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山では、(せめて山ぐらいでは)意地を張るのはやめましょうというお話です。
会社の後輩、KEちゃんは4歳年下のがんばりやさんです。いつも一生懸命になり過ぎるので時々、
その緊張の糸が切れて、土砂降りになる事もあります。性格は一言で言うには難しいですが
辛い時に、顔には出ちゃうくせに(笑)辛いと言わないタイプ。
分かり易い様で、分かり辛い??そんな彼女が、ある日、私の利尻山登山計画を聞いて
「一緒に行きたい!!」と言い出しました。
それまで、山になんか登った事のない人間を、おいそれと連れていける場所じゃないんだよ!と
断ったのですが、それでも、行きたいと言う、、、、その熱意にほだされて“事前トレーニング”に他の山行にも
同行する条件付で、承諾しました。しかし、シフト勤務の私達は同じ休みになる日と言っても限られてしまいます
そこで短期集中で、一本目が短い時間で(登り1時間半前後)で登れるが傾斜がキツイ“定山渓子天狗岳”。
夏の暑い日でもあり、(しかも、その日は私も体調最悪、低山と舐めて二日酔い)彼女はバテバテ。
次に行ったのが、なんと2本目にして“恵庭岳”!!(登り4時間半前後)しかも、どちらかと言うと、
利尻の山頂部に近い男性的な山。そして、雨(珍しく)、、、、。まだ、入門編にいる彼女のレインウェアは
“ビニール雨がっぱ”のみ。、、、なので暑い、歩きづらい、、、だろうに黙々と歩き通す。
3本目の山行は、藻岩山(足がなかったので)で2往復しようか、、、と言っていたけど、35℃を軽く越す気温に
負けて一往復に留める(利尻直前の事もあり、体力の温存に走る)。確かに根性だけはあった。
(その間にも、彼女と重ならない休みは、私は毎週山行を重ねていたのですが)
しかし、ここまで(たったコレだけで)‘98夏、私達は二人で利尻に(鴛泊コース)を登ったのでした。
彼女の少ないトレーニングに、不安を覚えた私は荷物重量差を約10Kgつけて、テントからストーブから、、、
殆どの装備を担いで行き、食事の用意も全て賄った為に、帰ってきた後の彼女の感想は、「楽しかった!!」でした。
(そりゃそうさ、こんなのガイド登山でもないぞ。あったら、50000円は取られるぞ。運転手付きだし!)
まぁ、結果としては事故もなく良かった、良かった。
さて、私が小屋で「いい先輩ねぇ」という部外者の言葉に「今日だけです。いつまでもお客さん登山はさせません」と
答えたのを彼女は聞いていたはずです。
彼女はその後、友人とその母達と空沼岳に行ったが、山頂は踏めなかっただけでなく、相当堪えたらしいのです。
対等な日帰り荷物を持った同志であれば、利尻に登ったとはいえ彼女は素人同然、
むしろ普通の人よりもペース的には遅い方。
「辛かった」と言う彼女に「それが当たり前。あれは特別」とは言ったものの、このままじゃ買った靴が無駄になる。
「どこか一本、登りに行くか?」の私の誘いに「行く!」と二つ返事でのって来た彼女。行き先は暑寒別岳。
足慣らしに、もう一本行こうと、誘ったものの“山が中心”ではない彼女は他に楽しい事が一杯で休みは遊びでふさがっている。
では、自分でちゃんと自主トレするという約束で山行を決行したのですが、3合目当たりから
ペースはスローダウン。「ちゃんと、自主トレしたの?」「ううん」(やっぱり)
登り出しが早くはなかった事もあり、時間は見る間に過ぎて行く。
8合目で「今日は無理だ、このペースなら暗闇を下山する事になる。
(来る途中見た行程で)少なくとも日没前に、3合目までは降りないと、、、
しかし彼女の返事は、「行く。」との返事。「分かった、行くのは良いけど大変なのはあんただからね!」
「下りは3合目まで休憩はなし」、、、それでも「行く」という。
さて、その後どうなったでしょう。二人は日没前に3合目に到着したものの(ギリギリの薄闇)
その先の2合目には真っ暗闇。ヘッドランプを頼りに道を下りましたが、夜間もヘッチャラな私と、
おっかなびっくり“そろそろ”と前進する彼女。
小屋のカギを返しに行く時間が迫り、先に下っては彼女の足元を照らしながら待つ。下る事1時間。
登山口に着いた時、彼女はぺったり座り込んで動く事もできない様子でした。
しかし駐車場に到着して、そんな彼女を促して身支度もそこそこに出発。
案の定、次に鍵を使用する方は到着してらっしゃいました。30分ほどの遅刻ですが遅刻は遅刻!
丁重にお詫びして、帰途に着いたのでした。
もちろん、この時は最低限のビバーク準備は持っていたので、こういう少しの無理を決行しちゃいましたが
良い子の皆さんは絶対、真似しないでね?って事ですよね。
後日、KEちゃんはシミジミ言ってました「あの時の山が一番辛かった」と。
それは、もちろん利尻ではなく、この時の暑寒別山行なのでした。
翌年、地元のTVクルーが遭難しかかる事件のあった山です。