< その他 >          Ausserdem

フランス製大型ハーモニュウム(ハルモニウム)Harmonium

    高さ3メートル、幅1.6メートル

1988年に修復した2段鍵盤ハーモニュウム、フランス、デュモン社製。修復
には約半年掛かった。バラバラの状態で工房に運ばれ、壊れたり紛失した部品は
工房にて製作した。壊れたリードも自作した。

「オルガンの文化史」赤井励著、176頁に記載されている、オルガンと同種類
のハーモニュウムと思われる。23ストップ、素晴らしい音色。後ろには、手動
で吹子を動かす梃子が付属しており、助手が操作する。ハーモニュウムの規模と
しては最大級。

 

ディスクオルガニーナ

修理したディスク式オルガニーナ、手回し式リードオルゴール。
蓄音機型の紙腔琴。

 

プティアルモニュム

次の3写真は小型ハーモニュウムです。箱の中にコンパクトに入っており、上に
引き上げますと演奏出来ます。ペダル部分が吹子になっており、珍しいハーモニ
ュウムです。

  ( その他 、その他 )

万年復活祭暦

解説

1990年頃、パソコンを操作していた時、1900年が閏年として計算されて
いた事に気が付いた。内部CPUの日付計算処理が1900年を閏年としていた
のだが、当時から表計算ソフトも全て閏年となっていた。自分自身で表計算ソフ
トを学ぶために、習作として1992年にマルチプランで作成した万年カレンダ
ーソフトを雑誌「The Basic」に投稿し、掲載された。実用上、
1900年が閏年として計算されても、もあまり影響はないのだが、正確な暦を
習作の為に作成した。

今日、ウインドウソフトが一般に使用されるに至り、表計算ソフト、エクセルで
も使用可能にする為に改良を加えた。また、自分自身の興味から、復活祭決定の
複雑な計算を試み、関連する移動祝祭日表を合わせて表示した。

キリストが十字架に架けられたのは、西暦30年4月7日で、13日の金曜日で
はなかった。グレゴリオ暦となり、1700,1800,1900年は平年とな
った。100で割れ、かつ400で割れる年、2000年は閏年となる。グレゴ
リオ暦では400年に3度、閏年を取らない置閏法となっている。

復活祭の期日計算方法を一言で解説するのは難しいのだが、復活祭は、春分後の
満月の次の主日とし、満月が主日と重なる時は、次の主日に移される。故に太陽
暦と太陰暦を相互に計算する必要が生じる。
                                    
1900年以降の復活祭期日計算として、簡単な計算方法があるのだが、ここで
は採用しなかった。                                    

参考文献 「暦とキリスト教」 土屋吉正著  オリエンス宗教研究所発行                                    

                                    1999 年 4 月       

以下のソフトを実行する為にはExcelが必要です。

万年復活祭暦 起動

Excel97圧縮自動解凍ソフト  万年復活祭暦  ダウンロード

 

石臼(磨臼すりうす)

 

ちょっと珍しい道具の修復をしました。それはタイトルにあります様に、磨臼で
す。一般的には消滅した様な道具になっているおります。民俗資料館などに展示
されている所もあるでしょう。まだ、農家の納屋の隅に転がっているかも知れま
せんが。米、麦、大豆、蕎麦、茶等を挽く為に使用される円盤上の石で出来た臼
です。小さな物は抹茶を造る時に使用されます。

2000年12月に修復した臼は、直径36センチ、高さは上下を合わせて30
センチある重い物です。素材は御影石で、昔(私が子供の頃、40年以上前)、
祖母がこれを回して麦や大豆を粉にしておりました。長く、庭の隅に野ざらしに
なっておりましが、たまたま家内が家庭菜園で麦を収穫し、パン用の粉にしたい
と、臼の修復を言い出しました。放置され、長く忘れられおりましたので、取っ
手は既に存在せず、芯棒は朽ちてなく、上臼の凹状の穴に、芯棒が入る所に僅か
に受け金が残った状態でした。取っ手の構造は想像し、また芯棒と臼の取り付け、
取っ手と臼の取り付け方法も全く手探りの状態での修復でした。歴史的に修復し
たのではなく、使用可能な道具として、使い勝手を考慮しての修復でした。

