疲れが残った
- 痴呆症の滝野と一緒に暮らして七年が経とうとしていた。いくら寝ても、いつも寝ていないような疲れが残った。
(鈴木早苗著 滝野 p.205)
- ツカレタ。もうなんにもしたくないと座り込んだ。どんな感情も動かしたくない。ボーッとしながら、寝室に行く。クタクタの体が、夢も見ない眠りに引き込まれていく。
(逸見晴恵 二十三年目の分かれ道:はじめて明かす夫逸見政孝の闘病秘話とそれからのこと p.201)
- 老母の失明はいよいよ進み、昼夜もなく、時間もなく、約十年。このごろでは食事のきおくさえたちまち消えて、全く心身老耄、暗黒の中にいます。また昭和四十八年に脳血栓に倒れた夫は、旧入院以後三年余、近頃は起床も規律も出来なくなりました。・・・二人を抱える重さに疲れて、自分を保つのがせいいっぱいの時があります。
(斉藤史 歌集 ひたくれなゐ p.678)
つっけんどん
- イライラしている自分に気づき、またそんな自分がいやだった。・・・なのにどうして、私はこうも義母につっけんどんで、やさしくできないのだろう。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.206)
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つねりあげてやりたい
- 私はにらみつけた。こんな愚かしいことを思いつかせた頑固な尻を、思うさまつねりあげてやりたい気分だった。
(倉本四郎著 介護レッスン p.161)
つらい
- しばらく言わなかった言葉「永遠に眠らせて」を言うが、これは一体どういう心理の時に言うのだろうか。介護する身にとっては一番つらい言葉である。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.177)
- ぼけの初期では母のように、自分の能力の低下に悩む時期がある。それは見ていてあまりにもつらいものだ。
(米山公啓著 医者がぼけた母親を介護する時 p.79)
- 自分の母がそういう惨めな食べ方をするのを見るのはつらかった。
(米山公啓著 医者がぼけた母親を介護する時 p.141)
- 「瑠美さんは十分にやったじゃない」と言われても心に悔いが残った。それは喪失感でもあったし、後悔のような感情でもあった。最期の日々、母が苦しんでいたのに、私は忙しない毎日を過ごし、側にいてあげられなかったことが辛かったのだ。
(藤原瑠美著 残り火のいのち 在宅介護11年の記録 p.208)
- できたことができなくなるのは一緒にいる者にとっってもつらい。私は、ついいらだって命令調になることもあったが、それは失敗だった。
(田沼祥子文;田辺順一写真 フォト・ドキュメント いのち抱きしめて:在宅介護13年 p.81)
- (毎日の介護の)外側にある方が「全くノーマルだ」として受け取って下さらぬことが、看護者にとっては非常に辛いことでした。
(小泉文子著 ほかに何ができたろう:アルツハイマー患者の在宅看護日記 p.173)
- 四十二年の秋、わたしは十三年来ともに暮らしてきた母を喪いました。脳軟化症でした。当時、この病気はまだどれほども世間にしられてはいず、その無惨に衝撃をうけないではいられませんでした。いとおしく、忌まわしく、哀れにつらい思いが脳裏を去らず、様々に解釈をこころみるうちに、いつか小説らしいものの構想に移ってゆき、好みが熟れるようにして、この作品は成りました。翌四十三年のことでした。(あとがき)
(真野さよ 黄昏記 p.)
