負い目
奥が深い
- 病気を持つ人の気持ちや、介護者の気持ち、そして家族を取り巻く地域社会の人々の気持ちを知りたかったのかもしれない。おたがいの気持ちをより深く理解したかったのだ。痴呆とひとことで言うけれど、痴呆は本当に奥が深い。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.259)
怒らない
幼のよう
- ショートステイより戻りし夫がわが膝を枕に眠る幼のように
(進藤てる子著 歌集 伴に生きて p.166)
幼のように
- わたしよと夫抱きやれば目を細め幼のように眠りに入りぬ
(進藤てる子著 歌集 伴に生きて p.160)
おそれ
恐ろしく
- いっそ、あの苦しんだ三月の中旬に逝ってくれれば、こんな思いはしなくてすんだのに・・・。そこまで考えてしまう自分が恐ろしくなった。そう考える自分の中の「影」の部分が許せなくて、まずまず自分で自分を追い込んでいった。
(森津純子著 母を看取るすべての人へ:在宅介護の700日 p.155)
- 同じ肉体で同じ顔貌をしているのに、中身だけが変わっていくのだ。それを身ながら手のうちようもない寂しさと恐ろしさは、体験した者でなければわからないだろう。
(佐藤早苗 アルツハイマーに克つ p.153)
落ちこむ
おどろき
- (失禁の後始末の後)からだの疲れとは裏腹に、心の中はおどろきと将来へのおそれとでひどく波立っていた。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.28)
- (難しい字をすらすらと読んだことに)こんなに読みにくいくずし字が読めたということにまずおどろき。その読めたことによって疑問を抱き「どいうわけや」と積極的に聞きただそうという意欲が起きてきたことにも、私は少なからずおどろいた。どきどきするほどうれしい。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.97)
鬼語ならむ
- 老い果てて盲母が語るは鬼語ならむわれの視えざるものに向ひて
惜しまるるこれの命といふべくは老いすぎにけり 人泣かぬなり
我を生みしはこの鳥骸のごときものかさればよ生れしことに黙す
(斉藤史 歌集 ひたくれなゐ p.716)
- 一九歳の病人にこんな厳しいことを言う母親は鬼のようかもしれないと、ふと思う。
(川田悦子 龍平とともに:薬害エイズとたたかう日々 p.212)
おびえた
- いよいよ失見当識というのがあらわれるようになったかと、じわじわと進行していく、滝野の痴呆におびえた。
(鈴木早苗著 滝野 p.133)
- 最悪の事態を想像して怯える気持ちと、希望を保つために意識的に明るい側面を見て、悪い材料から目をそらしていたい気持ちとの間で、心はいつも揺れていたのです。
(倉嶋厚著 やまない雨はない:妻の死、うつ病、それから・・・ p.106)
思い残し
- 父が死んでから、十数年が過ぎ去って、やっとそう思えるようになった。それほど父に対しての思い残しが強いと言うことである。
(佐藤早苗 アルツハイマーに克つ p.169)
介護
- 私なりに導き出した結論は「介護とは同じ痛みを一緒に感じること」、それは子供を育てる母親の感覚に近いものではないかとつくづく思う。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.)
