19【トライ・アタック】
海洋艦隊監視センターでは、サウザンドよりの緊急連絡を受信し、その対応に大わらわになっていた。
“イセ”の失探を緊急連絡してきた後、以下の電文をセンターでは受け取っていたのである。
『我、只今よりリングに上がる。』
それは、サウザンドがボギー1との交戦状態に入った事を意味していた。
「これだから…、まったく今の若い者は辛抱が足りんと言うのだ!」
原子力空母エンタープライズVの艦橋で、マイカル海軍准将が吼えていた。
彼は“ホット・ハリケーン”作戦の指揮を執るために、先刻この艦に着任したばかりであった。
彼の艦隊が出撃するには未だ2時間程の猶予が必要である。
サウザンドの先走った行動がこの作戦を台無しにする事に非道く怒っている様子であった。
だが、レイモンド達の行動が切羽詰まった上での判断であることは、言外に認めていた。
「硫黄島基地のタイガー部隊は間に合わんのか?」
タイガーシャークによる空からの援護を検討していたのである。
「前線基地となる母艦無しではそれは危険です、准将。」
エンタープライズVの艦長ルーベントは海図台に広げられた作戦海域の地図を見ながらそう答えた。
硫黄島からサウザンドが通信を送ってきた海域まで、悠に数千海里離れていた。
タイガーシャークの航続距離ギリギリである。
ましてや、ETSS(簡易変型システム)を駆使して戦闘形態へ移行しても、“足場”が無い限り、
彼らは満足な戦闘行為は未だ出来ないのである。
だが、このままサウザンドを見殺しにする訳には行かない。
硫黄島の訓練基地ではそれを承知で、タイガーシャークを飛ばそうとしていた。
艦隊責任者のルーベントは必死でそれを押さえていたのである。
「このままでは、サウザンドはやられてしまうぞ!見捨てるつもりか?」
堪りかねたマイカル准将は、大きな声でルーベントに迫った。
「彼らとて栄えある我が国の潜水艦隊のサブマリーナです。そう簡単にやられるとは思えません。」
ルーベントはそう言って、上官で有るはずのマイカルに怒気を含んだ声で答えていた。
彼は既に護衛艦であるイージス艦3隻に、先行するよう指示を出していたのである。
空母エンタープライズVには、ようやくタグボートが取り憑こうとしていた。
こんな時ほど自力で港を出られないこの巨体を恨むことは無かった。
「なんだ?これは?」
FISCOの巨大モニターに突然緑色の光点が点滅し始めた。
位置はサウザンドの最後の接敵位置から20海里程離れた地点であった。
「識別信号確認、シグナルグリーン!艦名確認!!」
「ネオ・アカデミー、ガーディアン所属『マリン・ベース』です。」
「ど、どこから現れた?」
FISCOの艦艇監視システムはあらゆる海域に張り巡らされている。
現在では、監視衛星ともリンクして、それこそドッグ入りしている艦艇の位置すら把握しているのである。
マリン・ベースが洋上を航行して来たならば、もっと前に表示されていた筈である。
「空でも飛んで来たのか?」
海洋艦隊監視センターのオペレーター達は、一様に同じ疑問を口にしていたのであった。
「各部水密チェック終了!全艦異常有りません。」
「着水時の影響が心配だったけれど…。思ったよりショックが少なかったわね。」
「慣性制御システムのお陰ですね。」
マリン・ベースの艦橋では艦長の大島渚と副長の加藤織絵が艦内各部からの報告を聞いて、
一息ついたところであった。
マリン・ベース。
全長180m全幅24m総排水量15.000tのこの船は、災害時の救助隊の移動支援基地という名目で
ネオ・アカデミーが3年前に建造したものである。
しかし、フラットな上部甲板、右舷にオフセットされた艦橋。
その容姿はどうみても中型空母そのものであった。
ただ、既存の空母と違うところは、艦尾付近の両舷から大きく膨らんだ噴射口らしきものと、空に向かって
伸びている二枚の翼の存在であった。
「サウザンドの位置は把握しているのでしょうね?」
「は、本艦の右舷前方15度、距離2000深度980で緩やかに沈降中です。」
「さすがね、あの態勢から艦のコントロールを取り戻すなんて。」
渚はソナー員からの報告を聞いて、安堵の声を上げた。
「原子炉の再起動完了。」
