キーラー日記(1)
2000/11/21(火)
午後、原書房のIと打ち合わせ。レッズについて語り合ってるだけで1時間過ぎていた。いや、一応仕事の話もしたよ。鬼が笑う奴を。
さらにたらたらと原稿を書く。さて、どうかな?
古本で購入したHarry Stephen Keelerの"The Tiger
Snake"が届く。Harry Stephen
Keelerは、たぶん翻訳が一冊もないミステリ作家である(詳しいことは、ミステリに詳しい人に聞いていただきたい)。詳しく経歴を書いてもいいが、たぶん冗談だとしか思われないだろうから書かない。ミステリ界のエド・ウッド、とここには書いてある。
彼の本は冗談のような値段で取引されているのでこれまで一冊も手に入れられなかったのだが、たまたま普通の値で出ているのを見つけた。ちなみにキーラー・マニアは彼の本を電子テキスト化して配布していたりもする。
2002/8/17(土)
原稿を書いている最中、ふとした出来心でウェブでなんやかや検索をはじめたと思っていただきたい。なんの気なしに暇検索をしていてとんでもないことが判明した。史上最低のミステリ作家Harry
Stephen
Keeler(ハリー・スティーヴン・キーラー)という人がいる。知らない人は殊能将之氏による紹介を読みねえ。で、ぼくはKeelerの本を一冊だけ持っている("Tiger
Snake")。なんせKeelerの本は30年代に無名ペーパーバック出版社から出て即絶版、みたいなものばかりで、けっこう古書価が高く(マニアがいるので)おいそれと買い集めることもできないのである。で、ほとんどコレクションは諦めていたのだが、なんと! ルイジアナ在住のマニアが一人でこつこつとKeeler復刻活動をしているののを発見したのだ。Ramble
Houseという出版社から、すでに50冊近くが復刻されている。一冊$19.95。これは買いだろう(ちなみに古書価は$70〜$200というところ)。問題はだね、これいったいどれを買えばいいのか全然わからないんだよ。やっぱり全部買うの? 殊能先生、ちょっと買って読んでいただけないものだろうか?
しかし、調べている最中にさらにとんでもないことを発見して愕然とする。こんなことを今まで知らなかったとはSFファンの名折れ、というかSFファン返上。明日図書館でコピー取ってこよう。
8/18(日)
無事コピー入手。何かと言うと、実はキーラーには翻訳があったんですね。それもSF。『世界SF全集31』(早川書房)に入っている「ジョン・ジョーンズ基金」という短編です。訳者は伊藤典夫。まったく、どこまで目配りしてるんだこの人は。こういうとき、強烈な劣等感に襲われる。しょせんこちとらのやってることなんて、伊藤典夫の30年あとをちんたら追いかけてるだけなのか? 無駄無駄無駄あ。
たいていの図書館には入ってるでしょうから、興味のある人は読んでみてください。でも、別にお勧めはしません(つまらないから)。しかもこの翻訳につけられている伊藤典夫の解説を読んでさらに頭をかかえる。し、新青年だって?
というわけでキーラー探索ルポ、まだ続きます。
8/19(月)
Ramble
Houseの店長(というかたった一人でやってるマニア)にメールを送り、本を注文。先方からはHarry
Stephen Keeler
Societyへの入会を勧められる。ここには電子テキスト化されたキーラー本が何冊か転がっていますので、興味のある人はチェックしてみてください。HSKSにはpaypalでも会費を払えるということなので、入ってみてもいいかと思っているのであった。
8/24(土)
池袋から10分ばかり歩き、光文社のミステリー文学資料館へ。先に書いたように『世界SF全集』に寄せられていたキーラーの翻訳への解説で、伊藤典夫が「戦前の〈新青年〉に彼の小説が一つ二つ翻訳されているのを見たことがある」と書いていたからである。で、立風書房の『新青年傑作選』にある所載作品総目録をひっくり返して調べたと。どうやら昭和8年の新年増大号に載っているらしい。
で、ミステリー文学資料館なら〈新青年〉もあるだろう、と思ったわけ(推理作家協会の会員となってはじめて役に立ったよ)。
行ってみたらいきなり棚になくて司書の人としばらく頭をひねっていたんだが、じきに修復中であることが判明。出してきてくれた号にはしっかり載っていた。「金庫を開けば」という短編。
いや、これ本当につまらないんで、全然読む必要はないんだけど、たしかにキーラーの特徴は出ている。つまり、異常に説明的なセリフと読者の意表をつくためだけの無意味などんでん返しである。どんな話かを説明してみよう。
「私」が部屋の中にいると非常階段から忍び込もうとする人影がある。「私」は銃をつきつけて賊をとらえる。そこは探偵ドウソンの家だった。「私」は泥棒に取り引きをもちかける。部屋の隅にある金庫を開けてくれたら、放免してやるというのだ。金庫には妻が浮気相手から受け取った手紙が入っており、離婚の証拠とするのに必要なのだ。賊は金庫を開けるが、中からピストルを取りあげ、「私」に向かってぶっぱなした。「私」は逃げながら男が警察に電話し、自分こそがドウソン本人だと名乗るのを聞く。
