妄想対談:デヴィッド・クローネンバーグの妄想幻魔大戦

初出:『クローネンバーグ・コレクション』劇場用パンフレット
ウェイン 流浪の映画漫才師ファビュラス・バーカー・ボーイズです。
ガース 今回のお題はクロちゃんの自選三本ね。
ウェイン 懐かしいね。『スキャナーズ』以外はみんな裏ビデオで見たよ。輸入ビデオにワープロ字幕が入ってるやつ。
ガース 僕も学生時代、『ビデオドローム』をICBMで輸入ビデオ借りてきてSF研で上映会開きましたよ。セリフ聞き取ったの一生懸命翻訳して。コピー配って。
ウェイン 暗い青春だな。
ガース ま、しょせんオタクですからね。でもセリフ訳したらかえってわけわかなかったな。
ウェイン オイラなんか『スターログ』で、リック・ベイカーがすごいSFXやってるルポ読んで、ビデオで権力を握ろうと企む悪党どもをやっつけるSFサスペンスだと思って見たら、とんでもなかったね。人体とメカの融合について、なんか科学的説明がつくのかと思ったら、延々と哲学的な禅問答してるだけなんだもん。
ガース SFというよりはバロウズの「柔らかい機械」とか、シュールレアリズムから発想が来てるんですよ。
ウェイン でも、クロちゃんは作家志望だったころ、SF雑誌に投稿してるんでしょ。
ガース でも『F&SF』だから。アメリカのSF雑誌でいちばん文学臭の強い奴だから。ハードSFじゃないんですよ。
ウェイン そっか、ニューウェーブだよな、クロちゃんって。よくサイバーパンクって言われるけど違うよね。『シーバース』なんて高級マンションの住人が乱交と殺人でグチャグチャになる話だけど、実はバラードの『ハイ・ライズ』そっくりだった。
ガース クロちゃんの好きな作家はバラードにバロウズ、ディックにナボコフでしょ。
ウェイン わ、サンリオSF文庫(笑)。
ガース 死語だ(笑)。「ニューウェーブ」ってのも死語だから辞書的に説明しとくと、それまでのSFが宇宙旅行だの時間旅行だの、空間的外宇宙を探求していたのに対して、インナースペース、つまり自己の内宇宙に入って行こうとする60年代中期のSF文学化運動のことです。
ウェイン 要するに宇宙船じゃなくてドラッグでトリップしようと。
ガース サイバーパンクだって、ニューウェーブのインナースペースをサイバースペースに置き換えただけだもんな。
ウェイン それでいうと『ビデオドローム』って、サイバー・インナースペースかな。なにしろテレビの中に入っちゃうんだから。
ガース しかしてそれは主人公ジェームズ・ウッズの妄想世界でもあるんですよね。基本的に、クロちゃんって妄想ワールド。
ウェイン 『スキャナーズ』もさ、世界征服を企む悪のエスパーと正義のエスパー軍団の戦い! って「幻魔大戦」ノリで公開されたんだ。でも、主人公は、他人の考えてることが頭に入ってきてうるさくてノイローゼになってる男だろ。それって、ただのアブねえ奴じゃん。
ガース いわゆる電波系の人ってみんな自称エスパーですからね。根本敬言うところの「妄想幻魔大戦」
ウェイン 「あいつなんか死んじゃえ!」って念じるとホントに死んじゃう。ワラ人形か(笑)。
ガース そう考えると『デッド・ゾーン』もかなり凶悪。表向きは、ある大統領候補(マーティン・シーン)が将来、核戦争を起こすことを予知した超能力者(クリストファー・ウォーケン)が、世界を救うために彼を暗殺するって話だけど、実際、大統領狙撃犯のほとんどはそういう妄想持ってますからね。
ウェイン だからさ、これって『タクシードライバー』だよ。選挙事務所で働いてる女にフラれたからって、逆恨みして、その事務所がバックアップしてる候補者を狙撃する、という事件にしか見えない。なにしろその候補が将来核戦争を起こすことはウォーケンにしか見えてないんだから。
ガース キングの原作には、候補が悪人だという描写があるんだけど、クロちゃんはそこんとこ切っちゃった。確信犯ですね。わざと主人公の妄想と現実の区別がつかないようにしてる。
ウェイン キューブリックが『シャイニング』を映画化したときも、ホテルで起こる怪異を全部ジャック・ニコルソンの妄想として処理しただろ。で、スティーブン・キングが怒った。オレの小説には本当の幽霊が出てくるのに、って。
ガース でもキングは『デッドゾーン』は気に入ってるんですよね。原作に対する態度は同じなのに(笑)。わかってねえなあ。
ウェイン クロちゃんが監督するはずだったディックの『トータル・リコール』だって、元のシナリオは、どこまでが現実か、どこまでがドリームマシンによる幻想なのかわからなくなるという話だったしね。
ガース 要するに全部それ。個人の内面世界と外部の現実世界が融け合ってるんです。
ウェイン 主観が客観を決定する。カントの『純粋理性批判』だよな。
ガース どうしたんです? どっかに頭ぶつけました?