- 壊れていく父の姿を見るのは本当につらいことですが、じっと我慢してあげることです。
(本田桂子著 娘から父・丹羽文雄へ贈る朗らか介護 p.52)
- 娘と信じたいのだけれど、本当に娘なのだろうかと心が揺れているのが手に取るように分かり、こちらもつらい気持ちだった。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.22)
- 失敗を慰め、始末したのだが、失敗を自覚する妻の哀しみを思うと、いまでも辛い気持ちになる。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.56)
- ベッドの上で何種類もの管やコードにつながれ、磔にされたようにほとんど身動きできない父の姿を見ているのはつらかった。
(沢木耕太郎著 無名 p.71)
- 自分はどうして、こんなにも不幸なんだろうか、という思いから脱出できずにいる貴方を見ているのは、辛いです。
(川田悦子 龍平とともに:薬害エイズとたたかう日々 p.7)
- 僕は辛かった。妻が病気名ばっかりに、こんな辛い思いをせねばならぬかと思うと、僕は自分の怠慢を棚に上げて、妻が恨めしかった。
(上林暁 聖ヨハネ病院にて p.481)
- 私は母をいわばペテンにかけて連れ出したことをくやみ、また母がすぐに察して聞きわけたことを一層つらく感じていた。
(阪田寛夫 土の器 p.137)
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つらく当たり
- それでも疲れると、母につらく当たり、やさしくできない自分に苛立ち、母も私も、死にたいような寂寞たる思いの前に、涙を流してしまう。
(大石邦子著 この生命を凛と生きる p.76)
天使
- オレは和ちゃんに対して腹立つことが頻繁にある。でも和ちゃんの笑顔を見ると、なにか、いつか良いことが起こるような気にもなってくる。おかしな話だけれど、和ちゃんが時々”天使”に見えてくるから不思議だ。
(野田明宏著 アルツハイマーのお袋との800日:中年オトコの介護奮闘記 p.116)
天使の子
- 痛みのない時、掛け布団なしでころんと横向いて誰かの手につかまっている母は、天から飛んで来て疲れて昼寝している天使の子のように見えることがあった。どうかした表紙に目があって笑い返されると、それだけでもう何もいらないという気持ちになった。
(阪田寛夫 土の器 p.160)
動悸が打ってくる
- 滝野の部屋のふすまの音が開くと動悸が打ってくるようになっていた。
(鈴木早苗著 滝野 p.132)
どうして こんな目に
どうなるのだろう
どなりつけたい
- こちらはまるで翻弄されているみたいで、いいかげん腹が立ちばかばかしくなり、ついどなりつけたい衝動にかられる。・・・私たちはぐっとこらえてひたすらやさしくねばった。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.110)
怒鳴って
- (妻を風呂にいれる時)気ばかりあせり、足許はよろめき、家内の体を扱いかね、つい怒鳴ってしまったりした。
(耕治人 どんなご縁で p.568)
飛び去ってしまいたい
- (万引きをした時)私は激怒した。絶望視ながら足を踏みならし、相手の両肩をわしづかみにしてぶんぶんゆさぶった。・・・結婚いらい覚えたことのない種類の絶望に、わたしという存在の全部をうちのめされ、さいなまれ、いっそ翼を得て飛び去ってしまいたい思いに駆られた。心の中で大泣きに泣いた。
(上村達夫 夫婦が試されるとき:アルツハイマー病の妻と生きる p.48)
共にいることの喜び
- 私が努めた事は、生の充実に協力すること、つまり、母が仲間たちや私といま、このように、共にいることの喜びを十分に味わえるようにすることだった。
(関丕著 光のなかの生と死 p.235)
隊道
- 自分の前途には、見透しの利かぬ暗い隊道が通じているような気がするのでしたが、
(上林暁 晩春日記 p.462)
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泣き続ける
慰められ
なぐさめている
- 容態が悪化して、母の存在が濾過器そのものに近づけば近づくほど、なぐさめているのは私ではなく、却って母の方だという感じが強くなって来た。
(阪田寛夫 土の器 p.162)
殴った
- (家事を起こしそうになり)身体がふるえ、いきなり家内の顔を殴った。・・・家内が哀れになり、私の気持ちは鎮まった。
(耕治人 天井から降る哀しい音 p.558)
情けなかった
- 母が最期という大切な時に、介護に気持ちを移せなくなってしまったのだ。そんな尻切れトンボのような自分が情けなかった。
(藤原瑠美著 残り火のいのち 在宅介護11年の記録 p.213)
- こんなことで(姑と)喧嘩していても情けないばかりで、
(グレーフェ(あや)子著 ドイツの姑(はは)を介護して p.277)
- 高齢者によくある症状(もの盗られ妄想)だと聞いてはいたが、実際に自分の父親にその徴候が現れると、やはりショックである。若いときからけっして他人の悪口はいわず、いつも穏和な笑顔が交換を呼ぶ人だった。その父が、と思うと情けなくなる。
(高橋和夫著 老いが老いを介護するということ:高齢夫妻の老親介護奮戦記 p.99)
