1999年7月の日記
恐怖の大王が来るのは
来月らしい
アンダーラインの部分は、
今回追加した分です
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7月1日(木) きのうで会社をクビになり、知り合いの事務所でアルバイト生活と相成りました。齢**歳にしてフリーターであります。なんだかなあ。
収入も減るので、小遣いは減らされる、付き合いで入った保険は解約する、ケータイは原則として受信のみ、という、韓国経済さながらの緊縮財政であります。一応、次の仕事の見込みはあるのですが…どうなることやら。
7月2日(金) 前の職場の先輩からお誘いがあり、「送別会」と称して数人で飲み会、その後2次会として麻雀。日ごろ弱い私が、なぜかバカ勝ちした。運をここで使い果たしたんじゃないだろうか。いささか不安。
7月3日(土) カミサンと車で出かけた途中、ミニストップでソフトクリームを食う。知り合いの人の弁では、普通のソフトクリーム(バニラ味)が一番だというのだが、つい怖い物見たさで
「黒みつソフト」
というのを食べてみた。…わりと美味かった。要するに、クリームあんみつの味である。甘党の皆さん、他所で食べられない味という意味では、一度試してみる価値はあると思いますが。
7月4日(日) 疲れがとれないので、午前中は近くの銭湯へ行く(日曜日だけは朝風呂があるのです)。体にたたきつけるようにジェット噴射が出てくる「エステバス」というものを、水風呂と交互に数回あびて、1時間くらいかけて入浴。健康ランドとやらへ行くと\2,000くらいはかかるが、最近は銭湯で\385でも、それなりにクアハウス気分が味わえますね。安上がりでよろしい。
午後は千葉県立美術館へ
「ヒューストン美術館展」
を見に行く。例によって、新聞屋さんからもらったタダ券である。あまり期待していなかったが、中世キリスト教絵画からキュビズム、抽象絵画まで美術史を通観できるという、なかなかお勉強になる、良い展覧会でした。久しぶりに図録(カタログ)というものを買ってしまったぞ。
見てつい笑ってしまったのは、「シュトラウスの聖母子像」という中世絵画で、みどりごイエスの顔が今話題の「ダンシング・ベイビー」そっくり。ロココ絵画では、ブーシェ描く天使が例によって、ときメモのコアラみたいに目つきが悪いし。いやー、宗教絵画って、ほんとに笑えますね。(罰あたるぞオイ)
焼肉チェーン「安楽亭」で昼食。期間限定メニューで
参鶏湯
が登場するという話だったが、店員に聞いてみたら、来週あたりからのスタートらしい。参鶏湯は大好きなので、ちと残念。
7月5日(月)
小林信彦『人生は五十一から』
(文芸春秋)を買う。週刊文春に連載されたコラムの、昨年掲載分を単行本化したもの。
プロフィルにも書いておいたが、小林氏は30年近く、私にとってのカルチャーヒーローである。最近の氏の小説にはどうもついて行けなくなってきたが、エッセイ、コラムは今でも二読三読しているし、文中に「うんうん、そうだよなあ」という箇所がたくさん出てくる。ただ、言葉を選んで書く人なので、悪く言えば「奥歯に物のはさまった言い方」をしているケースが少なくない。それが最近では、勢いでつい書いてしまった(たとえば、実名を挙げて批判してしまった)という感じの文章が時々見られるようになってきた。トシのせい、いや失言、年齢を重ねて来られたせいか。
7月6日(火) 車で移動中、赤信号で止まった交差点の店先に、聖書の言葉を書いた短冊大の看板。「悔い改めよ」とか書いてある、アレです。で、その文句が「私生活も神は見ている 聖書」…神様はストーカーか?って(泣)。神仏がすべての言動をチェックしているのは当たり前のことなのに、こう改めて書かれると、何だかなぁ。
7月7日(水) 読売新聞のTV欄に「
野村サッチー関連の報道
やめろ」の投書が396通。近年まれにみる量でありますな。
愛機「れっつのーと」君が通電しなくなった。買った店に持ち込むと…ACアダプタの故障らしいが、使用法が原因(つまり私が悪い)なら、消耗品交換扱いで約1万円取られる。ハードそのものの欠陥なら、保証期間内なので無償、とのこと。失業中なので、この1万円の差は大きい。試しに、メーカーに送ってもらうことにする。東芝みたいな対応はしないでしょうね、松下さん。
7月8日(木) テレ朝のモーニングショー「やじうまワイド」に
坂井真紀
がナマ出演して、新番組「てっぺん」の宣伝。それは別にいいのだが、短髪にして不良少女(死語)を演じている時の顔が、久本雅美そっくりに見えるのは、どういうわけだろう?