- アルツハイマーの患者に対しては、相手を否定したりたしなめたりする言葉は禁句である。・・・すべてを受け入れてやることが、介護の基本である。
(陽信孝著 八重子のハミング:4度のがん手術から生還した夫がアルツハイマーの妻に贈る、三十一文字のラブレター p.54)
- しかし、紙おむつをしていればそれでいいというものでもない。おむつを当てて事足れりとするのは「介護」ではなく、おむつを汚さないよう、トイレに連れて行って用を足させるよう心を配るのが本物の「介護」である。
(陽信孝著 八重子のハミング:4度のがん手術から生還した夫がアルツハイマーの妻に贈る、三十一文字のラブレター p.152)
- 介護とは、患者と同じ呼吸をすることだ。こちらの自分勝手なリズムとテンポでは決して優しい介護はできない。相手の呼吸に会わせる努力をしなければならない。・・・相手の立場に立って自分の呼吸を整えることが大事である。それらを総て飲み込んで腹をくくる覚悟がないと、介護などできない。
(石川牧子著 お母ちゃんが起きられなくなった:パーキンソン病との七年間の闘い 東京仙台遠距離介護記 p.53)
- 介護とは、どんな人をも変えてしまう、言ってみれば人格を変えてしまう苛酷な労働なのだ。
(石川牧子著 お母ちゃんが起きられなくなった:パーキンソン病との七年間の闘い 東京仙台遠距離介護記 p.70)
- 介護する側が大切なことは、何よりも普通の時間を持つことである。映画を見たり、コンサートに出かけたり、ときには外でおいしい者を食べたり、ショッピングしたり、散歩したり。これまでの日常と同じ時間をすごすことである。人間として当たり前の時間を過ごさないと、人間としての温かさ、優しさは生まれてこない。
(石川牧子著 お母ちゃんが起きられなくなった:パーキンソン病との七年間の闘い 東京仙台遠距離介護記 p.229)
- 友人、配偶者など、本人の存在を理解している人がいることこそが、その人の存在理由になるのだろう。・・・介護の本当の理由はそこにあるのではないだろうか。褥創ができないようにするとか、食事の介助をすることももちろん重要であるが、本当の目的は、どれほど重症になっても介護し、その存在を認めることなのではないだろうか。
(米山公啓著 医者がぼけた母親を介護する時 p.)
- 介護を放棄しない秘訣は「受容と共感」だと思う。
(藤原瑠美著 残り火のいのち 在宅介護11年の記録 p.49)
- 老人介護とは、残り火のいのちを慈しむ行為である。
(藤原瑠美著 残り火のいのち 在宅介護11年の記録 p.217)
- 一日でも長く生きて一緒に暮らしたい。それにはよい介護をしなければならない。生活をともにしてきた人でなければわからぬこと(たとえば好きなこと、いやなこと)を基礎にしないと、病人の個性にふさわしい介護はできにくい。つまり、介護とは生活そのものなのだから、ふたりで気づいてきた生活の延長として介護を引き受けようと決めた。
(田沼祥子文;田辺順一写真 フォト・ドキュメント いのち抱きしめて:在宅介護13年 p.148)
- 原因も治療法も不明のこの病気(進行性核上性麻痺)では介護こそが唯一の治療法であり、医師としてはそれに学ぶ。(主治医の言葉)
(田沼祥子文;田辺順一写真 フォト・ドキュメント いのち抱きしめて:在宅介護13年 p.180)
- これからの重要なテーマとして、医療の関係者も福祉の関係者も医療を含む介護、あるいは介護を含む医療について、ともに考えていただきたい。
(田沼祥子文;田辺順一写真 フォト・ドキュメント いのち抱きしめて:在宅介護13年 p.194)
- 母の自宅介護を再開しながら、改めて思ったことがあります。それは、一人で頑張るのはやめようということでした。このことはすでに書きましたが、実感としてそう思うようになりました。・・・基本的に、親の介護はマラソンであるということです。
(飯田栄彦著 ラストプレゼント―介護は親からの贈りもの p.159)
- 私は介護することで親への感謝を発見できて幸運だった、と。そう気づいて初めて、両親の介護を「長男の嫁任せ」にせずに、すべてをラストプレゼントとして受け入れることができるようになった
(飯田栄彦著 ラストプレゼント―介護は親からの贈りもの p.172)