- 今、私の後方で和ちゃんが正座して「ありがとうございました」と頭を下げた。さっき和ちゃんの洗髪をしたからだろう。なんとも言えない気持ちというか・・・、情けなさ。
(野田明宏著 アルツハイマーのお袋との800日:中年オトコの介護奮闘記 p.16)
- それでも夫は不満を言う。どうしようもない苛立ちを、全部私にぶっつけてくる。こんな身体にしたのは、お前のせいだと私を責める。・・・私は情けなく、悔しく、もうどうでもいいと思うようになっていた。
(石原美佐子著 人生これからよ!:末期ガンを乗り越えて p.123)
- 私は里子があわれに思えた。悪い籤を引かされた妻とこんな自分が、情けなかった。
(伊集院静 乳房 p.68)
なぜ
- 入院中から義母の様子はおかしかったので、同居してからの生活はある程度覚悟していたつもりだった。しかし、実際に義母と生活してみて、「なぜ、どうして」と思うようなことばかりが起こった。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.17)
- 「よりによって、私の父が、なぜアルツハイマーにならなければいけないの」という怒りや悔しさを感じたものです。
(本田桂子著 娘から父・丹羽文雄へ贈る朗らか介護 p.53)
- なぜ、高齢出産でもない、宝くじも当たったことのない私が、千分の一だというダウン症児の出生確率に的中したのか。
(小田ゆり あなたが生まれて p.139)
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何もいらない
- 痛みのない時、掛け布団なしでころんと横向いて誰かの手につかまっている母は、天から飛んで来て疲れて昼寝している天使の子のように見えることがあった。どうかした表紙に目があって笑い返されると、それだけでもう何もいらないという気持ちになった。
(阪田寛夫 土の器 p.160)
涙を流す
- なぜ急にこうなってしまったのかが理解出来ず、真っ暗な頭の中、涙を流すことしか出来ませんでした。
(金井ユカリ著 四歳でリセットされた娘 p.16)
何で私だけが
なんのためなのか
- 社会のお荷物の志摩を育てるのはなんのためなのか。
(小田ゆり あなたが生まれて p.214)
煮えくりかえるだけ
- 荒い声で口をはさみながら、私はひたすら煮えくりかえるだけだった。それでも申し出を受け入れたのは、私たちが、もう一度だけならだまされてもいい、そのくらいなら耐えることができそうだと思ったからにほかならない。情愛からではなく同情からだった。健常者の思いあがりだといわれても、私たちが選択する道はそれしか残されていなかった。
(倉本四郎著 介護レッスン p.311)
憎らしい
- 私が二階へ行ったりトイレに入ったりすると、こそこそと(外へ)出かける。憎らしい。
(小泉文子著 ほかに何ができたろう:アルツハイマー患者の在宅看護日記 p.142)
- その頃の私は、夫の痴呆に、大きな打撃を受けていて、生きていくのが嫌になっていた。夫を憎んでいたと思う。・・・私自身の心の動きが、鏡のように相手に伝わっていくので、大変な時期だった。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.21)
- テレビにうつる幸せそうな人達にさえ、憎しみを感じ、トゲトゲしい目で、スイッチを切るのである。
(真崎彌壽子 お父ちゃんの片道キップ p.39)
憎んで
- その頃の私は、夫の痴呆に、大きな打撃を受けていて、生きていくのが嫌になっていた。夫を憎んでいたと思う。・・・私自身の心の動きが、鏡のように相手に伝わっていくので、大変な時期だった。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.21)
逃げ
人間の原形
- 滝野を見ていて、呆けると人間の原形そのものが現れると思った。
(鈴木早苗著 滝野 p.90)
人間の昇華
- 彼女が私に残したものもまた大きかったと痛感しております。何よりも大きいのは、虚飾を取り払われた人間に何が残るかを身をもって示してくれたことであります。・・・邪心の消えた人間の昇華の様を見せられた境地に私自身が至ることがあります。
(内藤聡著 ある日突然、妻が痴ほう症になった:在宅介護十五年の軌跡 p.219)
恥じ入り
- すると「死によったらええのに」の思いは吹き飛び、えらいことを思てしもてすまんかったと自分を恥じ入りながら反省し、一日でも長生きしてやと思い直すのでした。
(江村利夫 夫のかわりはおりまへん:前高槻市長の介護奮戦記 p.103)
- わなわなと身をふるわせておこるじいの姿を見て、私は浅はかな意地悪心を、ほんとうにはしたなかったと思った。じいにすっかり見すかされたように、私は恥じたのだった。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.162)
- 麻痺の夫と眼の見えぬ老母を左右に置きわが老年の秋に入りゆく
起き出でて夜の便器を洗ふなり 水冷えて人の恥を流せよ
夜の屋上に線香花火を弾ぜさせて みな病む夫を持つ女たち
(斉藤史 歌集 ひたくれなゐ p.653)
- ほんの一時でもなげやりになった自分の心を私は恥じた。(お父さん、ごめんなさい・・・)私は心で詫びた。
(石原美佐子著 人生これからよ!:末期ガンを乗り越えて p.125)
