映画「ALWAY三丁目の夕日」登場物の研究

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 昭和33年を舞台にした映画「ALWAYS三丁目の夕日」に登場した物にスポットを当ててみました。

■参考資料

DVD
   ALWAYS夕日町のひみつ  メーキング・ビデオ
    以下の写真
以外の写真はこれからキャプチャしたものです。


   ALWAYS三丁目の夕日 夕日町オフィシャルガイド
   ALWAYS三丁目の夕日 夕日町オフィシャルガイド
   ALWAYS三丁目の夕日 パンフレット

サイト
   
オフィシャルサイト(http://www.always3.jp/index.html)

 

■ミゼット

写真1 絵の具で汚し演出

写真2 撮影後にピカピカに戻したところ

写真3 撮影後のピカピカ2

 出演したミゼットはボロっちくなっていますが、上の写真2、3にあるように本当はピカピカです。 

――――「ALWAYS三丁目の夕日オフシャル・フォト・ブック」より引用
発言者 美術 上條安里

P75
 ただし、一番の大ウソはミゼットです。昭和34年発売なんです。
しかも、ふんだんに汚したので、何年前のものかわからない(笑)。
でも、ミゼットは監督が昭和30年代の記号として絶対必要、ということで入れました。

P82
 あそこまで汚すつもりはなかったんですが、スタジオの中でフロントガラスにライトが全部映りこんでしまうので、それを防ぐために汚すうちに、ここが汚れていたらほかの部分も汚れているだろう、ということでどんどん汚すことになりました。
映りこみをCGで消すのは勘弁して、という話だったので。ラビットはもともといい感じに汚れていました(笑)。
――――引用終了

 撮影を終えてピカピカに戻した写真や写真を見ると確かに外のものが良く反射して映りこんでいます。
外の光モノが映りこむと強い光で白く飛んでしまって本来の映像情報が消えてしまうことになり、CGでは(捏造や創作ならできるけど)補正はできないということかと思います。
また曲面のフロントガラスやボディとなるとCGで反射の映りこみを処理するのが平面より難しくなることもあるかもしれません。
なお、写真1も写真2、3も作業している人が冬姿で、でき上がった映画からはとても想像できませんが(女の子が井戸で水遊びしているところとか)夏のシーンも含めて撮影した時は実は冬です。

 

■C62蒸気機関車

写真4 鉄橋を驀進するC62の勇士!

写真5 上野駅に到着したシーン

 映画で登場してくるSL(蒸気機関車)の機種に気を回す観客が滅多にいるとも思えませんが、プロデューサの阿部秀司さんが鉄道マニアで「C62でなければダメ」という強い拘りから生まれた映像とのことです。
時代考証の点だけでなくC62は我国最大の蒸気機関車で、素人目にも最も見栄えがする蒸気機関車でもあるとも言えるでしょう。
写真4の鉄橋を走るシーンはオフィシャル・サイトの中の
このページの本物の鉄橋の映像とミニチュアのSLの合成です。
写真5の上野駅のシーンは、京都の
梅小路蒸気機関車館で動態保存されている本物のC62を用いて、撮影用の駅を作製して撮影されたものにCG処理したものです。

 オフィシャル・サイトの中の「山崎貴監督×阿部秀司プロデューサー対談」第7回でC62機関車について触れています。
ここで本当は当時無かった「フクトウ」なる物が出てきますが、前照灯の脇にある「副灯」のことのようです。

 なお、「我国最大の蒸気機関車」というのは日本にあるという意味で、国産の最大の蒸気機関車となると中国に現存しているパシナ号ということになるようです。
このページで「No9 SL7パシナ」をクリックすると(中華風に妙に塗装されてしまった?)パシナ号の写真が出ます。

 

■テレビと電気冷蔵庫

――――「ALWAYS三丁目の夕日オフシャル・フォト・ブック」P87より引用
発言者 装飾 龍田哲児

テレビは新品であるだけでなく、映らなくてはいけなかったので大変でした。
メーカーには現物はなかったので、コレクターの方にお借りして。
でもそれは画面が映らなかったので、当時のブラウン管をそのまま保管しているコレクターの方から借りて、中身を入れ替えて。
最後にテレビをきれいにするのを趣味としている方に磨きをかけてもらった。
そうやってできた新品同様のテレビなんです。