- 介護とは誠意と慈しみを相手の心に届けるということ。・・・少なくとも介護にたずさわるプロなら、介護をさせていただくという謙虚さと、お年寄りが来てくれるから自分たちの仕事があり、生活が成立するのだという素朴な感謝の気持ちを合わせ持っているものだと学びました。
(飯田栄彦著 ラストプレゼント―介護は親からの贈りもの p.219)
- 「なんだか、これこそ介護だっていう気がしてきたよ・・「つまり、こわれたからだに触って、じぶんのからだについて勉強するということ。勉強がおもしろいうちは、介護もうまくいく」・・・介護にしろリハビリにしろ、つまるところ、こわれたからだをはさんでの、私たちと病人との身体間のやりとりである。私たちが私たちのからだについて、いかに想像力をはたらかせうるか、正否は大方そこにかかっている。
(倉本四郎著 介護レッスン p.124)
- この本で、私は、私が介護役にまわった十ヶ月あまりの出来事を、できるだけ性格に書きとめようとした。書きとめるにあたっては、介護役として、こわれたからだに触れたとき、掌が感じた感覚を頼りにした。それが甘受するよろこびやおののき、かなしみやせつなさを通し、きたるべき介護の未来をかんがえた。・・・介護は、・・・生きるという私たちの謎にかかわっている。その謎に、からだという具体をとおして触りたいというのが、執筆中、ひそかににぎりしめていた願望であった。
(倉本四郎著 介護レッスン p.316)
- じつに、幸福な介護など夢のまた夢だろう。成功という言葉が家族の何かをそこなうように、介護に、成功という言葉などありはしない。みんなどこかで失敗している。・・・いまのいま介護でくるしんでいるひとたちに、あなたが悪いのではない、それが人生というものらしいよ、といいたくなったというわけであった。
(倉本四郎著 介護レッスン p.317)
- ところがアルツハイマー患者の場合はまったく違う。本人が自分の物忘れに不安を感じるのは初期の初期、そこを通り過ごしてしまえば病識は失われる。病識がないということは、闘病などしないということだ。しかし実際にはこの世の中に生存していて、病気はどんどん進行していくのだから、生きている限りは闘病することになる。ではどうやって闘病するのかというと、結局誰かがなりかわって闘病するしかない。つまり介護するものが患者の代わりに闘病することになるのである。
(佐藤早苗 アルツハイマーに克つ p.93)
- 怒り・悲しみ・切なさ・自己嫌悪の高速回転です。もちろん、母の笑顔という喜びもあります。で、結論ですが、介護というのは人間だけが行うものです。私の知るかぎり。介護=人間力。私は今、人間力を試されているのです。
(野田明宏著 アルツハイマーのお袋との800日:中年オトコの介護奮闘記 p.163)
- 病気がすすんで、第三者には「何もわからなくなっている」ように見える人でも、その人がもともと持っている「人格」は残っていると、私は確信しています。難しいことですが、その人格をいかに残してあげられるか、ということが介護の究極の目的だと思います。
(内藤聡著 ある日突然、妻が痴ほう症になった:在宅介護十五年の軌跡 p.182)
- 介護とは病人を変えることではなく、介護者が対応を変えることです。
(内藤聡著 ある日突然、妻が痴ほう症になった:在宅介護十五年の軌跡 p.183)
- 介護の人間は其の悪くなるスピードをできるだけ遅れさせ、病人が気持ちいいように介護することが大切になってきます。
(ねじめ正一著 二十三年介護 p.157)
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悔恨
- 母は、見舞いに行くたびに、早く死にたいよと言う。・・・私は、母の言う言葉を、ただじっと聞いている。聞きながら、悔恨の情がわいてくる。父に対しても、また、いま母についても、殆ど何もしてやれなかったなあと思う。後悔しながら、じっと母のそばに立ち尽くし、父のことを想う。ただそれだけだ。
(中島誠 二度わらべの母と生きる p.11)
- 悔恨の思いに夫と飲むコーヒーほろ苦さのみ胸にひろがる
(進藤てる子著 歌集 伴に生きて p.69)