- 私は人殺しでもしたように、逃げることしか考えられなかった。・・・志摩が不治の病であるということを、誰にも知られたくない。はずかしいから。
(小田ゆり あなたが生まれて p.96)
- 夫が不自由な体を、人目にさらしているのが恥ずかしく、また職場での夫の姿を思うとやりきれない気持ちでした。
(河野磐, 河野都 二人三脚泣き笑い p.118)
はしたなかった
- しかし、わなわなと身をふるわせておこるじいの姿を見て、私は浅はかな意地悪心を、ほんとうにはしたなかったと思った。じいにすっかり見すかされたように、私は恥じたのだった。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.162)
ハズレ
- 私の仲間は増え続ける。そんな新人さんは、ダウン症の子供だ、「ハズレ」をひいたと絶望するかもしれない。私のように。だけど、「アタリ」だったんだ!私はなんて幸せ者なの!そう思える日も、たまにはあるのだ。
(小田ゆり あなたが生まれて p.222)
はっとしました
母親
- 「介護とは同じ痛みを一緒に感じること」、それは子供を育てる母親の感覚に近いものではないかとつくづく思う。みな子の面倒をみながら、母親になった気分はこうなのではないかと思うことがしばしばあった。”(p.247)
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.)
- みな子の面倒をみながら、母親になった気分はこうなのではないかと思うことがしばしばあった。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.)
- このような一体感は、たとえあと三十年生きても、互いに健康であったならば味わえない感覚だろう。どちらかといえば母と子のような関係にも思えてくる。これはみな子が倒れたことによって与えられた特異の関係であり、こんな関係を味わえるならば、天に感謝すべきなのかも
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.167)
- こうして介護の生活に入ると、・・・このような一体感は、たとえあと三十年生きても、互いに健康であったならば味わえない感覚だろう。どちらかといえば母と子のような関係にも思えてくる。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.167)
- 老いの心を守るには、娘でも息子でも、お嫁さんでも、看護婦さんでも、ヘルパーさんでも誰でも同じで、要は「まぼろしの母」の心になれるかどうかだ。
(大石邦子著 この生命を凛と生きる p.107)
- 義母と私は、なにか本能的な、切っても切れない関係となりつつあった。義母は実の母親とのつながりが薄かった分、それを求めようとしているかのようだった。私が母であり、義母が子という不思議な関係が。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.123)
- お母さんお母さんと吾を呼ぶいつの間に母となりたる我か
(安森敏隆 介護・男のうた365日:大学教授の介護日記 p.196)
- (そうだ!私には甘えてくれているのだ)そう思った瞬間、初心を忘れていた自分を取り戻すことができた。(母親役をやればいいんだ)私の凍り付いた心が、解けていくのがわかった。
(石原美佐子著 人生これからよ!:末期ガンを乗り越えて p.125)
腹が立つ
- 老父をみていると、わけもなく腹が立ってくる。気遣いながらも怒っている。なぜ、年老いた実の父にこうも腹が立つのか。
(佐江衆一著 黄落 p.354)
- 優しく万能であり、雄々しく壁のように息子の前に立ちはだかっていた父親は、私の前からとうの昔に消えている。・・・いまの老怪さんは私にとって老醜をさらす一人の男である。・・・その存在が身近にあることが無性に腹立たしい。
(佐江衆一著 黄落 p.355)
- 哀しさが腹立たしさとなって、ポンポンいい放ってはみても、なんら気は晴れず、むしろ自己嫌悪に陥ってゆくばかりだった。
(大石邦子著 この生命を凛と生きる p.54)
- (食事をもっと食べさせようとする)しまいには本気で腹が立ってきたりもしたものです。
(江村利夫 夫のかわりはおりまへん:前高槻市長の介護奮戦記 p.97)
- こちらはまるで翻弄されているみたいで、いいかげん腹が立ちばかばかしくなり、ついどなりつけたい衝動にかられる。・・・私たちはぐっとこらえてひたすらやさしくねばった。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.110)
- 便器の前でだいぶてこずった。こんなことがあると時間はくうし、いらいらするしで、かなり修行を積んだつもりの私も、はしたないことだけれど腹が立ってきた。それでつい、じいに意地悪をしてしまった。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.158)
- 帰りにはズボンの裾までビショぬれになった。家に帰っても取り替えようとしないのだから、腹立たしい。
(小泉文子著 ほかに何ができたろう:アルツハイマー患者の在宅看護日記 p.85)
- どうしても同じ間違いを繰り返されると腹が立って怒鳴ってしまう。和ちゃんのアルツハイマーを客観視するということは不可能なのか?