上臼の横には5センチ角の穴が対角線上に向かい合って2つ開いております。そ
こにL状の取っ手を付ければ良いのですが、どの様に差込、固定するのかが解り
ませんでした。取っ手は1つとし、対角線上の穴は取ってを締め付ける為の、補
助穴と考えました。取っ手が2つだと回し難いと思いましたし、子供の頃の僅か
な記憶にも、取っ手は1つだった様な感じでした。

先ず、樫材を角棒にし、角穴に差し込める様に端を削り、臼から4センチ出る一
方の端は直径3センチの丸ほぞに加工、同じ物を2個作りました。別の樫材を木
工旋盤で棒状に取っ手に加工し、取り付け部分は3センチのほぞ穴を横に開け、
取り付けほぞに差し込む構造にしました。単に差し込んだ物ですと丸ほぞですか
ら、ここを中心に回転し、取っ手の役割を果たしません。そこで更に、取っ手の
中間部分と下端に穴を開け、ワイヤーを通し、臼の反対側の角穴に差し込みんだ
補助棒まで、そのワイヤーを鉢巻き状に回して、取っ手が回転しない様に縛り付
けました。

ステンレスの縒ったワイヤーを使用し、締め付けには、フックの付いた締め付け
金具を用いました。思っていた以上に、取っ手は固定され、重い臼を回す事が出
来る様になりました。

これらの修復に丸々2日の日数が掛かってしまいました。喜んで麦を入れ、臼を
回しましたが、粉が出てきません。失敗かと思いましたが、臼の回転を時計回転、
右回転させており、反時計回転に回したところ、無事に粉が出てきました。

粉が出来るまでには、麦を植え、磨臼を修復し、多くの時間とエネルギーを使い
ました。粉を買って来た方が当然に安いのですが、満足感、達成感は多くあり、
また昔の農家の苦労を理解する事が出来ました。麦を植えたのは家内で、家庭菜
園を全く私は致しません。たまたま、古い臼が転がっておりましたし、自家製パ
ン焼きは日常的な事でしたので、幸にも磨臼の修復の経験を致しました。

後日、近くの民族資料館、農業資料館などに磨臼を探しに行きましたが、ここに
は抹茶用の小さな臼しか展示しておりませんでした。本来の臼がどの様な構造に
なっているのか調査中でしたが、下記のホームページに詳細が掲載されておりま
したので参照して下さい。修復する思考の過程で多くの内容を学んだ事は、大い
なる収穫としてここに報告致します。

注:参照ホームページは削除されました。

 

タイガー計算機(機械式計算機)

kalkulator 














 

電子計算機が普及する以前は、そろばんと機械式計算機が一般に使用されていた。
1923年大本寅治郎氏により発明され、「虎印計算機」と命名されたこの機械式
計算機は後に「タイガー計算機」と改名され、1968年頃をピークに1974年
まで、国内50%以上のシェアーで製造販売され、機械式計算機の不朽の名器とし
その歴史を閉じた。故にタイガー計算機の名は機械式計算機の代名詞ともなった。

2001年5月12日、広島の骨董屋の隅で埃を被ったこの計算機を偶然に見つけ
た。摘みや桁カーソルの一部は紛失していたが、それを理由に値切り交渉をして、
遂に入手を果たした。摘み、カーソルを復元、注油整備などを施し、完全に動かせ
る様に修復した。幸にも、計算機のオリジナルの覆いが残っており、ある事務所で
使用された登録年月日が書かれていた。1956年10月10日の日付となってい
る。45年前に製造された計算機が今再び、ここ私の机上に甦った。


関連情報「日本の機械式計算機の歴史」