5 【オペレーション:Σ】
ドゥッ!!。
突然、衝撃が彼らを襲った。だが、ミサイルの直撃にしてはそよ風の様なものであった。
事実、依田達の車は何事も無かったように走っていた。
あと数百mと言うところで、敵のミサイルは爆発したのである。
自爆?
「馬鹿な?!」
今村は、自分の目を疑った。
だが、もっと奇妙な事に、新宿の空に幾つもの爆発が同時に起こっていた。
打ち出されたミサイル群が、獲物も得ずに四散していったのである。
「誘爆兵器?」
強力な電磁波等を照射して、飛来してくるミサイルを爆発させてしまう。
空想科学の世界では定番になっている防御兵器の名を、今村は思わず口走っていた。
太平洋戦争末期、旧日本軍で開発していたという噂を聞いたことは有った。
だが、実用化された話など勿論聞いたことは無かった。
ゴウゥン・・・ゴウゥン…。
聞き慣れない音が上空から聞えて来きた。
思わず依田達は車を止め、自分達の上空を見上げた。
そこには、巨大な翼が有った。
「戦略爆撃機?米軍のか?」
だが、その機体は彼らの知っている物では無かった。
第一その機体は、彼らを庇うように上空に留まっているのである。
米軍はおろか、どの国の空軍にもそんな機体は存在していなかった。
「何だ?これは。」
今村は、自分の機体の数十倍の大きさを持つ飛行体が、頭上に浮いていることが信じられなかった。
ヘリ以外に空中に留まれるホバリング能力を持つ機体は、現在に至ってもハリアー位な物である。
しかもこの飛行体はホバリングする為のローターも無ければ、ジェットを噴射している訳でも無かった。
ただ、聞き慣れないエンジン音がかすかに耳に届くだけであった。
「一尉!レーダーに感なし、完璧なステルスです。」
「心配するな、しっかりこの眼には見えてる。」
芳川の声に今村は、自分にも言い聞かせる様に答えた。
(そうだ、確かに奴はここに居る・・・。)
「パンサー・ゼロよりレディ・コンドルへ。
予定通り01:20現場空域へ到着。現在アイドル中。」
「了解、こちらも視認しました。只今、アカデミーのSPが最終交渉中。
そのまま、ファイナル・アプローチの準備願います。」
「了解。ところで通信チャンネルはこのままでいいのか?
専用チャンネルには?」
「現在は“デフコンΣ”発令中です。自衛隊各部隊は私の指揮下に有ります。
状況伝達の為、このままオープンチャンネルでお願いします。」
「了解。なら、痴話喧嘩は遠慮しとくぜ。」
「・・・・馬鹿・・。」
今村のレシーバーには最後の方は聞き取れなかったが、どうやらこの飛行体も“ガーディアン”の
ものであることが伝わってきた。
それにしても、緊張感の無い会話であった。
「こいつで、あの化け物の相手をするのか?」
「絨毯爆撃でもするんですかね?」
無論、そんな攻撃ではなんの効果も無いことは判っていた。
しかし、あの巨大な機体ではそれ以外の攻撃方法は思いつかなかった。
依田は彼らの頭上に展開している光景をただ凝視していた。
怪物もその飛行体に気付いたらしく、確かに身構え始めていた。
「あの、化け物が恐れている?」
彼は敵の意外な行動に驚いた。
「ドリルは付いていないよな。」
「はぁ?」
今村の妙な一言に、芳川は聞き返した。
「あ、いや。いわゆる男のロマンでな、つい…」
今村は飛行体の機首を仰ぎ見た。
残念ながら、そこには“ロマン”など付いてなく流線型の機首という現実が有るだけであった。
「レディ・コンドルより、パンサー・ゼロ。
SPより報告。オプション契約が取れたとの事。“オペレーション:Σ”発動します。」
「了解、お試し期間にしては、サービスするなぁ。」
「出血大サービスなんだから、経費は懸けられないわよ。いい。」
「了解!ファイナル・アプローチに入る。
アイキャッチャーよろしく。」
「こちら、“ガーディアン”自衛隊各部隊に連絡。
これより“オペレーション:Σ”発動します。
