夢」の上映。秘蔵写真や8ミリフィルム、関係者の証言ビデオ、「驚きももの木20世紀」の抜粋などで、プロデビューまでの前半生をたどり、第1部終了というところで、パネルトークになった。SF評論家の巽孝之氏の司会で、パネラーは「宇宙塵」代表の柴野拓美氏、宇宙大元帥ことテレワーク代表・野田昌宏氏、おなじみの豊田有恒氏。本来ならここに小松左京さんもいたはずなのだが。ともあれ、「空飛ぶ円盤研究会」での出会いから「宇宙塵」の発足、江戸川乱歩に発掘されての「宝石」誌でのプロデビューと、昭和30年代の星さんの動きをたどる話になった。柴野氏によれば、「宝石」への転載を決めたのは乱歩自身、大下宇陀児と2説あるのだが、大下氏が推挙したとハッキリ聞いたとのこと。「乱歩はSFがわかりませんでしたから」と少々アブナイ発言。その後、いわゆる「星語録」のハナシに及んだ。有名な「東海村のハラコ・ツトム研究所」の話、「帯に短しタスキに長し」などのことわざ合成の元祖としての評価などに触れた後、野田氏が「星さんの秀逸なブラックジョークとしては、数々の●●ジョークがあるが、それはここで話すわけにはいかない。そのかわり、今だから話せるということで、昭和45年のSF国際シンポジウムのときの話を」と言って披露したのが以下の話。
このSF国際シンポジウムには米ソのSF作家が参加し、初の東西交流が実現したのだが、東欧側世話役の深見弾氏に向かって星さんが、「明日の記者会見で、ソ連の作家たちが『大変世話になった。ついては、お礼に国後、択捉を進呈しよう』と言った、と発表しよう」と発言。青くなった深見氏が「やめて下さいこんな場で」とうろたえると星さんは一段と喜び、「大伴昌治がアトラクションのためにレナウンガールを借りてきたそうだが、その娘たちを1人ずつソ連作家にあてがったらどうだ。一層喜んで『では歯舞、色丹も進呈しよう』となるかもしれんぞ」と言い出し、深見氏は卒倒寸前になった、というお話。
続いて豊田氏にマイクが回り、「共産圏ネタではこういう話もある。上野動物園のパンダが死んだとき、『なぜ日本に来たパンダはよくもこう頻繁に死ぬのか』という話題になり、星さんは『じつは中国のパンダは、日本に送る前に少林寺拳法の3年殺しという技をかけてあるんだ。3年すると死ぬから、日本はそのつどパンダをもらうため経済援助をしなければならなくなる。それが中国の深慮遠謀だ』と言って、大笑いになった」という回顧談。とにかく、星さんは権威とか体制というものが嫌いだった、という結論になった。
一方で星さんは、自分たちをも客観視する人でもあった、と言って豊田氏が披露したのが悪名高い「匿名座談会」のときの話。(豊田氏は固有名詞を伏せていたが、ご存じない方のために説明すると…早川書房の「SFマガジン」から作家たちが距離を置き始めた頃、SFマガジン編集長の福島正実氏が誌上で行った座談会で、日本SF作家のほとんどに対して罵詈雑言を浴びせた内容だったそうである)豊田氏たちが「あの座談会はけしからん、何か行動を起こさねば」と議論していた席に星さんが現れ、「どう思います」と問われて「うーんそうだな、飼い犬に手を噛まれたというのは聞くが、飼い主が犬の尻に噛みついたというのは前代未聞だな」と答えて爆笑となり、抗議行動云々は沙汰やみになった、との話。また、野田氏が「星さんは懐の広い人だった。私がキャプテン・フューチャーを訳したとき、ここにおられる柴野さんは否定的な評価をしていたが、星さんは「火星人ゴーホーム以来の面白さ」と言って励ましてくれた」との話を披露。一方で自作には厳しい人だったとして、野田氏がテレワークの仕事として「ベートーベン第10交響曲」の演奏会に星さんを招待したときの話に。この「第10交響曲」、真筆には違いないがじつは若い頃の習作で、いわば「ゼロ番交響曲」、内容も全く退屈な代物だったそう。ベートーベン好きの星さんがどういう感想を言うかと不安に思っていたところ、終演後にぽつりと「習作ってものは、生きているうちに始末しておかんといかんな」と語った、とのこと。