(野田明宏著 アルツハイマーのお袋との800日:中年オトコの介護奮闘記 p.9)
- とにかく、残念でたまらないのです。住み慣れた家で、最期まで暮らしていてほしかった。それができなかった、させてあげられなかった自分が腹立たしくて。頭のなかで、そんな思いがぐるぐると回っています。この気持ち、介護を経験した人でなければ、絶対に理解できないと思います。
(本田桂子著 娘から父・丹羽文雄へ贈る朗らか介護 p.106)
- 病人には、本人にしかわからない苦しみがあるはずだと思っていても、その苦しみを受け止められない自分にも腹が立った。
(石原美佐子著 人生これからよ!:末期ガンを乗り越えて p.124)
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腹が立ち
- そう思ったら途端に無性に腹が立ち「なん度焦がせばいいんだ」とわけのわからぬことを、隣近所に聞こえるような声で怒鳴った。
(耕治人 天井から降る哀しい音 p.525)
ばんざい
引き裂かれた感情
- この魅力があるために、ときには「もう勘弁してくれ」と思う一方で、「この人を放ってはおけない」という引き裂かれた感情を抱く。鹿野と深く関わっているボランティアほど、こうした内面のドラマを色濃く抱えているようだった。
(渡辺一史著 こんな夜更けにバナナかよ:筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち p.304)
疲労
- 残された妻や子供たちは極度の疲労と後悔の海の中でもがいた。後悔は父に対して最高の介護ができなかったことに多雨する自責の念であった。
(佐藤早苗 アルツハイマーに克つ p.8)
不安感
- 痴呆患者に調子を合わせて毎日問答を続けていると、気持ちが滅入り、不安感が湧いてくる。自分も同じように異常になっていくような気がするからである。
(佐藤早苗 アルツハイマーに克つ p.96)
- (父の異食行動に)私は全身に寒気を感じて、つかみ所のない不安に襲われた。
(末次鎮衣著 介護記録:家族のきずな p.47)
- そうしているうちにも、義母の痴呆は徐々に進行していった。これからいったいどうなるのだろう。私は、しっかりやれるのだろうか。不安でたまらない・・・。
(荒木由美子著 覚悟の介護 p.87)
- (代替療法を試しながら)不安な気持ちは、ふくらむばかりでした。これでいいのか、毎日そう思い悩んでいました。
(えずみなお著 回復室Bのドア:夫が末期ガンになったとき p.112)
- でも、お母さんは、「仇」という言葉を使うのが怖いのです。貴方がどんな反応をするのか不安です。
(川田悦子 龍平とともに:薬害エイズとたたかう日々 p.8)
- 不安な日がつづいた。徳子の病状は、一進一退であるとしか思えない。
(上林暁 名月記 p.432)
不機嫌
- 利雄は癇癪を起こし、リハビリをさぼるな、などと怒鳴ったりする。・・・怒鳴った直後には病人の哀れさが一層増して、怒りが悲しみと憐れみにとって代わる。みな子が風邪をひいたり、不調を訴えると利雄もとたんに不幸になり不機嫌になる。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.175)
- こういう無意味な仕事がふえたことに対して、どうしても不機嫌にならざるを得ない私は彼女に注意するのだが
(グレーフェ(あや)子著 ドイツの姑(はは)を介護して p.286)
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不気味
- 家内はニコニコしている。私は不気味になり、あわてて、ガスを止めた。
(耕治人 天井から降る哀しい音 p.525)
複雑な気分
不公平
- 幸せそうな明るい街の灯の下を家路に急ぐ年配の人達が、どうして健康なのだろう、どうして病気じゃないのだろう・・・と、理不尽にも思ってしまい、あまりの不公平さに気が狂いそうだった。
(真崎彌壽子 お父ちゃんの片道キップ p.23)
不思議
- 徹夜で母を美馬漏斗した五日の夜、私は母と不思議な時間を過ごした。・・・その時、私は母の表情に気がついた。・・・それはとてもスピリッチュアルな時間だった。”p.185
(藤原瑠美著 残り火のいのち 在宅介護11年の記録 p.185)