新聞の見出し「
千葉ロッテマリーンズ
18年ぶりの首位」。素直に喜んでいいのか。
7月9日(金) 図書館で借りた、
千代大海龍二『突っ張り』
(東京新聞出版局)を読了。ありがちな「有名人のインタビューを編集部がまとめたタレント本」なのだが、けっこう“千代大海伝説”の内幕暴露みたいな箇所が多くて面白かった。たとえば、あの有名な「父ありて…」という詩は、自作ではなくて須永博士の詩集から借用したものだとか。本人が「暴走族の頭をやっていたが、カタギの人に迷惑をかけたことはない」と本気で信じているところがスゴイ。放置バイクを寸借して乗り回すこと自体、十分に窃盗行為なんだがなぁ。四つ相撲を稽古しないとか、心技体といった精神論をハナから否定するとか、相撲界の常識から見たらかなり異端なのだが、本人は自分の行き方を毫も疑っていない。ま、こういう「強いヒール」がいてもいいと思うが、大関昇進のときの、何でも美談仕立てにするマスコミ報道は行き過ぎだったなあと、時間をおいた今はしみじみ思うことであります。
7月10日(土) 東京へ物見遊山のハシゴをしに行く。
まずは、新宿の三越美術館で
ダリ展
を見る。ここは閉店セール真っ最中の三越南館7階にあり、入口からエレベーターまで移動するのがひと苦労だった。
展覧会は、フロリダのダリ美術館の所蔵品が中心。油絵がやや少なく、それ以外の版画、素描などは質の良いものがあまりなかったのが残念だった。しかし、「ポルト・リガトの聖母」「万国公会議」などの超大作がナマで見られたのは、もう言葉もないくらい感激モノ。以前に伊勢丹美術館で開かれたダリ展は貧弱だったので、やっとモトをとった気がした。招待券をくれた三越の某氏には大感謝。
つづいて、水道橋の在日本韓国YMCA(スペースワイ)で
「韓国の雅楽」公演
を聴く。雅楽という言葉でイメージされるものとはだいぶ隔たりがあり、「韓国の宮廷音楽」というほうが正確ではないかな?と思った。演奏は韓国国立国楽院のメンバーで、非常に典雅なものでした。少し眠くなったけど。それと、全部で1時間半程度の演奏で、ちょっと聴き足りない感じはあった。
神保町
「キッチン南海」のカレー
を食べ(メリケン粉をこがして作る黒いルーが苦辛くて絶品)、地下鉄を乗り継いで、
浅草のほおずき市
へ。きょうは四万六千日。小雨の降る中、浴衣姿の茶パツ姉ちゃんも多かった。しかし夕方で、露天は大半が店じまい。軒忍ばかりが売れ残っている、という状態でした。行き帰りの地下鉄でも、ほおずきを下げている人はたくさんいたが、軒忍を買った人は1人も見かけなかったものなあ。そもそも自分自身、ほおずき以外の物を売っているなんて知らなかったぞ。
全然関係ない話だが、一応書いておく。話題になった「アンアンの
神田うの
ヌード」は、実はエステの広告写真だったのである!マスコミを見事に利用して、話題作りに成功。やるな、たかの友梨。
7月11日(日) 近所の回転寿司
「かっぱ寿司」
で昼食。すべて1皿100円、というのがウリで、カニ足もウニもイクラも全部100円。さすがに、イクラは人造物らしかったが(ゼラチン質のカプセルを噛んでいるような歯ごたえ)。それと、ネタが新鮮で美味、ではないのだが、値段から見れば仕方がない。醤油もなんだか麺ツユをブレンドしてあるような味で、安いネタの味をそれでカバーしているような感じだ。
午後は掲示板の常連、畏友みなづきはじめ君と会い、サイゼリアで軽食を食べながら雑談。バカ話が出来る友人が近くにいる、というのは本当によいものだ。みなづき君は
「とんがらC」
を500ml飲みきれないそうで、我が家では夫婦でめいめい1日1本ずつ飲んでいる、というと大層驚いていた。
7月12日(月) 文化放送の「えのきどいちろう意気揚々」で、ゲストの玉木正之さん(スポーツライター)が発言していたが、2002年のワールドカップ決勝会場に決まった
