オリバー・ストーン・インタビュー完全版

(初出『ぴあ』1995 2/14 No.592)


 オリバー・ストーンは現代ハリウッド最高の監督である。
 誤解しないでほしい。誰もオリバー・ストーンがアメリカで一番才能あふれる監督だなんて言っちゃあいない。才能があるかどうかなんて、ハリウッドでは問題にならないのだ。今、ハリウッドで問題にされることはただひとつ、映画が儲かるかどうかだけ。その点ではストーンはズバ抜けている。ストーンの作る映画はつねに話題となり、すばらしい興収をあげる。なぜならストーンはつねに現代的な、社会的なテーマを取り上げて、それを懇切丁寧にけたたましく解説してみせるからだ。誰もが嫌でも存在に気づき、一言意見を言いたくなるくらいまで。映画が社会問題化すること=モー・マネーってわけ。
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』もやはりそうだった。現代アメリカ最大の社会問題=暴力をテーマにした時点で、すでにストーンの勝利は約束されていたと言えよう。実際、ここはストーンの得意分野なのだ。なんせ脚本作『スカーフェイス』で、チェンソー殺人を描いてみせた男である。

−−以前にウッディ・ハレルソンを主役に起用したのは父親が殺人犯だからだって言ってるのを見たんですが、あれは本当?
 俺は予想外のキャスティングが好きなんだ。あいつはTVの『チアーズ』って軽いコメディで人気が出た。親切で人好きのするキャラクターで。それを暗い方へ持ってきたかったんだ。あいつは中西部のホワイト・トラッシュ(白人のクズ=無知無学で貧乏な白人層)の出だ。父親は殺人で終身刑をくらってる。マフィアの殺し屋でね。

−−でも、ウッディ本人は父親は無罪だって言ってますよね。
 父親は有罪になって、刑務所にいるが、だからって犯罪を犯したとは限らない。ただ、長年にわたってギャングと関係があるからね。殺したかどうかは問題じゃない。ポイントはタフな世界から出てきたってことだ。

−−でも、ジュリエット・ルイスのお父さんはハリウッドの役者ですよね。
 そう、彼女はホワイト・トラッシュの出ってわけじゃない。だけど……なんかクズ[トラッシュ]っぽいとこがあるだろ(笑)。いや、愛をこめて言ってるんだぜ、これは。あの中性的なところがね。
 それにすばらしい女優でもある。すごい本能の持ち主だ。ノー・テクニック、ノー・トレーニングだが(笑)。本当、まったく訓練されてない。だけどカメラが好きなんだ。ナチュラル……

−−ボーン・アクトレス! ところで『NBK』の最後に親を殺したメネンデス兄弟の映像が出て来ますよね? 実は兄弟の兄ライルは『スカーフェイス』のファンだったと言うんですが、知ってますか?
 へえ。そうね、『スカーフェイス』を好きな人は多いよ。クズな連中がいっぱいね(笑)。『スカーフェイス』はクールだからな。そう、『スカーフェイス』は『NBK』のルーツみたいなもんだ。俺は昔からギャング映画が好きだった。一本作りたいと思っていたんだ。『スカーフェイス』も自分で監督したかったんだが。

−−ライル・メネンデスが殺人を犯したのは、『スカーフェイス』のせいだという人がいます。ライルは非常に上昇志向の強い人間だったし、『スカーフェイス』はのし上がるために人を殺すのを厭わない男の話です。『NBK』ではメディアが殺人を煽りたてると言っているわけですが、自分の映画でそういう影響を与えてるというのは?
 そう、映画は影響を与えることができる。否定的なかたちにもね。俺だって、大学に行ってたころ『勝手にしやがれ』を見て、大好きになったさ。ジャン=ポール・ベルモンドが警官を殺すのを見て、俺も殺したくなった。ベルモンドはクールだったからな。ミッキーとマロリーを真似てる連中もたくさんいる。頭を剃って、サングラスをしてだ。人を殺して、映画のせいだという。だけど実際には、そういう人間は映画以前にそっちへ進む素質を持っていたんだ。
 自分の中に価値観が何もない人間だったら、映画はそういう影響を与え得るかもしれない。映画は新しい認識を与えるものだと思う。だが、そのきっかけを与えるだけだ。大部分は自分でやらなきゃならない。自分自身の人生がなく、映画しか見てないんじゃダメだ。