F−2中隊を除く部隊は直ちに、半径2000m圏外に退避。
繰り返します。…。」
今村は燃料計を気にしながら、機体を旋回させた。
「第1小隊各機に告げる。これより状況確認の為、1機を残して全機撤収。
木更津へ帰還する。」
「飯塚二尉、貴様が後を指揮しろ。迷子になるなよ。」
「小隊長!どういうことですか?」
「状況確認は、本機でやる。心配するな。」
「しかし、…。」
「復唱はどうした!!」
「はっ、飯塚機これより・・・…。」
撤収を命じられた飯塚は、3機の寮機を引き連れて帰路についた。
「大丈夫ですかね?」
「あん?心配ない。あれでも夜間飛行訓練の成績は優秀なもんだ。」
芳川の問いに今村は素っ気無く答えた。
「いや、我々の事ですよ。燃料の残量があまり無いと思われますが。」
「なぁに、いざとなればあそこに降りればいいさ。」
今村の指し示した指先には首相官邸の姿があった。
確かにあそこには緊急のヘリポートが設置されていた。
「これから起こることを見届けなければ、末代にまで悔いを残すからな。」
彼はこの特等席を譲る気は毛頭無いようであった。
「全機攻撃開始!海自の皆さんは支援よろしく。」
「艦長!こんどは“へそくり”もよろしくと。」
「ふん、これもお見通しか。
後部セル8番・9番ハッチオープン。」
“まつかぜ”の後部セルからミサイルが姿を現した。
それは、本来装備されていないはずのトマホークであった。
勿論、その弾頭には核ではなく通常弾頭が装備されている。
「無いはずのものだから、後で報告書を書かずに済むのはありがたいがな。」
山城は苦々しく呟いた。
貿易摩擦解消に押し付けられた代物はであるが、威力は確かである。
「発射!」
“まつかぜ”以下、横須賀の港に停泊していた2艦のイージス艦から各々2本の火柱が上がった。
計6発のトマホークはブースターを切り離すと、小さな主翼を展開し巡航飛行に入って行った。
「“へそくり”の拠出、確認。ファイナル・アプローチ、レディ!!」
「了解!メインエンジン点火。重力カタパルト展開。アフターバーナー、レディ!」
ウィーィィーーン・・・・。
今村の頭上の飛行体からエンジンが高まってくるのが判った。
後部に大きく開いている噴出口が徐々に赤みを帯びてきた。
程なく、今村の機体のレーダーがトマホークを捉えた。
6本のミサイルがまるで生き物のように障害物を避けながら、怪物の頭上にせまって行った。
ゴオオオォ・・・・ドン!!!
その刹那、上空に浮いていた飛行体から突然紅蓮の炎が吐き出され、その巨体が突進を始めた。
それはまるで、鎖を解かれた猟犬の様であった。
見る見る速度を上げて行く飛行体、今村の機では到底追いかけることなど出来なかった。
「なんだ?体当たりでもかます気か?」
「特攻ですか?」
確かにあれだけの巨体に爆薬を満載していれば、あの怪物も只では済まない。
しかし、間もなくそれが彼らの想像の限界である事を思い知らされた。
ドンッ・ドン・・ズ・ドドッド・・・!!
6基のトマホークは1基も外れること無く、怪物に命中した。
大きな火柱と、衝撃が敵の動きを止めた。
次の瞬間!その場にいた誰もが驚愕する光景が展開した。
加速を続ける飛行体が突然変形を始めたのである。
機首をグイッと持ち上げ、その流線型の機首が左右2つに分かれる。
機体の上部に位置していた筈の吸気口らしきものがいつの間にか、機体の両側に展開する。
主翼部分が前方にスライドし、マニュピレーターが現れた。
その姿は、瞬く間に巨大な人型へと変貌して行く。
最初、依田はそれが現実の出来事とは思えなかった。
それはまるで、出来の悪いCGを見せ付けられた思いであった。
「マジかよ?」
誰もがそう思ったに違いなかった。
胸のハッチが開き頭部が現れたとき、完全な人型へと変形し終わっていた。
テレビならここで見得を切って、名乗りを上げるところである。
だが、この巨人は背中のブースターを全開にしたまま、敵に挑みかかった。