横浜のスタジアム
は、どうしようもなくヒドイ施設だそうである。収容人数こそ全国一だが、設計に問題があって、特等席や報道席からゴールやコーナーキックが見えない、報道席のすぐ脇が一般用通路で原稿が丸見え、施設内に食堂がない、エトセトラ。
そこから他の施設の話になり…(1)千駄ヶ谷の東京体育館が、改築後はえらく固い床になってしまい、競技者から不満の声が出たところ、管理側は「年1回サーカスの公演があるので、ゾウが歩いても大丈夫な強度にした」との回答だったという。「体育館はゾウのためにあるのか?(玉木氏)」「アーム筆入れじゃあるまいし(えのきど氏)」。(2)ある体育館で新体操の大会が開かれたが、「落とすと床が痛むので、こん棒の演技は中止するよう」管理者から命じられた。(3)中村紘子氏の著書にあった話。あるピアニスト(中村氏自身?)が地方の施設でピアノ演奏を行ったところ、施設管理者から「床が痛む」と言われ、靴を脱ぎスリッパ履きで演奏させられた。
これ、全部実話だそうである。スポーツ競技者やクラシック演奏家は、ごくささいなコンディションの差がモノを言う世界であるのに、この見事なまでのお役人根性。聴いているだけで情けなくなってきますな。
7月13日(火) 先日のテレビ朝日「ニュースステーション」によれば、1999の年、7の月に降りてくる恐怖の大王とは、山陽新幹線のトンネル内壁なのだそうである(爆)。
で、今話題の
小林一輔『コンクリートが危ない』
(岩波新書)をナナメ読みに読む。趣旨はマスコミで報道されたのと同じなのだが(というより、小林教授らの研究要旨をマスコミが報道しているのだが)改めて書いておく。
山陽新幹線など1970〜80年代の建造物が、なぜヤバイかというと、(1)手抜き工事。きちんと接合面を処置していない橋脚などがポッキリ行く(先日起きたトンネル内のコールド・ジョイントも同じ)。(2)海砂を多量に混入するため、塩分でアルカリ骨材反応が起きて、鉄筋が腐食し、コンクリートも劣化してボロボロになる。(3)工事時に施工業者が、流し込みやすくするため生コンに更に水を加えてしまい(不法加水)、固まった後の強度に問題を生じる(要するに、空洞・ひび割れが出来る)。(4)セメントメーカーが製法上の欠陥から、アルカリ硫酸鉛を多く含んだセメントを大量に出荷していた。(5)生コン製造会社が、コスト削減のためスラグなどの安価な材料(骨材という)を混入することがあるが、それが行き過ぎ、強度に問題を生じるほどになった。
要するに、原料のセメント、生コンから、施工現場に至るまで、セメントは手抜きとインチキのし放題だったわけである。その背景にあるのは例のごとく、建設省とゼネコンの官民癒着。研究者に欠陥を指摘されると、官僚がデータを改竄して業者には口封じをするという、体面のために国家の危険や国民の福利をも犠牲にする行為もあったという。
そして事は、新幹線や高速道路にとどまらない。当時建てられたマンションや公団住宅は、今やヒビだらけ、空洞や陥没が頻発しているのだそうである。さらに怖いことに、小林教授は「バブル崩壊後に建てられたマンションは販売価格を下げるため、再び欠陥工事が目に余るようになり、絶対に買ってはイケナイ」といった趣旨の言葉で、この本を締めくくっているのだ。
7月14日(水)
「キムタク・ミポリンが9月挙式」
という、天下の大誤報も、どうやら真相が明らかになってきた。自分がゴシップまみれになるのを承知で、カモフラージュ役を買って出るとは、かっこよすぎるぞ、木村拓哉。
話は違うが、先週の週刊新潮で、「某エステサロンの、キムタクと女の子の会話を家庭用8mmで撮影したという設定のCMは、要するに実録アダルトビデオで“AV嬢を監督自身がカメラを構えて追っていく”演出のパクリだ」という指摘があって、たいへん得心のいく指摘でありました(笑)。