「タービン軸異常なし、現在出力80%」
「潜舵上げ15、深度990。沈降速度落ちました。」
サウザンドはその心臓部である原子炉の再起動に成功し、艦の持つ戦闘力を回復しつつあった。
原子力が産み出す膨大な熱量によって得られた強力な推進力が、深海からの誘いに抗っていた。
だが、未だ浮上するまでには至らなかったのである。
「浮力が足りんな…。」
レイモンドの口からは珍しく、しごくまっとうな言葉が漏れだしていた。
「海底火山の噴火でも有れば良いんですがね。」
副長のアランは何気ない様にそう言った。
「…グッド・アイディアだな。」
レイモンドは自嘲気味に笑って親指を立てた。
その時、通信室から驚きの声が上がった。
「通信が入って来ています。!」
「なんだと?」
この深海に地上からの通信波が届くとは思えなかった。唯一の通信手段は潜水艦同士の音響通信のみである。
「僚艦がこんな近くにいたのか?」
レイモンド達にとってはそれが事実ならば嬉しい誤算であった。だが、
「…どうも、音声ではないようです。」
通信員の一人はレシーバーを外しながら回線を切り替えた。
発令所のモニターに英文の文字が流れ始めた。それは圧縮された文字データーであった。
「いわゆるメールですね。」
アランの素っ気ない言葉にレイモンドは応えた。
「どうせなら、携帯も使えるようにしてくれると良いんだがな。」
やがて、モニターに表示される内容を目にした彼らは、そんな軽口もたたけなくなっていた。
「正気か…こいつら。」
「ネオ・アカデミーの所属艦らしいです。どうりで暗号じゃなく平文で送って来るわけですね。」
「そういう意味じゃない!。こんな事が本当に可能か?」
今度はレイモンドの言葉にアランが応えた。
「不可能じゃ有りません、ただ可能性としては40%以下でしょう。」
成功率4割…。それは判断基準としては難しい数値であった。
「だが、火山の噴火を待っていたら…。」
「限りなくゼロに近いでしょうね。」
それだけで、彼には充分であった。
「通信員、返信しろ『了解した。』とな。」
「は!」
「あ、それから文末に(^^)マークを忘れるな。」
20【ジャスト・ミート】
「返信有りました。…」
「ふん。やけにメールを打ち慣れている連中ね。」
マリン・ベース艦長の大島は、サウザンドからの返信メールの末尾を見てそう言い放った。
「副長!サウザンドに作戦の詳細データーを送信!作戦開始時刻は当地時間ヒトヨンマルマル。」
「は。作戦データーを送ります。…ところで作戦名はどうしますか?」
「作戦名?」
「ええ、彼らはけっこうこだわるんじゃないんですか?そういうことに」
副長の織絵は真顔でそう答えた。
「…やっかいな連中ね。…それなら大統領のむこうを張って『ホット・キッス』でいいわ。」
「『ホット・キッス』?ですか。」
「そう、受け損なうと大やけどをするって事よ。」
大島はそう言うと自分の唇に人差し指と中指の2本を当てて見せた。
「全艦戦闘態勢!アスロック発射管全門開け!!」
「いい?データー入力は慎重にね。間違えたじゃすまないんだからね。」
大島の声はCICの宮島のレシーバーに響きわたった。
「了解。心配しなさんな。大体このぐらいのキッスを受け止められなきゃ、男が泣くってものよ。」
宮島はそう言いながらも指先の動きは止めず、次々にデーターを打ち込み続けていた。
「さて、うちの王子様のご機嫌はいかがでしょうかね…。」
彼女は宮島の作業を確認するとそう独り言を言って、フライトデッキに目を向けた。
其処には巨大な翼を持った一機の戦闘機らしきものがエレベーターによってせり上がって来るのが
確認できた。
“戦闘機らしきもの”と言われる所以はその巨大な機体にあった。
E-2CホークアイはおろかP3-Cをも凌ぐその機体は、戦闘機と言うよりむしろ爆撃機に近い代物である。
ただ、コックピットが単座であることが、“ファイター”で有ることを主張していたのである。
「ネオ・ベース発艦準備に掛かれ!」
デッキクルー達に発着指揮所から指示が飛んだ。
彼らは手早く機体の下に潜り込み、機体とリニア・カタパルトの点検を行い異常が無いかチェックをする。
機体の主脚と発艦ベース板のフックが確実に固定されているのを確認すると、指揮所にサインを送った。