ウェイン いや、知ったかぶりだけど(笑)。早い話が、「みんなが白い眼で見てる」っていう主人公の心象を、クロちゃんは特殊メイクで白い眼作って表現しちゃうわけよ。それも幻想シーンじゃなくて、白い眼の人が現実の存在として出てくるわけ。
ガース そのデンでいくと『スキャナーズ』の脳天破裂は「頭が割れそう」の表現。
ウェイン 『ビデオドローム』は「朝から晩までビデオ漬け」って表現。
ガース 『ブルード』では「怒り」がホントに子供の形になって人を襲うし。
ウェイン ギャグぎりぎりだね。しまいにゃヘソでホントに茶沸かすぞ。
ガース だからハリウッド大作の『ザ・フライ』を最後に現実路線にシフトしたんでしょうけど、自選のこの三本は、そのへんがモロに出てて面白い。
ウェイン 『ザ・フライ』ってさ、物質電送機の話だと思われてるじゃない? でも、あれって送信機に何か入れると、その組成をデータ化したあと、消滅させちゃうんだよね。で、受信機でデータどおりに再構成するわけ。
ガース 実はコピー・マシンなんですね。
ウェイン コピーと実物の区別も曖昧なんだ。で、次の『戦慄の絆』は双子が自分と互いの区別がつかなくなる話でしょ。『スキャナーズ』は兄弟が最後に合体しちゃうし、
ガース 『ザ・フライ』のラストでも、自分とハエと恋人と、恋人のお腹にいる自分の子
供と合体しようとしますよね。「みんな一緒になって、幸せな家族になろうよ!」とか言って。
ウェイン 『ビデオドローム』は自分とメディアの区別がつかなくなって合体しちゃう。
ガース 要するに全部、自分と他人の区別もつかなかったり、自分と動物や機械との境目がなくなっちゃう話なんですね。
ウェイン セックスしてるとき、入れてるのがオレなのか、入れられてるのがオレなのかわかんなくなるのに似てるな。
ガース ないない、そんなこと(笑)。
ウェイン でさ、そうすると男か女かも曖昧になってくるわけよ。
ガース ああ、『シーバース』なんて女の口からペニスみたいのがニューって出てきたし、『ラビッド』でも女の腋の下からペニスが伸びて男に刺さるしね。
ウェイン 『ビデオドローム』だと、ジェームズ・ウッズの腹にデカいオメコができて、そこに自分で手ェ突っ込むしね。クロちゃんって、なんか両性具有にこだわるね。
ガース クロちゃん隠れホモ疑惑ってのは前から囁かれてますよね。セックスにはフランクなくせに、妙にホモ描写を嫌ってる。『戦慄の絆』も実話なんだけど、本当はあの双子はホモで、いつも裸で抱き合って寝てた。
ウェイン 『裸のランチ』なんかホモの王様、バロウズの原作を映画化してるのに、モロのホモ描写が全然ない。
ガース 原作自体は、ヤク中の妄想そのものなんだけど、クロちゃんは、奥さんを殺しちゃったバロウズが、その現実に直面するのが嫌で、現実のニューヨークでの生活を「インターゾーン」という妄想世界だと思い込もうとする、という映画にしたんですよね。
ウェイン 「『裸のランチ』論」ってタイトルにしたほうがよかったかな。
ガース 次の『M・バタフライ』なんか、女形のジョン・ローンを、女だと思い込む男の話だけど、彼の妄想の中には入らないで距離を置いて描いてた。
ウェイン ジョン・ローンどう見ても男にしか見えないのにな。だいいち、何度もセックスしてて気付かないかね。
ガース 誰が見ても気づきそうなのに気づかないってとこがミソなんですよ。主人公が現実を否認して、自分にとってのリアリティを作ってるわけですから。
ウェイン それ、外から見たらただのバカだよ(笑)。
ガース あれって実話なんですけど、主人公のモデルは、それまで女性経験のまるでない男だったんだそうで。
ウェイン そうそう、クロちゃん映画の主人公って童貞が多いんだ。『デッド・ゾーン』でしょ、『ザ・フライ』でしょ、『戦慄の絆』の弟のほうでしょ。
ガース ホモとしては童貞だってことを表現してるとか(笑)。
ウェイン いずれにしても、セックスについてこう何かと曖昧なのは男らしくねえよ。本当に女の腐ったような奴だ!
ガース それ、クロちゃんに向かって言っても誉め言葉にしか聞こえませんよ。ぼくはわりとわかりますけどね。妄想と現実の一体化って。
ウェイン インテリはそれだから困るんだよ。頭の中でばっかモノ考えてるからリアリティなくなるんだって。汗水たらして働いてればそんな妄想どっか行っちまもんだよ。
ガース 悪口言われてパイ投げに行く人にそんなこと言われたかないっスよ。
ウェイン ……やっぱ、現実と妄想区別つけるのって難しいよなー。

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Garth Yanashita / ガース柳下 / yanasita@gol.com