- (妻の痛みの訴えを聴かず自分の心地よさを優先させたことを思い)恐怖にも近い悔恨が、体中を駆け巡る。
(外村繁 夢幻泡影 p.223)
- 私は死を目前にした寿美が殊更哀れでならなかった。寿美に対して横暴な良人だった自分にも、強い悔恨があった。
(近藤啓太郎 微笑 p.43)
開放感
- (久しぶりのゴルフに出かけて)目の前に病人の姿がないということは、みな子には申し訳ないが、やはり一種の開放感が与えられる。看護のためのエネルギーを蓄えるためだと許してもらおう。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.209)
- 老健へ妻を入所させるときは、いつも、画家の次女が車に本人と杉を乗せて、・・・(入所をさせて帰るとき)そんなとき彼の内面を満たすのは開放感だ。妻が可哀相だとか、淋しいとかいう感情が、ふとして彼を襲うのは、しばらく経ってからのことである。
(青山光二著 吾妹子哀し p.61)
- すべてが終わったとき、私の心は悲しさよりも、母がようやく楽になったという安堵感と、やれる限りの介護をやったという一種の開放感で占められていた。
(森津純子著 母を看取るすべての人へ:在宅介護の700日 p.201)
- 私は、病身の妻を看病し、できるかぎりを尽くすことを自分の義務と考え、そうしたつもりである。・・・しかし、約十年間にわたって背負いつづけた重荷から解放され、正直なところ、何かほっとしたのも事実である。
(木原武一 死亡率100パーセントを生きる:ある愛と死の記録 p.248)
抱えきれない
書く
- 書くという作業を通じて、私は母の死を客観視でき、体調を崩すほどの心の痛みもしだいに癒されていった。
(藤原瑠美著 残り火のいのち 在宅介護11年の記録 p.218)
- こうして介護について書くことも、わたしには情報開示であり、自身のセラピーにもなっている。おいや介護を巡る個人的な体験をなんとか普遍化したいという・・・表現することで、日々、自分の中に降り積もっていく焦燥と疲労のガス抜きをしているのも事実だ。
(落合恵子 母に歌う子守唄:わたしの介護日誌 p.46)
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架空じみて
- 彼女は、医者の宣告も、手洗い所の扉のかげで肩を捩ってこうして泣いている自分の有様も、すべてがやはり架空じみてかんじられるのだった。馴れた日常の感情が追いつかなかった。
(岩橋邦枝 伴侶 p.39)
影
カッと頭に血がのぼって
- 何かを作ってと言われて嘱託に出したときに、見事に拒絶されると、いかに寛容であろうと心がけている利雄でもカッと頭に血がのぼって荒々しい言葉を使うことになるのは修養の足りなさで、その直後には憐憫の情に襲われる
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.219)
- かっとなって滝野を怒ったあと、必ずひどいことをした自分がたまらなく嫌になって落ちこんだ。
(鈴木早苗著 滝野 p.134)
悲しい
- この眠り方は少し異常だ。あまりによく眠るのに腹を立てて、つい声を荒げてしまうこともある。病人相手に起こっても仕方のないことで、すぐに反省するが、とにかく悲しい
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.89)
- 利雄は癇癪を起こし、リハビリをさぼるな、などと怒鳴ったりする。・・・怒鳴った直後には病人の哀れさが一層増して、怒りが悲しみと憐れみにとって代わる。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.175)
- 哀しさが腹立たしさとなって、ポンポンいい放ってはみても、なんら気は晴れず、むしろ自己嫌悪に陥ってゆくばかりだった。
(大石邦子著 この生命を凛と生きる p.54)
- 自分のオヤだから哀しいのだ。・・・いつの間にか醜く老いてしまったオヤの姿を見るのは哀しい。いつも理不尽なことをいう娘を怒らないオヤは哀しい。
(鈴木早苗著 滝野 p.31)