自作についてもそういう考え方をしておられたのか、と感じ入ったと話していた。前半終了したところで、マンガ家、イラストレーターによる競作イラスト「ホシヅルがいっぱい」のスライド上映。「フックト・オン・クラシック」などのBGMに乗って登場したのは、とり・みき、永井豪、江口寿史、いしかわじゅん、吾妻ひでお、加藤直之、高田明美、開田裕治、吉田戦車、寺田克也、横山えいじ、唐沢なをき、ゆうきまさみ、萩尾望都、大友克洋、横山宏、小松左京氏らによるホシヅルの数々。(小松さんのイラストがじつに達者。さすがは戦後に赤本マンガを描いていただけのことはある)
続いて、幻の名作アニメとして上映されたのが、日本の人形アニメの重鎮、岡本忠成氏による「花ともぐら」(原作は和田誠・画による絵本『花とひみつ』)。ベネチア映画祭で銀賞を取った傑作である。これがじつに詩情豊かで、それでいて人形が和田誠のイラスト(それも初期の作風)に全く忠実にデザインされているのが見事。これはレアアイテムを見せていただいたなあ、という感動があった。続いてビデオ「千一篇の夢」の第2部上映。プロ作家としての活動や晩年の心境などを語る内容だった。その後、パネルトークの第2部として、「星新一によって世に出た作家」の人たちが登壇。星敬さんの司会で、大原まり子(この日SF作家クラブの会長に就任)、高井信、太田忠司、江坂遊、井上雅彦、新井素子の諸氏が順に、星さんとの出会いや交流を語った。高井氏は星さんのファンクラブ「エヌ氏の会」での活動が長く、太田、江坂、井上の3氏は星さんの選による「ショートショートコンテスト」の出身、大原、新井の両氏は今はなき「奇想天外」誌の新人コンテスト出身(しかも新井さんは星さんの強い推挙で世に出たという因縁)…それぞれ作風や活躍の場は違っても、星さんの影響を強く受けているのは間違いないと語っていた。江坂さんは星さんから聞いた話として、「ショートショートは千歳飴だ。ある年齢の世代は必ず手にするが、その年齢を過ぎると二度と手にしなくなる」という談話を披露していた。聴いていた私は、自作に関してかなり悲観的な見方をしていたんだなあと思う。まるで大乗仏典だ。
最後に、一般参加者の申込書にあった「一番好きな星新一のショートショート」というアンケートの集計結果の発表。非常に票が割れ、得票は1票のみ、という作品が目白押しだったそうだ。(かくいう私もベストワンに挙げたのは「町人たち」だもんなあ…)
ベスト3は、第3位「午後の恐竜」6票、第2位「ボッコちゃん」11票、そして堂々の?第1位は「おーい でてこーい」26票。ちなみに、次点は「鍵」と「処刑」だったそうである。
最後に女優の市毛良枝さんが登壇。しりあがり寿さんによるイラストがスクリーンに投影され、(昔のNHK「おはなしでてこい」のような演出で)「おーい でてこーい」を朗読。聴いていて「この作品はもはや、現代の民話だな」と感じた。それと、星さんの文体は描写の少ない乾いたものだと思っていたが、この作品に関する限り、所々に詩情を感じさせる情景描写があり、その一方で、核開発や廃棄物問題に関する社会批判がわりとストレートに(寓意的にではなく)書かれているのにも意外な感じを持った。
予定の午後4時を少し回ったところで終了。照明が明るくなってみると、「エヌ氏の会」などのSFファンの人が多いものの、星さん個人とお付き合いがあったと思われる年輩者のかたがわりと多く見受けられた。ロビーではそうしたかたたちと香代子夫人がご挨拶されている光景も。
表に出ると、北の丸公園はカラスと野良猫がのどかに憩い、坂本龍一の武道館公演を控えてダフ屋が徘徊する、きわめて日常的な風景があった。
「かつて、SFが日本を席巻したときがあった…」今見てきたのは、幻影だったんじゃないだろうか。そう思いつつ、大きなタマネギを通り過ぎて、家路についた。