タバコ止めることができました

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●とりあえず一時的にタバコを絶ってみたら

 それは「タバコが切れたけど買いに行くのが面倒くさい、少しタバコ絶ってみるか」ということから始まりました。
その成り行きでそれから半年近く経ちますが今だにタバコは吸っていません。
断固たる決意から始めたわけではない私のケースが特別というわけでもなく、むしろタバコが止められた人の定番のひとつのようでもあります。

 人はドラキュラになりたくないけれど、ドラキュラになってしまえば今度は人に戻りたいとは思わないということで、今の自分でなくなることには強い拒絶が働きます。
ニコチン中毒のコチラ世界からアチラ世界に行くようなもので、タバコ飲みがタバコを止める決断を下すことは極めて困難があります。

 止める決断はできなくてもとりあえずタバコを止めてみることは気軽にできます。
また、「決断」と言うと聞こえが良いですが、後で気分が変わればいとも簡単にリセットされてしまうことで口約束にさえなりません。
それよりはタバコを数日でも数週間でも吸わなかった実績の方がずっと重いものがあるはずです。
何回失敗しようがそれで損するわけではなく、それだけでも一生の間に吸うタバコの本数は僅かでも確実に減りますし、何回もやるうちそのうち何かの拍子で(意思の強さというよりはどうも偶然の要素の方が大きいような気がします)エンジンがかかって本当にタバコから離脱できるということのようです。
喫煙者は止める決断などしなくても、まずはタバコを気軽に絶ってみることをお勧めします。

 もっともタバコを本当に止めるには止める決断はできなくても、「できればタバコは止めたい」、「吸わずに済めばそれに越したことはない」という意識が根底にあることは必要でしょう(様々な病気と喫煙との因果関係や副流煙による他者への危害など多少なりとも把握すればそう思うのが普通です)。
また、本格的にタバコを止めるにはいつかどこかでタバコを止める決断は必要ですが、それはタバコを止めた実績期間が1週間以上とかになり、断煙の継続が財産になってからで構いません。
人は「かくあるべし」のイデオロギー先行ではなく、財産があれば財産を守るべく辻褄合わせでイデオロギーを構築する性向があり、つまり自分の都合に合わせて理論武装するという面があります。

 

●喫煙者は禁煙の苦痛を強いられる

 体に害があるのは当然として、別の面からタバコの損得問題にアプローチしてみましょう。

 今時いつでもどこでも吸いたい放題で喫煙できるはずがなく、喫煙者である限り禁煙を強いられることになります。
また、喫煙への社会の風はますます冷たくなる一方です。
環境や場所が変わると一服したくなるものがあり、駅で吸う一服には捨てがたい味がありましたが、今や駅は全面禁煙化の趨勢にあります。
また、例えば映画館で映画を見ている2、3時間というのもタバコ飲みには結構辛い時間で映画に集中できなかったりします。
1、2時間でヤクが切れて禁断症状が出てくるような中毒は離脱した方がけっきょくは得です。
つまり”後の一生の間のタバコが吸えない苦痛”を最小にする最善手は逆説的ですがタバコをスパッと止めることです(正確なことを言えば後どのくらい生きるかによりますが)。

 大往生するまでタバコを吸い続ける人は滅多になくて、大抵の人は60代、70代あたりからどこか体に不具合を生じてそれを契機にタバコを止める人が多いようです。
もちろんタバコを止めたところで汚れた肺が元通りに綺麗になるはずがなく、いずれ止めるならなるべく早く止めた方が得ということになります(金銭的な面からも言えますし)。

 

●”禁煙”というスローガン

 タバコを止める時、「禁煙、禁煙、禁煙」とお題目のように「禁煙」を唱えるのはどうかと思うものがあります。
自分に禁じるものを課すのはネガティブなイメージがあり、あまり気分が良くありません。
また、そもそも禁じるという行為は人と人、社会と人の間で成立するもので、自分に対して禁じたところで、自分勝手にそれを外すことができては禁ずることになりません。
自分の意思で「今はタバコを止めている(先のことは自分でも分からないけどね(^^;)」ということで、「断煙」、「絶煙」、「遮煙」、「止煙」という方が適当かと思います。

 

●3つの壁

http://www4.ocn.ne.jp/~ochrs/minichishiki6.htm
 上のページに禁煙の第1の壁、第2の壁、第3の壁とありますが、確かにそういう印象がありました。

 第1の壁はいわゆるニコチン中毒の禁断症状で短期間に山を迎えます。
これはニコレットで比較的簡単に乗り切ることができました。
「ニコレットは凄いんだぞ〜、効くんだぞ〜」と自分に暗示をかけるまでもなく(かけても無駄にはならないと思いますが)、確かにニコレットを口にするとタバコを吸いたい気持ちがスーッと落ち着くものがありました。
もっともあまりにニコレットに依存するとけっきょくニコレット経由でニコチン中毒から離脱できないことになります。
私は多少気合を込めて強引に1週間程度でさっさとニコレットを卒業してしまいました。

 タバコを止めて1〜2週程度で体内のニコチンはゼロになるとのことです。
ニコチン中毒の禁断症状の「タバコ、タバコ、タバコ・・・」といった四六時中頭の中がタバコでワンワンしている状態からは脱却することができました。
しかし、これはまだタバコを止めることできたわけではなく、ほんの一里塚に過ぎないものがあります。
「えっ、まだダメなの」ということでちょっと意外だったりして、これで精神がくじける人も少なくないかと思います。
何かことあることにタバコを吸いたくなり、行動や嗜好の記憶としてのタバコが残っていて、これが第2の壁になります。
これはなかなか消えず「タバコはやはり吸いたい、いつまでこれが続くのか、一生続くのか」と思っていたら3ヶ月あたりからスーッと減少してきました。
もっとも減少してもゼロにはならず、これが第3の壁で一生続ける必要があるようです。

 「タバコを止めることに我成功せり!」という劇的な瞬間があるわけではなく、いつの間にか「この先タバコに手を出すことはもはやないでしょう」という自信のある気分になり、それには4、5ヶ月程度を要しました。
そして、気がつくと近くの人が吸うタバコの煙に不快感を感じるようになっていました。
タバコを止めるには、ニコチン中毒からの離脱の瞬発力系の短期決戦とタバコの慣習からの離脱の長期戦、そして最後に長期戦というよりは一生続けるタバコに手を出さないメンテナンスという3段構えの意識が必要ということになるようです。

 

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