- わたしは、そんな滝野を許せなかった。どうして、飲んだなら飲んだと言わないの、と怒鳴り、滝野を叩いた。滝野は叩かれても飲んでないと言った。逆上して滝野を怒れば怒るだけ哀しくなるのだった。
(鈴木早苗著 滝野 p.77)
- 人間が記憶を失っていくと言うこと、そして失うことによって錯乱し人格をも失ってしまうことが、どんなに不幸なことか。父の死後、十年目を迎えてなお、いまだに父の死の悲しみから抜けられないで居ることも、その残忍さのゆえであろう。私はかつて人の死に対して、これほど深い悲しみと悔しさに駆られたことはない。
(佐藤早苗 アルツハイマーに克つ p.129)
- 痛がる私に駆け寄るでもなく、介抱するでもなく、ただ若干の感情を口に出して、みているだけだったときのことだ。悲しかった。
(上村達夫 夫婦が試されるとき:アルツハイマー病の妻と生きる p.37)
- 父の頭の中で、いったいどんな混乱が起きているのやら、考える力も判断力も次第に鈍くなり、ただただ先へ先へと急ぐ気持ちに責められ、あせっている。そんな父のようすを見るにつけ、それをどうにもしてやれない悲しさを感じずにはいられなかった。
(高見沢たか子著 親と再び暮らすとき:家族で父を看取る p.200)
- ここまでお父さんがわるくなっちゃったのかなという悲しさと、私の介護が行き届かなかったという悲しさ。二つの理由で悲しい。
(南田洋子著 介護のあのとき:嫁、妻、女優の狭間で p.63)
- 人格そのものが変わってきている、というより、何とも説明のしようもない惨めさだ。それでいながら自負心のようなものだけが残っているのだから悲しい。私も生きるのが嫌になった。
(小泉文子著 ほかに何ができたろう:アルツハイマー患者の在宅看護日記 p.87)
- 哀しいのは通りこして このとりつくしまのない存在 物理的な存在が哀しい
(小泉文子著 ほかに何ができたろう:アルツハイマー患者の在宅看護日記 p.125)
- 私は 通い合うものの なにひとつない 人を後ろに感じて
虚しい 孤独におそわれる
私の背には 憎悪だけがあるのだろう
やるせない 哀しみ
いくら反省しても 私の背に残る憎悪は 消えないだろう
(小泉文子著 ほかに何ができたろう:アルツハイマー患者の在宅看護日記 p.131)
- 体が粉々になりそうな悲しみをどうにか落ち着かせて病室に戻ると、いつもの夫がいた。
(逸見晴恵 二十三年目の分かれ道:はじめて明かす夫逸見政孝の闘病秘話とそれからのこと p.189)
- あんなにしっかりしていた妻が、どうしてこんな自体(徘徊失踪)を起こすようになったのか。病とはいえ、あまりにも哀しい。
(内藤聡著 ある日突然、妻が痴ほう症になった:在宅介護十五年の軌跡 p.82)
- 老醜の母を視てゐるかなしみと嫌悪のはざま夜の雨ふる
耄ほはてて我を張る老母をもてあます冬夜の底の闇攣れり
(斉藤史 歌集 ひたくれなゐ p.687)
- (医師の対応への怒りで)ひと騒動すんだ後、私は悲しくて一人でワァーワァー泣いた。・・・病院生活は、亜也にとっては生活の場である。病状が重症であればなおさら、生活だけでも安定させなければならないと思う。医療の根元はそこから始まるのではないだろうか。・・・この事件当時の綾野不安でおののいた姿を思い出すだけで、今でも怒りをおぼえる。
(木藤潮香著 いのちのハードル:「1リットルの涙」母の手記 p.92)
- 介護終えわが日常に残るもの悔いと自由とふかき哀しみ
(末次鎮衣著 介護記録:家族のきずな p.182)
- これから起こるかもしれない、とてもおそろしいことを考えると、悲しみと苦しみで、何もできないでいました。
(えずみなお著 回復室Bのドア:夫が末期ガンになったとき p.32)
- いきなり怒鳴りつけるよりほか、よい知恵が浮かばなかった。それは計らずも、私自身に対する破れかぶれの絶叫のようでもあった。黙っていると、寿美の悲しみに負けそうな気がした。
(近藤啓太郎 微笑 p.139)
- やけに迫真のお医者さんごっこを見ていると、可愛らしいと思いつつも胸が痛んで仕方なかった。普通に生活をしていれば知らなくてもいいことまで知っているこの子たちがとても悲しい。
(小笠原路子, より子。 より子。天使の歌声:小児病棟の奇蹟 p.92)
