
普段、何気なく歩いている山道ですが ソコに花が咲いていたらわざわざ踏みつける人は
ある年、黒岳の小屋に止まった時の事です。
中年男性が、「登山道から出て写真を撮っちゃダメですかね?」と小屋番さんに質問して
にべもなく断られてました。(当たり前じゃ!ちなみに、こいつは小屋の中でも禁止されている
場所でストーブを使ったり、一般常識のかけらも感じられない見た目だけは上品なおっさんだった)
次の日、白雲に向かう登山道から遥か、離れた所の残雪のトンネルの中にそいつはいた。
登山道に放置されているザック周辺の、どこからルートを辿っても植物を踏まずに
そこに行くのは無理だろう、というのが同行の友人と私の一致した意見。
白雲に来たそいつは「花の写真を撮ってる」と言っていたけど、植物を踏みつけて
いい花の写真が取れるのかな?人と違うアングルで物珍しいだけで、その写真に
愛情はあふれ出るのかな?
植物にも種の保存の能力があり、それが種子という形で風に乗り、動物に運ばれ
何年か何十年か、何億年かの長い時をかけて山を走る。移動したり増殖したり。
もの言わない長老達のその上をズカズカ登山靴で踏みつけるなんて信じられない。
、、、と考える方は多いと思いますが、では花も咲いていない雑草のような植物
植物も生えていない所に実は、あるかも知れない目には見えない種子。
そこまで、言ってしまうと歩ける所なんて無くなってしまうんですけどね。
でも、最低限の所以外は傷つけない。そういう努力は出来ますよね。
人間の業です、登山なんて。
少なくとも、生活の為に登っていた先人達と同列に考える事は出来ない。
けれど、山屋にとって、そこは確かに必要な空間なんです。
であれば、守りたいなどと思わずに最低限、関わらせて頂きたい。
そういう謙虚な気持ちが必要なのではないでしょうか?
木道を含め、登山道だけが唯一踏みこんで良い場所。そういう認識を新たにするだけで
来年、楽しめる花の数は増えるかも知れません。
苦しい急登を越えた時、、、風に揺れる花達の、声のない励ましに感動を覚えた事を、
忘れないで山を続けられると、山は貴方の味方になってくれる。
自然に感謝する事を忘れて、何が山登り?