7月15日(木)
手塚悦子「手塚治虫の知られざる天才人生」
(講談社α文庫)を読む。図書館で借りた本。「夫・手塚治虫とともに−木漏れ日の下で」という、内容に沿ったまあ順当な原題を、文庫本化に際して、こんなゲヒンな題名にしてしまう編集部に怒りをおぼえる。…が、内容はまずまず興味深く読めました。「漫画家の女房」に本を書かす、というのは良い目の付け所でしたね(最近これをマネて、石ノ森章太郎の奥さんが本を出した。次は赤塚不二夫の前妻だと思うのだが、柳の下にドジョウはそうそうおるまい)。
手塚治虫の七不思議の一つに、両親について、特に父親についてほとんど言及していない、という謎があるのだが…悦子夫人の文章から察すると、どうやら相当強烈なイディプス・コンプレックスがあったようだ。虫プロ時代以降、両親が常に同居していたという事実も、この本を読んではじめて知った。さりげなく書かれてはいるが、手塚家の近親相姦的な精神構造(肉体的な関係はもちろんない。誤解のないように)、そして痴呆の姑と寝たきりの舅を介護する毎日…手塚治虫自身はこれらについて、ほぼ完全に沈黙していた。そういう意味では、かなり内幕暴露の要素もあって、「亡き夫を妻が語る感動の本」というイメージとは相当かけ離れた、コワい本である。
7月16日(金) 夜9時からテレビ朝日系「
驚きももの木20世紀
」を見る。東洋大学の創始者にして哲学者、しかして妖怪研究家として一世を風靡した
井上円了
の特集。単純に言ってしまえば「妖怪変化のほとんどすべては迷信なり」と断言し、その解明と理論付けに半生をかけたという、明治時代の大槻教授とでも言うべき人である。テレビがこの時期に井上円了を取り上げたのは、五島勉らを間接的に批判する意図でしょうが…一方で、明治という時代が、いかに迷信と怨念に満ちあふれていた時代であったか、という面も浮かび上がらせていて、好企画でした。中でも、井上が「正夢(まさゆめ)」について、「夢が現実と合致する可能性は何千万分の一だ。しかし、合致しなかった夢は忘れ去られ、偶然合致した夢だけが口伝えに広まって、正夢とか虫の知らせという物が存在するように信じられていく」と説いていた、というのは卓見だと思いましたね。
というのも、阿刀田高さんだったと思うが、ノストラダムスの予言詩について、「予言というものは、優勝劣敗の法則を考えれば不思議でも何でもない。時間がたつにつれ、現実と合致しなくなった予言はしだいに忘れられ、現実と合致する(ように見える)書物だけが生き残っていくのだから、現在まで残っている予言書が『当たっている』のはむしろ当然なのである」という趣旨の文章を書かれていて、すとんと胸に落ちた記憶があるからだ。五島某の本が売れに売れていた時期の発言だが、これに注目した人は全くいませんでしたねえ。
さて、その後はチャンネルを変えて、日本テレビ系「金曜ロードショー」。定番のジブリアニメ「
魔女の宅急便
」である。改めて見てみると、ストーリーは「この辺で淡い恋愛があって」「この辺で主人公が挫折して」「この辺でちょっとしたスペクタクルがあって」…といった、お約束な展開の連続で、いわばナショナル時代劇の時間配分そっくりなのだが、それでも最後まで(カネを払って)見てしまうというのは、やはり「ウマイ」のでしょうね。
むしろ今回感じたのは、ジブリの両輪、宮崎・高畑両氏の資質の違いについて。宮崎監督は「魔女の宅急便」の封切り当時、「上京して一人で頑張っている若い女性への応援歌を作ろうと思った」とコメントしていたが、そのことの是非はともかく、同じテーマで作ったはずの高畑作品「
おもひでぽろぽろ
」との、この差は何だろう…と思ってしまった。語り出すと長くなるので、結論だけ書くと、「宅急便」では「特技を伸ばすことでスランプを乗り越える」という展開なのに対し、「ぽろぽろ」では「自分を解放できる他の世界へ行く」という結論になる。宮崎アニメはいちおう未来に希望をつなぐ終わり方であるが、高畑アニメは一種の「敗北」「逃避」で終わることが多い。「