- そういう中で、私自身、いらだち、悲しみ、そして反省の繰り返しでした。・・・優介に対しても厳しくなったり、優しくなったりの繰り返しです。
(坪倉優介 ぼくらはみんな生きている p.141)
- 自分の息子の命を守ることができなかった親としてのいたらなさに、怒りと悲しみで泣き出してしまった。
(川田悦子 龍平とともに:薬害エイズとたたかう日々 p.28)
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悲しみ
- 今はもう怒りを忘れ、ただしんしんと湧く悲しみを抱いて、僕は小径を歩いていた。病気の妻に向かって、無慈悲な言葉を浴びせたのが悔やまれた。
(上林暁 聖ヨハネ病院にて p.474)
神はむごい
- 苛酷な人生をたった十五歳で歩き始めなければならない亜也の運命に、神はむごいと思わずにいられなかった。
(木藤潮香著 いのちのハードル:「1リットルの涙」母の手記 p.45)
- 私は神に試されているような木がした。どうして仕事が続けられるだろう。
(末次鎮衣著 介護記録:家族のきずな p.29)
- 彼はよく笑うようになった。口は開けず超えも出さず、眼許だけで微笑するのだが、・・・「お医者さまが無心の笑顔というのがこれですと教えて下さったの。子供って天使だと思ったものよ。お爺ちゃんがそれね。生きながら神になるってこれかしら」
(有吉佐和子 恍惚の人 p.371)
かわいい
- 昔、母とはよく口げんかをしたのに、介護が始まってからは一度も母に荒い言葉をかけなかった。・・・答えは「ママがかわいいから」というものだった。
(藤原瑠美著 残り火のいのち 在宅介護11年の記録 p.211)
- なんで、こんな優しい、平和な顔をしているのだろうと、自分の母親なのに、かわいくてだきしめたくなります。
(関丕著 光のなかの生と死 p.149)
- ふと嫁はんの顔を見たとき、「かわいいなあ」と思うことがある。若かった頃よりも、もしかしたら今の方がかわいいとすら思える。だから、なおのこと、私が手となり足となってあげたいと思う。
(江村利夫 夫のかわりはおりまへん:前高槻市長の介護奮戦記 p.205)
- 背中イッパイになるほどのバッグを担いでいる和ちゃんが可愛い。
(野田明宏著 アルツハイマーのお袋との800日:中年オトコの介護奮闘記 p.39)
- アルツハイマーになって、性格的に角がとれ円くなった和ちゃん。時々、可愛く見えてしかたない。
(野田明宏著 アルツハイマーのお袋との800日:中年オトコの介護奮闘記 p.73)
- この数年間、私たちに見せていた”可愛いおばあさん”というあの姿は、いったいなんであったのか。昔のままの毅然とした姿を、にこにことした歯のない顔、不自由な体につつんで生きた母。それは私たちが介護しやすいように、老婆のふりをしていたのかもしれない。
(高野悦子著 母:老いに負けなかった人生 p.25)
- 寝たきりになり、口もあまり利けなくなり手等の動きも弱くなる等脳梗塞が進んで来るに従って主人に対する愛しさがどんどん強くなって、・・・だんだんとこの人は何と可愛い人なんだろうかとか
(ねじめ正一著 二十三年介護 p.163)
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可哀想
- 介護という名の囲いの中へ、おれが彼女を送りこむのだ。なぜだ。おれの力では介護ができないから。・・・彼女が可哀想で、つらくて、彼女を見ていられないからだ。
(青山光二著 吾妹子哀し p.236)
- どうなっているかが分からない姑がかわいそうであった
(グレーフェ(あや)子著 ドイツの姑(はは)を介護して p.232)
- 今、思えば、本人の気持ちより、ショートステイに連れ出すことばかりが頭にあり、かわいそうなことをしたと思う。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.147)
- 不安な気持ちを受け止めてあげられず、可愛そうなことをしたと悔やんでいる。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.149)
