JR総武線浅草橋駅を出て、広い江戸通りを渡り奥に入ると駅前通りの活気ある町並みから少し落ち着いた雰囲気の
ある町並みにかわる、そこが我が町柳橋町会です。
東に隅田川、南に神田川。
神田川に架かる浅草橋のたもとには、浅草見附の碑もあるようにここは江戸の昔から交通の要の場所でもありました。
柳橋町会は昭和28年4月瓦町、代地等と合併して一丁目・二丁目と大きな区画で、江戸時代からの柳橋の町名を取り
『柳橋町会』として発足しました。
古くからの花柳界は昭和30年代には料亭74軒、芸妓組合143軒、芸妓289名と全盛期を迎え、河岸通りに並ぶ
料亭前には夕方になるとピカピカの外国車がずらりと並び、きりっと着物を着た粋な芸妓さん達の歩く姿が数多くみられ、
それは圧巻でした。
秋に1週間程、明治座で開催される『みどり会』では、柳橋の芸妓さん達の日頃の芸に対する強い思いが集約された舞台
が繰り拡げられ、多くのお客様を集めた。
同じ頃、町会は料亭組合、芸妓組合、近隣商店主と『柳睦会』を結成し、大川の川開き(花火)、柳橋盆踊り、灯龍流し、
旅行会と、各種イベント、文化活動を始めた。
時代が移り、料亭が大きなビルにかわり、10年程前には、料亭・芸妓組合が解散、古く長く続いた花柳界は無くなりました。
しかしその遊びの一つであった屋形船はブームにのり大型化して1年を通してどなたでも楽しむ事が出来るようになりました。
今では町会も大きく変貌をとげ、古い町並みは次々と洒落た高層のマンションにかわり、交通の便の良い、環境の良い地域
であることから、現在は1,000世帯を超える大きな町会となっていますが「粋な近所のお付き合い」の心は
今もずっと受け継がれています。

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