 冷蔵庫の方ももちろん新品の設定ですが、やはりない。
ほとんどのメーカーに問い合わせたんですが、あっても古くて汚い(笑)。
当たり前といえば当たり前なんですが、新品のまま保管しているところがない。
全国各地で探しまくって、やっと北海道のアンティークショップで比較的きれいなのを見つけてきたので、購入して板金加工して新品同様にしました。
おそらく最新の冷蔵庫3台分ぐらいのお金がかかっていますよ(笑)。
――――引用終わり

 

■氷冷蔵庫

写真 氷屋さんのシーン

 氷屋さん(ピエール瀧)が捨てられた氷冷蔵庫を寂しそうに眺めているチラリと流れるだけのシーンですが、印象に残っている人が結構いるようです。

 氷冷蔵庫は2つの部分に別れ、写真6の蓋が開いている上の部分に氷を入れ、それで下の収納部分を冷やすというものです。
構造としては要するに断熱性の保冷器で、内部の壁面はコルクなどが断熱材として用いられ、表面にトタン張りがしてあります。
電気冷蔵庫が普及する前に氷冷蔵庫を所有していた家庭は多くはなく、どちらかと言うと富裕層ということになるようです。

 

■エージング

 「山崎貴監督×阿部秀司プロデューサー対談」第3回で、本当は昭和33年は新しいものばかりであったはずにも係わらず、セットが全て古めかしくエージングされていることについて触れています。
「昔のことを思い出すとき今あることをリファレンスにして思い出す」ということで(今に残る昭和30年物は古ぼけている)、本当の昔の姿そのままよりもイメージの上の演出としてエージングをかけたとのことです。

 

■撮影で使われたロケ地

写真 広場のシーン

 このページに倉敷市のロケ地についての記述があり、そこに写真で使われた空き地の写真があり(一見しただけでは分かりにくいものがあります)、土管はわざわざ撮影のために置いたようです。

オフィシャル・サイトの中の投稿欄の校舎に触れているぺージ
 一平と淳之介の通う小学校として登場した木造校舎は100年近く前に建てられ比較的最近まで現役で使われていた旧遷喬尋常小学校です。
その界隈(木造校舎マニア?)では結構有名どころのようです。

写真8 「ALWAYS三丁目の夕日 夕日町オフィシャルガイド」 P13より

 写真から夕日町は港区ということが分かります。
昭和33年の(都心と言える)港区に木造校舎があったかどうか疑問なところですが、ここは時代考証よりはイメージ優先ということで木造校舎にしたのかもしれません(映画製作者が地方出身者ばかりで都心の学校のことを知らなかったとすると話としては面白いです)。

 遷喬尋常小学校から、「では現役の日本最古の木造校舎は?」という疑問が派生し、調べたところ吹屋小学校で以下のサイトなどに写真があります。
http://ftown.boo.jp/takahashi/map/fukiya/school/school.htm
旧遷喬尋常小学校とはまた違った趣の風景の中で美しい木造校舎です。

 

■本当に昔は良かった?

 この映画を見た人、特に若い人にこの時代が素晴らしく見えるものがあるようです。
昭和レトロブームで湯タンポなどが結構売れているようですが、湯タンポの危険性の伝承が途切れてしまっている一抹の不安があります。
巻いた布が解けて湯タンポがむき出しになったとき寝ていると目が覚めることなくヤケドをしてしまうことがあり要注意です。
それから昔のアンカは渦中の有害物質の石綿が使われていますので、引っ張り出して使ってはいけません。
また、昔の家は隙間風が多く、練炭の一酸化炭素中毒をさほど気にする必要がありませんでしたが、特に火をおこし始める時に大量の一酸化炭素を発生し、現代の家では締め切った状態で練炭の火を起こすのは極めて危険です(火が充分についたとしても締め切ったまま酸欠状態になれば一酸化炭素が発生します)。

 原作では男の六さんが映画では女の子の六ちゃんになっていますが、現代人は女性が整備工をやることに違和感を感じることなくスルーしてしまいます。
実際の昭和30年代にはまず考えられないことで鈴木オートはありえない程リベラルということになります。
大したことでないことが大したことでないように扱われるのは結構に重要なことで、社会の着実な意識変化のひとつと言えるかと思います。
また、昭和30年代に東北弁を東京で堂々と口にすることもありえないことです。
CG技術のことだけでなく、この映画では昭和33年(1958年)だけでなく製作された2005年の「現代」というのは重要な隠し味になっているように思います。