平成狸合戦ぽんぽこ
」にしても、具体的な敵には敗れ、一市井人としてひっそり暮らす、という結末は漱石の「坊ちゃん」と同じではないか。…という所で、まとめ。
宮崎:ストーリーテリングがうまい。テーマを押しつけない。観客にカタルシスを与えるコツを知っている。
高畑:シナリオがぎこちない。説教丸出し。根が暗い。
…これでは高畑氏はイイトコナシなのであるが、さて、「
ホーホケキョ となりの山田くん
」の興行成績やいかに?。私の予想を缶チューハイのCM風に言えば、「お客さん、松竹の株は、今が売りってことよ」。
ちゃんちゃん。
7月17日(土) 今日は夫婦でお勉強、である。
財団法人 千葉県福祉ふれあい財団
の「経済計画講座」という、まあわかりやすく言えば、老後の生活設計についての講義である。が、内容は公的年金とか401Kプランとか、重要なことなのだが取っつきにくかったらしく、私の周囲の奥様たちは「難しい」を連発。もちろん(?)わが愚妻も「さっぱりわからない」と仏頂面をしておりました。
7月18日(日) 久しぶりに、千葉市コミュニティ・センター内の温水プールへ行く。体調があまり良くないので、ほとんど水中ウォーキングと低温サウナで過ごす。7〜8月は千葉市の室内プールは、屋外プールと同じ2時間150円に値下げするのだそうである。ありがたいありがたい。
夕方は「
ミスターバーベキュー
」という、食べ放題の店へ行く。「焼肉・寿司」と大書した看板がでているが、その他サラダバー、バーベキュー、デザート、ケーキなどが食べ放題で、大人1980円、子供1280円。ただしソフトドリンク飲み放題はプラス380円、アルコール類は別料金。…しかし、いざ食べてみると、寿司ネタは「持ち帰り寿司」レベルで、肉の質もそこそこ。営業妨害をするつもりはないが、客側はこの値段でモトが取れるとはとうてい思えない。しかも小さい子供は先に綿菓子やカキ氷を食べたがるから、かんじんの料理がほとんど胃に入らなくなってしまい、お店の思うツボである。やはり安い店(たとえばサ●ゼリアとかバーミ●ン)で、単品料理を頼んだほうが安上がり、という結論に達したことであります。
7月19日(月) 今日から、夜は、千葉公園プールで夜間水泳教室。バタ足でほんの少々泳げる程度の私としては、なんとか泳ぎをモノにしておきたいと思っているのであります。いつタイタニックみたいな目に遭うかもしれないしね。…しかし、夜の屋外プールは寒い!水は(温水ではないが)けっこう温かいのだが、水面から外へ出ると、たちまち歯の根が合わなくなる。いささか参りました。
7月20日(祝) JR京葉線・海浜幕張駅前に、「
木下大サーカス
」公演を見に行く。細かい感想は省くが、日本テレビ・読売新聞・報知新聞の冠公演で、トヨタグループなどが公式スポンサーとしてずらりと加わっている。今や、サーカス経営も大変な金食い虫となり、こうしたやり方でないと生き残っていけないのだ(日本のサーカス団はほとんど淘汰されてしまったはず)。イマ風にテンポの速い展開なのはいいのだが、日本の古典芸として、樽回し、葛の葉、竹乗り、などが途中に挿入され、しかも(派手な演出にしようといじっている苦心はわかるのだが)あまりウケていないのには気の毒になってしまった。これらは本来、見せ物小屋くらいの小テントで見せるのに適した芸で、このくらいの大テントで演じるとどうしても映えないのである。つかこうへい氏が紀伊国屋ホールで「熱海殺人事件」を上演した時、かなり苦労したらしいが、それと通じるものがあると思う。
出島
の大関昇進がほぼ確定ということらしい。本名のままの大関というのも珍しいのではないか?(あ、輪島がそうか?)