- 「世話になってすまんなあ」と私に言いました。・・・その言葉を聞き、「世の中には、こんな不思議なこともおこるのだなあ」と思い、また、その一言で、今までのつらかった介護が報われた気がしました。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.107)
負の行為
不憫に
- この病気にさえなっていなければ、などと、いろいろ考えていました。娘の私が言うのもおかしいのですが、母が不憫に思えてなりませんでした。
(花谷初恵 二度童子を生きる母:私の介護日記 p.24)
- 父はベッドの中で袋をはずし、掌からパジャマまで便にまみれている。私は父の手を拭きながら、父が生きているのが不憫に思われて仕方なかった。
(末次鎮衣著 介護記録:家族のきずな p.146)
プレゼント
- 父が病気になって、看病する立場になって、手をさすってあげったりするでしょ、その時、「あっ、私はお父さんに甘えている」って。「触っていいんだ」「ずっとそばにいていいんだ」「顔をじっとみていてもいいんだ」って、なんかとても嬉しくて。最後に父からプレゼントしてもらって、という感じがしたんです。(小泉今日子談)
(大貫武, 山下柚実, 片野明 エイズを100倍楽しく生きる:大貫武と12人の共同作業(コラボレーション) p.158)
別の世界
- こうしてみな子の介護の世界に入ると、道行く人の姿や声は別の世界の出来事のようにおもわれてくる。われわれ二人は全く別の世界に落ちこんでしまったと言うべきだろう。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.54)
別の人のよう
- 昔、自分たちを可愛がってくれた滝野と今の滝野が別の人のように思われるのだった。頭がこわれてしまうということは、そういうことだと思われた。
(鈴木早苗著 滝野 p.80)
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ボケたふり
- 家計をきりもりもしていた母が、たった二ヶ月でボケてしまうものであろうか。母に痴呆は似つかわしくない。母はボケたふりをしている、私はそう信じたかった。
(高野悦子著 母:老いに負けなかった人生 p.81)
ほっとし
- 自分の生活を犠牲にして限界を超えるまで介護した者は、内心ほっとし、満足を感じ、自らの老いの生き方と死に方を考える。老親の介護を精いっぱいした者のみが到達する世界、大げさにいえば悟りといえるかもしれない。
(佐江衆一著 老い方の探求 p.124)
魔女のようだ
惨めさ
見つづける
- 彼よりも当てにならないのが家族だったと同時に、家族が救いになったという一面も真実だと思う。彼女のそばにいて見つづける、ということ。それしかぼくらにはできなかった。見つづける、というのは意外と力なのかもしれない。
(村井国夫, 音無美紀子 妻の乳房:「乳がん」と歩いた二人の十六年 p.228)
醜く
- 自分のオヤだから哀しいのだ。・・・いつの間にか醜く老いてしまったオヤの姿を見るのは哀しい。いつも理不尽なことをいう娘を怒らないオヤは哀しい。
(鈴木早苗著 滝野 p.31)
身の毛がよだつ
- 彼は午前三時から入れ歯をカチカチ鳴らし、はこうする靴音をたてながら二階まで三度ものぼってきた。・・・初めのうちは嫌だなと思っていたのだが、そのうち「身の毛がよだつ」という感覚に襲われる。どうすることもできない嫌悪感である。
(小泉文子著 ほかに何ができたろう:アルツハイマー患者の在宅看護日記 p.243)
身も心も凍る思い
未来永劫続く
- それは未来永劫続くと思われるんだぜ。たとえそれが結果的に五ヶ月間で亡くなった年寄りの自宅介護だったとしても、その五ヶ月間、介護者は毎日その家族の永遠にも等しい未来を負う、五ヶ月間限定だなんてわかってやるんじゃないんだ、介護者は永遠を引き受ける
(モブ・ノリオ著 介護入門 p.402)
報われた気が
- 「世話になってすまんなあ」と私に言いました。・・・その言葉を聞き、「世の中には、こんな不思議なこともおこるのだなあ」と思い、また、その一言で、今までのつらかった介護が報われた気がしました。
(呆け老人をかかえる家族の会編 痴呆の人の思い、家族の思い p.107)
無心の笑顔
- 「お医者さまが無心の笑顔というのがこれですと教えて下さったの。子供って天使だと思ったものよ。お爺ちゃんがそれね。生きながら神になるってこれかしら」