 

■セット構成

写真 スタジオ内に作られた鈴木オート

写真10 六ちゃんの部屋から見た光景

 映画からはとてもそうは見えませんが鈴木オートも茶川商店もスタジオ内に作られています。

写真11 大通り(ということになっている所)から見たオープンセット

 このオープンセットは保存する話も浮上したそうですが、ベニア造りで耐久性に難ありということで流れたとのことです。

写真12 夕日町のセット構成の上部分

写真13 夕日町のセット構成の下部分

 

■映画出演した前期型ミゼットのディテール

 「ALWAYS3丁目の夕日」に出演したミゼットは荷台が小さい希少な前期型ですが、現存しているミゼットの殆んどは後期型です。
ミゼット所有者による
このサイト(midgetのエンブレムをクリック)も後期型ですが、ミゼットを維持管理し乗り回すだけでも結構に大変なことが伝わってくるものがあります。
他にもミゼットに関することはネット上に結構ありますが、やはり殆んど後期型です。

写真14 後期型を元に前期型風にしたミゼットのプラモデル

写真15 ボディ部分のオリジナル・パーツ

 ミゼットのプラモデルに前期型は出ていない様で、写真14はアリイ1/32後期型ミゼットを元に前期型風にしたものです(前期型風というのは真面目に前期型にしていないということです)。
ボディのオリジナル・パーツに修正を加えた部分を写真15の赤い線で示します(黄色い線については後で述べます)。
後期型にある窓の三角部分の支柱、ドアの金属のストライプ(プラモデルでは凸線)、ヘッドライト横の凹線を削除しました。
ホイールベースも本当は小さいのですがそれはそのままとし、荷台の後ろ部分をカットして後ろ部分を前に詰めて荷台を小さくしました。

 部品の入手が大変な中にあって古い車をオリジナル状態に保つのは困難なはずで、映画に出演したミゼットが前期型の標準状態と言えるかどうかは定かでありません。
それにしても大ヒット映画となるともはや映画出演がステータスになり、映画出演したミゼットの状態そのままでオーラを放ってくるものがあります。
写真
14の製作物では手をつけていない部分も含めて、以下に映画出演したミゼットの後期型と異なる詳細部分を写真を示しながらピックアップします。

写真16 撮影場面 左上にあるのは並走するカメラ

 この写真はいかにも愛くるしい前期型ならではの横からのスタイルが良く現れています。
後期型と異なり屋根が幌になっていて、屋根に後ろが高くなる傾斜がついています。
幌に負圧がかかると上に膨らみ風や雨が入り込むことになりますが、この傾斜はそれを避けるためかもしれません。

写真17 荷台に乗る一平ちゃんとトモエさん

 ただでさえ横転しやすい3輪車で立てば重心が高くなり、「危険ですので絶対にマネしないでください」というところでしょう。

写真18 ミゼットの後ろ部分

 後期型と異なり後ろの窓が2分割されています。
荷台にある枠組みはL字鋼のようですが、撮影終了後の写真
2、3や下の写真19などではこれがなく、写真17のように一平ちゃんとトモエさんの掴り箇所として映画撮影のために付け加えたものと思われます。
写真15の黄色い印の複数の横筋はキャブレターに繋がるエアインテークの表現ですが、前期型ではこれがありません。
タイヤの後にシャーシ後部にある燃料タンクに繋がる燃料注入口がありますが、運転席には燃料計が無く、燃料タンクに燃料残量を示す透明なチューブが付いているとのことです(つまり・・・燃料残量を確認するには停めて降りて後ろに回って見ることになります)。
なお、車の右側に書く文字は前から後ろへ「トーオ木鈴」と書くのがこの時代の流儀かと思います。

写真19 屋根の幌部分 撮影終了後に拭いて綺麗にしているところ

 フロントガラス越に2分割の後ろの窓が写っています。

写真20 鈴木オートの車庫

アリイの後期型のプラモデルの説明書ではシート部分はグレーとありますが、ここに写っている背もたれは茶色になっています。
また、説明書にはハンドルは黒となっていますが白っぽい色になっています。

 

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