「ネオ・ベース。発艦準備完了しました。」
織絵は発着指揮所からの報告を聞いて、大島に伝えた。
時計は既に午後2時5分前を指している。
『パンサー・ゼロの様子はどう?』
大島の目前にあるウィンドーの一部に突然善樹の姿が投影され、話し掛けてきた。
「は、特に問題有りません。ただ…。」
『ただ…なに?』
「もう少し愛想よくして貰えると助かるんですがね。」
そう言うとコックピットの中の人影を目で追った。
その人影は、発令所を見上げるのでもなく只前方に広がる空と海の境界線を凝視しているようである。
『そうね。よく言っておくわ。…トオル、作戦開始よ。いい?』
その声にだけ反応したかの様に、コックピットの中のパイロットは頭を動かした。
『それじゃ、大島艦長。後を頼みます。』
そうして善樹の映像は姿をけした。
「(やれやれ、そんなに心配なら首に鈴でもつけてりゃいいものを…。)」
大島は、彼らの仲を妬くほど若くは無かったが、さりとて優しく見守れるほど齢も重ねていなかった。
むろん、そんなことを口に出すほど愚かで有るはずもなかったのである。
「進路オールクリア!シグナルグリーン!!」
「デッキークルーは待避所へ待避!」
発着指揮所のオペレーターから最終確認の声が届いた。
「ネオ・ベース、発艦願います!」
大島の声に今度はパンサー・ゼロも手を上げて応えた。
「発艦!!」
キュィーーンン…
デッキクルー達はいつもの事ながら、鼓膜を震わす耳障りな音と脳を引っ掻くようなノイズの感覚に堪えていた。
シュン…!
次の瞬間、ネオ・ベースの巨体が滑るように飛行甲板から打ち出され、彼らはその苦痛から解放された。
リニア・カタパルトは既存の蒸気カタパルトよりも桁違いの推力を、短時間に機体に与える事が可能であった。
ましてや、ネオ・ベースの主力機関たるシグマパルス・エンジンはその機体を瞬時に戦闘速度へ導くのに
充分なエネルギーを吐き出していた。
パイロットが耐えられるのなら、衛星軌道まで瞬く間に駆け昇る事が出来たのである。
それ故、その姿が彼女達の視界から消え去るのに、数十秒と掛かることは無かった。
「アスロック全門発射!!」
その命令がCICの宮島に届いたとき、時刻は午後2:00ちょうどを指していたのであった。
「原子炉を全開!全力運転開始!!」
「メルトダウンしても構わん!タービンをブン回せ!!」
国際原子力委員会が聞いたら目を剥きそうな指令が、サウザンドの艦内に響いた。
サウザンドのタービンは原子炉からの膨大な熱量を受け、やがて全力運転の域に達していた。
「速力30・・、35・・、38ノット…。最大戦速へ。」
アンノンのイセを背負いながら艦は水中を全速力で疾走し始めた。
イセとサウザンドを取り巻く海水は複雑な水流を造り出し、多数のキャビテーションを振りまいていく。
そんな不利な状況に有りながら、艦首ソナー室はアスロックの着水音を聴き逃さなかった。
「アスロック着水!数量12、モーター点火確認 !」
「ソナー。そいつの動きを見失うな。」
「は!…回頭180度距離1.300。…来ます!!」
「艦の深度は?」
「深度1.000変わらず。」
「よし、現在の深度を確保しろ。少しでも下がったら熱いKISSを貰う事になるぞ!」
「(女の方からのキッスを貰ってろくな目にあった事は無いからな…)」
レイモンドは発令所でマイクを握りながら、妻の顔が脳裏に浮かんでは消えていった。。
「アスロックの速度が50ノットとして相対速度は90ノット、後40秒後に接触します。」
副長のアランはストップウォッチを見ながら冷静にそう告げた。
「全員耐ショック態勢を採れ!掴まれる物には何でもいいからしがみつけ!!」
そう言うとレイモンドは手摺りを握りしめた。
アランは相変わらずストップウォッチを片手に目をやり、潜望鏡のハンドルを掴まえる。
「魚雷接近!あと10…8・・7…。」
ソナー室からのカウントダウンが全艦のスピーカーから流れ出る。
「5・4・3…」
そこまでカウントするとソナー員はヘッドフォンを外して耳を塞いだ。
ソナー員にとって、それは命の次…いや命そのものであったからである。
「潜舵上げ舵20!!」
レイモンドの声がその瞬間繰舵員に飛んだ。