(有吉佐和子 恍惚の人 p.371)
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難しい
- 痴呆介護のいろはには、何を言っても「そうですか」「そうね」と言い、否定も訂正もしてはいけない、とある。これが大層難しい。
(鈴木早苗著 滝野 p.130)
むなしい
- 痴呆になってしまった義母との生活を、私たちはつらくても、苦しくても、いやだと思っても続けていかなければならなかった。聞くに堪えない言葉を聞き、変わり果てた義母の姿を毎日毎日見続けなければならなかった。泣いても泣いても解決にはならない。むなしいだけだった。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.104)
- この人にとって、もう未来は長い線でもなければ、ひとつのかたまりでもなく、こま切れの一瞬一瞬でしかないのだ。・・・世話する側にしてみれば、これほどむなしい話もないけれど、たとえ一瞬一瞬で消えるような「とき」であるにしても、だからどんなにみじめでも不快でもかまわないという理屈は当てはまらない。むなしい一瞬一瞬のために、それが人間らしいものであってもらわねばと私たちは思う。
(敷島妙子 おじいちゃんが笑った:ボケても人間らしい最期を p.93)
胸が熱くなる
胸が痛む
- その(何でも知っている)父が、いまこうして無力な姿で横たわっている。過剰に感傷的になる必要はないと思いながら、胸が痛むのをどうしようもなかった。
(沢木耕太郎著 無名 p.82)
- 後に人伝てに、「私、大阪は嫌いや」と彼女が娘さんの遺骨を抱いて言われたと私は聞きました。彼女の無念さがひしひしと伝わってきて、胸が痛みました。
(梶原早千枝著 ふたたびのいのち:「心臓移植の街」、大阪府吹田市発 p.55)
胸が潰れ
胸がつまって
胸潰れる
胸にくる
- (妻の衰弱に)驚愕はしなかったが、しかしぐんと胸にくるものがあった。
(上林暁 聖ヨハネ病院にて p.467)
胸に迫る
胸を衝かれる
- 彼女の心の中には、どんなに深い運命の影も射し入ることがなくなったのかも知れません。それならそれで、私はやはり胸を衝かれる思いがせずにはいられませんでした。
(上林暁 晩春日記 p.454)
滅茶苦茶
めんどくせー
申し訳ない
- (久しぶりのゴルフに出かけて)目の前に病人の姿がないということは、みな子には申し訳ないが、やはり一種の開放感が与えられる。看護のためのエネルギーを蓄えるためだと許してもらおう。
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.209)
優しさを貫き通す
- この十一年間、さまざまな思いをしながらも、妻と手を携えて生きてきてしみじみ思うのは、二十四時間、優しさを貫き通すことがいかに難しく、厳しいことかということである。
(陽信孝著 八重子のハミング:4度のがん手術から生還した夫がアルツハイマーの妻に贈る、三十一文字のラブレター p.169)
- 五十四人はそれぞれに、その人らしく「自分の場」を病室で見つけ出し、「母の場」と重ね合わせて、明るい雰囲気の「共にいる場」をつくり出していた。それはまた「やさしさを生み出す場」ともなっていて、ここに来ると優しくなる自分を不思議に思うと同時に、優しい自分になりたくて集まってくるという現象も起こったのである。
(関丕著 光のなかの生と死 p.219)
- 失禁であった。・・・三和はこの一瞬、奇妙な凱歌をともなう厳粛な緊張をおぼえた。それから、いいようもない優しさにひたされてゆく自分を感じた。
(真野さよ 黄昏記 p.112)
- 喜んでいる和ちゃんの顔・表情を見られて、こちらまで嬉しくなる。優しくしてやりたいのだけれど、いつも。
(野田明宏著 アルツハイマーのお袋との800日:中年オトコの介護奮闘記 p.13)
- 鹿野のさまざまな「あれしろ、これしろ」に対して、今も葛藤の連続だという。しかし、その葛藤のあとで、自分でも不思議なほど「やさしい気持ち」が湧いてくるという。・・・葛藤のあとで、必ず湧いてくるという感謝の気持ち。それが山内がボランティアをやめないでいる最大の理由でもあるという。
(渡辺一史著 こんな夜更けにバナナかよ:筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち p.102)