いや本当、これだけ。たしかにびっくりはするけどね。あまりの意味の無さに。
とりあえずキーラー完全制覇はなしとげた、ということで。あーでもまだ知らんうちにどっかで訳されてたりする可能性はあるよなー。
9/3(火)
Ramble
Houseからリプリントのキーラー本が到着する。購入したのはしめて8冊。"Sing
Sing Nights","The Face of the Man from Saturn","The Man
with the Magic Eardrums","The Riddle of the Travelling
Skull","The Case of the 16 Beans", "The Voice of the
Seven Sparrows"というキーラー6冊。あとRamble
Houseが編集したキーラー研究書"A to Izzard;A Harry Stephen Keeler
Companion",それにエド・ウッドの小説の研究書"Muddled
Mind"(David C Hayes &Hayden
Davis)。驚くべきことに(というか、当然予想されることだが)この本、すべて手作り(文庫サイズ)。これで一冊20ドルは安すぎる。みんな買え。誰もが気になるだろう『土星から来た男の顔』だけど、これはどうやら小説の中にそういうタイトルの絵が出てくる、というだけのことらしい。じゃあSFじゃないかっていうとそういうわけでもなく、例の「ジョン・ジョーンズ基金」が中に組み込まれていたりする。
Ramble
Houseはキーラー長編全73冊の復刻を目指しているらしい(復刻、というか英語版初出版のものも含む)。全部買うのか〜
9/12(木)
The Wonderful Scheme of Mr. Christopher Thorne by Harry
Stephen Keeler
グレンデールになかなか素敵な古本屋があると聞いたので行ってみた。SF&ミステリの中レアくらいの本がずらりと並んでいる。一冊百ドルとかいう本はあまりなくて、だいたい7ドル〜25ドルくらいの値つけになっている。なかなかうまい。このくらいの値段だと、つい、ま、いいかと思って買っちゃうんだよね。で、気がつくと100ドル超してたりとか……でも、このクラスの本だと、欲しい作家に関してはだいたい持っているので、それほど悲惨なことにはならなかった。ダスト・ジャケットのない三刷りのキーラーとGene
WolfeのCastle of Otterをそれぞれ25ドルで購入。Castle of
Otterは読むだけなら他で読めるんだけど……
店の一角にはガラス・ケースがあって、そこにはもうちょっと高いものが並んでいる。中にダスト・ジャケットつき美本のキーラーが何冊かあったので見せてもらった。値段は350〜500ドル。ううむ。買ってませんよ、もちろん。John
SladekのBlood and Gingerbreadすら買わなかったんですから。
2004/1/25(日)
古典SF研究会の藤元直樹氏からずっと以前に情報提供をいただいたのに、このページに反映させるのをすっかり忘れていた(ことを今日唐突に思い出した)。
藤元氏は戦前の探偵小説雑誌からキーラーについての記述を探してお送りいただいたのである。伏して感謝
「しかし、それらのものに増して最も面白かつたのは何かといふとハリイ・ステフエン・キーラーの「目醒時計を探せ」(Find
the
clock)です。キーラーといへば古い作家で、作品も沢山あるのに我国ではまだ一冊も紹介されてゐませんが、始めて「目醒時計」を読んで、息もつけないほどの面白い数十時間を過ごしました。
もちろん純然たるスリラーで、本格ものぢやありません。が、探偵小説から「面白さ」の無くなりつゝあるやうな現在では作家にとつても読者にとつても、一つの反省材料に充分なり得る作品です。」
井上英三「近頃読んだもの」(〈ぷろふぃる〉:4(12) 昭和11年)
もいっちょ
「ハリー・エス・キーラー(英)
この人も熊公八公に好かれる低級な読物を書くのでよく売れる。時に奇想天外なプロツトに冒険神秘的な衣をつけるのが得意である。『驚異の蜘蛛巣』『日本の箱』『時計を探せ』『翡翠の手』『マチルダ・ハンター事件』『シング・シングの夜』『キヤリオストロの怪奇』『七雀の声』『黄色ズリの謎』と云つた題目からしてセンセーシヨナルな作品だから内容も推して知るべし。」
西田政治「欧米探偵作家名簿」(昭和12年1月号)
熊公八公……
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Kiichiro
Yanashita / 柳下毅一郎 / kiichiro.yanashita@nifty.com