7月21日(水) 仕事が忙しく、夜の水泳教室に行きそびれた。残念。
少年サンデーの北崎拓「
なぎさMe公認
」が終了。しかし、この盛り上がりのないエンディングは何だろうなあ。作者自身が「クサイ展開」がキライらしいのはわかるんだけど。一応、陸上競技マンガなんだが、やたらにラブラブな展開になってしまい(サンデーでアンケートを意識するとどうしてもそうなってしまうらしい)、何週か前の回ではバックの点描が、悪名高い「キックオフ」(その昔ジャンプで連載されていた、サッカーマンガだったはずなのに単なるラブコメに堕してしまった作品)そっくりに描いてあって笑えた。これも確信犯臭かった。
7月22日(木) 近所の銭湯へ行き、エステバス(胴回りにジェットバスを噴出させるもの)を延々と浴びる。だいぶ疲れが取れた。
先日の
ダリ展
のことで、書き漏らしたことがあったので追加。
ダリ自身がコマーシャリズムに関心が強かった、というより、自分自身と作品を商業的に売り込むことに熱心だったこともあって(週刊ポストに連載中の伊集院静氏の紀行文によれば、これはダリ夫人ガラの裁量だったらしい)、死後だいぶたっても「なんでこんなものが?」と思うようなモノが作られている。たとえば、ダリの油絵を使ったスクリーンセイバー、パソコンの文字がダリの肉筆になるというフォント(爆笑)、ダリの全身像のキン消し(キン肉マン消しゴム)、ダリのモチーフ(晩鐘の考古学的考察など)をかたどったマグネットクリップ…これらはすべて、ダリ展の販売コーナーで売っているので、興味のある方は見てみて下さい。ただし、ダリ肉筆フォントは英数字のみで、日本語フォントはありません(当たり前だ)。…それと、絵ハガキ1枚150円、ポスター1枚2,000円は高すぎるぞ。
7月23日(金) 今日も仕事が忙しく、一日中クルマで走り回っている。…と思ったら、交差点でオカマを掘られてしまった。事故処理で時間がかかり、今日も水泳教室は欠席。これで泳げるようになるのだろうか?
7月24日(土) 午後6時からNHK教育
「双子探偵」
。おなじみNHK大阪ご用達の三倉佳奈・茉奈が主役と言うことで、試しに見てみる。舞台は東京・銀座。といっても、表通りをひとつ裏に入ると、昔ながらの下町の風情が残っている(これはドラマのフィクションではない、歩いてみればすぐわかる)。カナマナは少女探偵を気取ってウロウロと捜査しているが、実際に謎を解くのは和泉元弥の演じる名探偵・夢野で、彼女たちはいわば少年探偵団のごとき役割である。原作はジュブナイル・ミステリらしく、シナリオはいかにも子供だましといったヒドイものだが(でも読売新聞のTV欄には小学生の好意的な投書が載った)、演出やカメラワークが良いので、コメディとしてはなかなか楽しめる。…しかし、カナマナも大きくなりましたなあ。その母親役が小林聡美、というのも時代を感じます(タメイキ)。
この時間帯、今年からスタートした「ドラマ・愛の詩」とかいう気恥ずかしいタイトルのドラマ枠なのだが、往年の「少年ドラマシリーズ」を彷彿とさせるテイストがたまりません。スタートした時は「ズッコケ3人組」を実写ドラマ化していて、主役の3人がじつにハマリ役で芸達者でした。長く続くことを期待しておりますよ、NHKさん。受信料払ってないけど。
7月25日(日) 秋葉原で、大学時代のクラスメイトと
同窓会
。といっても、同じ学科の同期生だけなので、全部で70名、そのうち参加者は12名という、小規模なものでした。デジカメが結構役に立った。しかし、数年ぶりに会うのにスッと会話に入っていけて、違和感が全然ないというのはスゴイな。終了後は、せっかくなので石丸レコードビルやLaOXザコン館を見て回る。が、そう飲んでもいないのに悪酔いしてしまい、帰宅するなりバタンキュー。自分のHPでのチャット第1回目に、主催者自身が欠席するという醜態をさらしてしまいました。
7月26日(月) 産経新聞だけが
ハイジャック犯
を実名報道。他のマスコミは及び腰。少年犯罪の場合もそうだが、加害者の人権だけが保護されている、という批判も一理あると思う。ネット上では、機長の措置は正しかったのか?英雄視することで本質が見えなくなるのでは?という意見も出ていた。(後記:文化放送の水谷加奈アナは「ハイジャック犯の匿名希望」と言い間違えて、後々までバカにされている)