- ここへ来るときは「めんどくせー」と思うのだが、泊まりで夜中とかになると、何故かしら優しい気持ちになってしまう。でも、優しい気持ちになるのは、とても気持ちがいい。
(渡辺一史著 こんな夜更けにバナナかよ:筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち p.356)
- わが裡にに鬼は外よと豆投げて夫にやさしきわれでありたし
(進藤てる子著 歌集 伴に生きて p.131)
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安らぎ
- そういう瞬間、何もできない無力さと、通じ合っているという安らぎの奇妙に混ざり合っている瞬間が、「生きて、存在してる」瞬間なんだという思いで、私を明日へと生かして、押し出してくれるように思えるのです。
(関丕著 光のなかの生と死 p.133)
厄介だ
- 要するにばあさんは呆けた。・・・"呆け"というものはまだらにくるので厄介だと三和は思った。
(真野さよ 黄昏記 p.23)
闇
やりきれなかった
やるせなさ
優越感
- (呆けた妻に代わって家事をする)そのとき家内を憐れみ、いくらか優越感さえ覚えたようだ。
(耕治人 どんなご縁で p.566)
夕立状態
ユーモラス
赦す
- 慶子は、無言で語っていた。あらゆることにかかわらず、自分が幸せだったということを。告知せずにいたことを含めて、私のすべてを赦すということを。
(江藤淳著 妻と私 p.81)
許せない
- あの時、校長に負けた自分を、今でも許せない。あの校長室で、志摩のことを侮辱したあの鉄仮面みたいな女の前で、どうして志摩をかばってやれなかったのか。
(小田ゆり あなたが生まれて p.195)
揺れていた
寄り添えないまま
- それはもしかすると、医者から不意の宣告をうけた日のあとでも、少しも変わっていないのかもしれない。自分だけの苦しみにとらわれて・・・夫の心についに寄り添えないままで・・・。
(岩橋邦枝 伴侶 p.87)
理解できない
- とにかく、残念でたまらないのです。住み慣れた家で、最期まで暮らしていてほしかった。それができなかった、させてあげられなかった自分が腹立たしくて。頭のなかで、そんな思いがぐるぐると回っています。この気持ち、介護を経験した人でなければ、絶対に理解できないと思います。
(本田桂子著 娘から父・丹羽文雄へ贈る朗らか介護 p.106)
理性もどこかに飛んでしまう
慄然と見て居り
- 慄然と見て居り我は 手づかみに砂食ふごとく飯食む母を
(斉藤史 歌集 ひたくれなゐ p.712)
憐憫の情
- 何かを作ってと言われて嘱託に出したときに、見事に拒絶されると、いかに寛容であろうと心がけている利雄でもカッと頭に血がのぼって荒々しい言葉を使うことになるのは修養の足りなさで、その直後には憐憫の情に襲われる
(大庭利雄著 終わりの蜜月:大庭みな子の介護日誌 p.219)
ロボット
- そうだ、この娘は自ら進んでロボットになろうとしているのだ、とツタは思った。笑顔もきれいな、介護ロボットに。つたの体を悪寒が走り抜けた。
(広谷鏡子著 不随の家 p.28)
わがまま
わからない
煩わしく
- 私は寿美の存在がたまらなく煩わしく感じられた。寿美はいま死んでしまった方が、さわやかな思い出だけを残す。今後、寿美は年をとるにつれて、いっそう嫌な面ばかり出てくるに違いない。
(近藤啓太郎 微笑 p.206)
忘れても
- 何もかも忘れ、何もかも出来なくなる訳ではありません。忘れても輝いている時があるのです。幸せもあります。展示作品は、マサ子ばあちゃんが、前向きに生きている証です。
(小菅もと子著 忘れても、しあわせ p.235)
笑い
- 靴のちぐはぐに気づいた杉が、がっくりするより先に吹き出し笑いの発作を抑えられなかったのは、無寿、乱脈の極地に近い妻のやめる生活態度、そのデカダンスに彼自身が埋没せんばかりに慣れ馴染んでしまっているからであった。
(青山光二著 吾妹子哀し p.213)
悪い女
- 一日中具合が悪く、私も体中にイライラや、不満が充満し、つい、つんけんと高飛車な受け答えをしてしまう。本当に私は悪い女だ。
(真崎彌壽子 お父ちゃんの片道キップ p.38)
悪い籤
- 私は里子があわれに思えた。悪い籤を引かされた妻とこんな自分が、情けなかった。
(伊集院静 乳房 p.68)
悪くない気分