- ウンコにまみれながら、「殺せ」と泣き叫ぶ母の姿を見た瞬間、この母が可愛そうで、愛おしく思う気持ちがわき起こり、それまでの母に対する介護の姿勢を反省しました。・・・この母を本当に幸せにしてあげたい。幸せな感情を味わわせてあげたい。心からそう思いました。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.151)
変わり果てた
- なにかが悪いとしたら、それは痴呆という病気なんだ。忘れるからなんだ。忘れるから人とのきずなが薄れていくんだ。でも、痴呆になってしまった義母との生活を、私たちはつらくても、苦しくても、いやだと思っても続けていかなければならなかった。聞くに堪えない言葉を聞き、変わり果てた義母の姿を毎日毎日見続けなければならなかった。泣いても泣いても解決にはならない。むなしいだけだった。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.104)
がんじがらめに
- 滝野の介護でがんじがらめになり、身動きがとれないでいる。
(鈴木早苗著 滝野 p.179)
感謝
- 夫がアルツハイマーに捕らわれてからは、一日一日がその重荷に耐えかねるように感じたこともあったが、このひたぶるに生きた夫の命にささえられた十余年であったと感謝している。
(小泉文子著 ほかに何ができたろう:アルツハイマー患者の在宅看護日記 p.297)
- 最後の頃には、私を「お母さん」と呼んでくれました。子供に還っていたのでしょうが、はじめて血が通ったと思いました。そして、目に見えない大きな物を残してくれたと感謝する日々です。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.106)
- 鹿野のさまざまな「あれしろ、これしろ」に対して、今も葛藤の連続だという。しかし、その葛藤のあとで、自分でも不思議なほど「やさしい気持ち」が湧いてくるという。・・・葛藤のあとで、必ず湧いてくるという感謝の気持ち。それが山内がボランティアをやめないでいる最大の理由でもあるという。
(渡辺一史著 こんな夜更けにバナナかよ:筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち p.102)
感情に流されて
- 人間というのは切羽つまると、どんなに知識があっても、感情に流されてしまうものらしい。私は完全に悪循環をする感情パターンにはまってしまっていた。
(森津純子著 母を看取るすべての人へ:在宅介護の700日 p.120)
- 介護する者と介護される者の間でしか経験できない感情のやりとり、涙、笑い。
(モブ・ノリオ著 介護入門 p.)
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感性
- そんな義母の感性は、びっくりするほどとぎすまされたものだった。それはうつ症状の極限状態のときにも大いに発揮され、私を内心驚かせた。痴呆といえども、義母の内に秘めた感性は湯水のごとくあふれていた。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.86)
甲高きわれの地声
- くり返す夫の粗相に甲高きわれの地声がトイレにこもる
(進藤てる子著 歌集 伴に生きて p.137)
感動
- (排便の始末をして)「汚いところまで、ようきれいにしてくれたわい。あるの朝あの子に菓子を買って食べさせてやってくりょ」と哀願した。とてもボケた人のことばとは思えぬ。人間らしい感動や感情がこもっていて、私は思わずはっとするとともに、ある種の感動が胸を突き上げてきた。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.45)
- 私は龍平が自分から手を挙げて発言したこと、自分で考えて決めたその勇気に感動していました。
(川田悦子 龍平とともに:薬害エイズとたたかう日々 p.178)
甘美な経験
- 家内と一緒にこの流れているのか停まっているのか定かではない時間のなかにいることが、何と甘美な経験であることか。・・・私たちは、ただ一緒にいた。一緒にいることが、何よりも大切なのであった。
(江藤淳著 妻と私 p.68)
消えたい
喜悦
気が楽に