7月27日(火) 「醜聞が本職」の
羽賀研二
、二股交際発覚。しかし、TV各局のモーニングショーで「巨乳の新恋人」「巨乳タレントと交際発覚」としか見出しを付けてもらえない桜庭あつこって…たしかに、何の取り柄も知名度もないもんなあ。「売名のために事実無根の交際発言をした」と言われても仕方なかろう(アンナに芸能人としての才能があるか、という問題はひとまず触れないでおく)。
フジテレビ
「救急ハート治療室」
を偶然見る。コミックが原作とはいえ、全般にドタバタ調の演出が鼻につくが、財前直見が(ヤンキー上がりらしい)ガラの悪い看護婦を熱演してマル。しかし、井上順が初老の父親役、とはねえ。私も年をとるわけだ。
7月28日(水) 午後10時よりNHK教育「よみがえる李朝の王宮・復元
景福宮
(キョンボックン)」。5月にソウルを訪れた時に工事中だった、景福宮の復元が終わったらしい。「朝鮮総督府」の建物が解体され、その後に李氏朝鮮の王宮の門が復元される、というのは、考古学的な意味だけでなく、民族的に大きな意味を持つ。しかし番組では、その辺はあまり突っ込まず、復元に関わる職人の世界を中心に取り上げていて、まあ無難な仕上がりでした。
7月29日(木)
私立短期大学協会
が、短大の名称を廃止して「大学(準学士課程)」と名乗れるよう、大学審議会に要請するとの新聞記事。定員割れの短大が急増したためのイメージアップ策だそうだが、何か、問題を間違えているような気がする。名前を変えたところで、4年制大学の学歴を求める傾向に歯止めがかかるはずがないじゃないか。現に、ビジネス系の専門学校は瀕死状態、を通り越して、もはや死屍累々。幼稚園、小学校が毎年どんどん淘汰されている今、短大だけがみな無競争で仲良く生き残れると思っているのは笑止千万だ。
7月30日(金)
辻邦生
さん死去。わが青春時代のカルチャーヒーロー(私は読まなかったけど)が、次々と亡くなっていく。北杜夫氏もそろそろ危ないか。
7月31日(土) 夕方から千葉県文化会館で
「千葉能」
。野外での薪能で、演目は「井筒」「土蜘蛛」、その間狂言に「呼声」。一昨年、昨年と雨にたたられたので、今年は開催日を梅雨明けに設定したのだそうだ。しかし夏休み真っ盛りでは、若年層はほとんど見あたらず、還暦すぎたオジサマ・オバサマがほとんど。しかも、後部のB席はすべて空席、という状態でした。この公演に限らず、バブル崩壊以降、他の能公演も平均して客足が落ちているらしい。
私見では、能の観客には(1)能はほとんど知らないが試しに見てみよう、(2)能には興味があって時々見るがまだよくわからない、(3)能の面白さがわかって幽玄の世界に没入できる、という3段階があると思う。千葉能は残念ながら、(1)が過半数、(2)が残り少々、(3)は皆無…という所ではなかったか。私の後ろの席では、50代後半と思える女性2人が上演中ずっとペチャクチャ喋り続けたあげく、中休み後は姿を消していました。いわく「つまらないわねえ」「時代に合わないのよ」「衣装替えだってノロノロしててさ、歌舞伎だったらサッと早変わりとかするのに」…うるさいぞオメーラ。ちなみに私は…やっぱり(1)?
夜はフジテレビ、ゴールデン洋画劇場
「透明人間」
。セイントの『透明人間の告白』が原作で、舞台は現代のアメリカ。物理学研究所の事故に巻き込まれて透明になってしまったヤッピー(死語)の青年が、スパイに仕立てて利用しようとする政府関係者に追われて…という話なのだが、監督がジョン・カーペンター、ヒロインがダリル・ハンナ、とくれば、これはもうB級SFサスペンスの馬鹿馬鹿しさ炸裂(これは褒め言葉です)。事故で研究所が半透明になってしまうシーンでのチープなセット、ウェルズ版透明人間に敬意を表しての「お約束な」包帯をグルグルと解くシーンなど、「やりますねえ」とニヤニヤしながら見てしまいました。しかも主演がチェビー・チェイスだから、お下品なギャグも随所に登場。怪作と呼ぶにふさわしい映画でした。