−−引き金になるってことですか。
 もちろん引き金になり得る。だけどやっぱりその前段階があっての話だ。映画じゃなかったら……マクドナルドで食べたハンバーガーが不味いって銃を乱射するかもしれない。メネンデスには自分の生活が何もなかった。派手な服に派手な車……『スカーフェイス』と同じだよ。上っつらだけでなんの価値観もない。そういう精神状態があったからこそ、他人を殺せたんだ。

−−『NBK』ではMTV的な刹那的映像スタイルを取っていますよね。しかし、MTVこそメネンデス兄弟を作りあげた、上っつらだけのライフスタイルの代表じゃないでしょうか。
 これは誇りに思っている。なんたってMTVはせいぜいが二分、三分、五分までだ。あのスタイルでTV映画は作ってないだろう? 『NBK』をもう一度見てみたまえ。スピードを落とし、スピードを上げ、また落とす。非常に意識的にコントロールしてるんだ。これはスゴイことだぜ。このルック、このスピードで二時間通すのは。これまで誰も試みなかったことだ。
 そう、(そんなことはありえないと思っているが)たとえ映画が両親を殺すような怪物/ゾンビを作り上げたとしても、それでも俺は俺にしか責任を取らない。一九九〇年の姿を自分が見たまま提出しなきゃならない。観客がそういうかたちで反応する、それはそっちの責任だ。俺がそういう病んだ文化に責任があるって主張する批評家もいるが、そういう批判をするなら、映画がものを考えさせることも認めるべきだろう。そう、だから俺には責任があるし、責任はない。悪魔と呼びたければ呼びたまえ。こっちは構わないぜ(見栄を切る)。

−−ところで、この映画を見ていて思いだしたのがチャールズ・スタークウェザーの事件なんですが……
 ああ、彼らについての映画(『地獄の逃避行』)を見たよ。たしかにミッキーとマロリーはあの二人にいくらか似ている。だけどあっちは現実的で、こっちはもっとサタイアだ。ミッキーとマロリーは人を殺すけど逃げのびる。処刑されないで。今は1990年だ。なんだって許される。ロレーナ・ボビットは夫のペニスを切って大金を作った。しかも無罪だ。クールじゃないか。旦那もペニスを取り戻した。みんな金持ちになったんだ。メネンデス兄弟も無罪になった。O・Jも逃げるかもしれない。今は狂った、シニカルな時代なんだ。狂気とバカバカしさの……じきに日本にも来るぜ、この流れは。
 だから映画を作ったわけだ。誰かがこれについて言わなきゃならないからな。たぶん2035年くらいには『NBK』を見て「これが正確な90年代のドキュメントだ」と言ってくれる奴がいるだろう。『ウォール街』が出たときは、みんなボロクソに言いやがった。ストーンはこういう世界を楽しんでいる。あいつは楽しみすぎだ、とな。俺が文化そのものを見せていたから。『NBK』にも同じ批判がある。ピューリタニズムから来るんだよ、抑圧されてる。俺はこういうものを見せたって、別に罪悪感など感じないよ。暴力を理解するためには、まず見なきゃならないんだ。その濃密さを知らないとね。クソくらえだ。

−−あの……暴力を見せるのは楽しいですか?
 なあ、ミッキーとマロリーは楽しんで人を殺してるだろ。映画は彼らの視点から撮られてるんだから楽しく見える。それもトリップの一部なんだ。ヴァーチャル・リアリティだよ。『勝手にしやがれ』を見たときは、あんな風に生きたくなった。車を盗んで、法律を破って、ポリ公を殺して、ジーン・セバーグと寝てね。そのどこが悪い? ただのファンタジーじゃないか。ピューリタンの阿呆はそのことがわからない。『ウォール街』や『勝手にしやがれ』を見て道徳的にまちがってるとか言う。映画ってそういうもんじゃないか。幻想を解放してやるんだから。それと実際に警官を殺すこととは別なんだ。
 映画は深くアンビヴァレントなものだ。ある面では殺すのは楽しいというのもある。だが映画が進むにつれて、別の面も出てくるんだ。

−−最後にひとつ。ヴェトナムでは青銅章をもらったくらいだから、戦闘にも参加したでしょうけど、人は殺しました?
 ああ(ニヤリ、と笑う)。


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Garth Yanashita / ガース柳下 / PDE01513@niftyserve.or.jp