- 病院に通う道を歩きながら、これから先のことを思いあぐねていたときに、「そうだ、みな子と一緒に死ねばいいのだ」、ふとそう思いついたときに不思議なほど気が楽になった。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.66)
聞くに堪えない
- なにかが悪いとしたら、それは痴呆という病気なんだ。忘れるからなんだ。忘れるから人とのきずなが薄れていくんだ。でも、痴呆になってしまった義母との生活を、私たちはつらくても、苦しくても、いやだと思っても続けていかなければならなかった。聞くに堪えない言葉を聞き、変わり果てた義母の姿を毎日毎日見続けなければならなかった。泣いても泣いても解決にはならない。むなしいだけだった。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.104)
犠牲感
- 和ちゃんと常時一緒にいることで犠牲感は持ち合わせている。でもなあ、和ちゃんがアルツハイマーになってくれた”おかげ”でオレに「愛おしい」という感情が生まれて初めて芽生えたのも事実。
(野田明宏著 アルツハイマーのお袋との800日:中年オトコの介護奮闘記 p.204)
- 私の心の中には、親を介護したという気持ちがあった。・・・全てを犠牲にした、父の側にいてやった、という傲慢な心があった。そうではないと、いま教えられた。父が私の側にいてくれたのだ、守ってくれたのだ。
(末次鎮衣著 介護記録:家族のきずな p.185)
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希望もない
- 今の私には、また、これらの私にも、父以外には何もない。希望もないような気がした。このまま、自分の人生は終わってしまうのだろうか。・・・そう思うと、だんだん頭に角が出てくる。しかし父には、あくまでも優しくしなければならない。そういう時は、他の人に横先が行ってしまうのだ。
(末次鎮衣著 介護記録:家族のきずな p.80)
気持ちがいい
気持ちが滅入り
- 痴呆患者に調子を合わせて毎日問答を続けていると、気持ちが滅入り、不安感が湧いてくる。自分も同じように異常になっていくような気がするからである。
(佐藤早苗 アルツハイマーに克つ p.96)
気持ちの持ちよう
気持ちを持てあます
- 滝野と二人きりで、狭い家の中にいて、そうした言い争いをしていると、どんどんエスカレートしていく自分の気持ちを持てあますことがある。
(鈴木早苗著 滝野 p.131)
清い
- (尿失禁があり)静かに流れ出、畳みを這い、溜りを作った。呆然と見ていたが、これも五十年、ひたすら私のため働いた結果だ。そう思うと、小水が清い小川のように映った。
(耕治人 どんなご縁で p.587)
- 潔(きよ)きものに仕ふるごとく秋風の吹きそめし汝が床のべにをり
(吉野秀雄 寒蝉集 p.105)
恐怖
- 何かが違う、いつもの夫ではない・・・。言葉では言い表せない恐怖のようなものを感じました。
(えずみなお著 回復室Bのドア:夫が末期ガンになったとき p.115)
- 恐怖が先行したのだ。もちろん彼女を愛してはいたが、同時に必要としていた。いなくなっては困る。だから、わが家の平穏を求めて必死で説得したのだろう。彼女に訴えたことに嘘いつわりはないが、利己的な考えがあったことも紛れのない事実だと思う。
(村井国夫, 音無美紀子 妻の乳房:「乳がん」と歩いた二人の十六年 p.63)
- 外見は健康そうな妻の肉体が、内部から崩壊して行く過程を想像する時、私は絶望的な恐怖を覚える。
(外村繁 日を愛しむ p.314)
虚脱感
嫌いになって
- 滝野がなにかしでかす度に、わたしも滝野のことを嫌いになっていった。それでも、おかしなもので、わたし以外のものが滝野のことをしかると腹がたち、滝野を庇った。
(鈴木早苗著 滝野 p.83)
キレた
- (体位変換を要求する患者に)あいつと一夜を共にすると、絶対に一睡もできない。すぐに体位を変えてくれという。・・・何回目かに、私も遂にキレた。声を荒げてしまったのだ。「いい加減に寝ろよ。からだにも悪いだろうが!」
(清水哲男著 死亡退院:生きがいも夢も病棟にある p.30)