日記95年6月


6月6日(火)
 朝からヘラルド映画に出かけて『Smoke』(監督ウェイン・ワン 脚本ポール・オースター ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハート)を見る。脚本がオースターだというんで見に行ったけど、ちょっと饒舌すぎる感じ(小説家の脚本にありがち)。ドルビー・ステレオの使い方が印象的でした。日本公開は秋? おすぎの為に組まれた試写だったみたい。
7日(水)
 終日仕事。各誌編集者の方々は、当然自分の雑誌or単行本のことだと思われたい。まあ当たらずといえども遠からずってことで。
9日(金)
 またしても朝からヘラルド。『The City of Lost Children』(監督・脚本・音楽ジャン=ピエール・ジュネ&マルク・キャロ)『デリカテッセン』の二人組の新作(カンヌのオープニング作品)『デリカテッセン』もダメだったけど、これもやっぱりダメ。なんかやたらと長ったらしくて、説明過多なんだよなあ。良かったのはシャム双子と美少女。『ブラジル』シンドローム」にはもう飽きた。でも二人にインタビューするんです。たしか『デリカテッセン』のときもやった(笑)。
 終わった後『BRUTUS』の滝本誠氏と吉家女史と食事。エンディング・テーマしか聴いていない滝本氏はたいへん興奮している。だってバダラメンティの曲にマリアンヌ・フェイスフルの歌だもんなあ。いいに決まってるじゃん。
11日(日)
 昼間仕事をしていたが、突発的に思いついてセゾン美術館のバウハウス展に出かける。最終日。ムチャ混み。ドイツ人は色を使うのが嫌いなんだなあと深く感じいる。でもどうしてモダニズムのデザインってあんなにキュートになっちゃうんでしょうか? あとバウハウスの学生証はメチャ格好良かった。あれなら一枚欲しい(笑)。
12日(月)
 夜、渋谷パンテオンにて『バットマン・フォーエヴァー』。30分前に行ったのに、もういちばん左奥隅の席しか残ってない。ストーリーはなーんもなくて、ジム・キャリーがジム・キャリーを演じるだけの映画だった。誰だ、「ティム・バートンはストーリーに弱点がある」なんて言う奴は。『リターンズ』のストーリーはこの100万倍ちゃんとしてたぞ。でもぼくはドリュー・バリモアさえ出てれば後はどうでもいいのであった。

13日(火)
 テレビで『夕陽の七人・禿鷹のえさ』を見る。どんな作品かと思いきや、スコットランド人がバグパイプ吹きながら敵をぶち殺すという西部の実像を描く大作だった。スコットランド人と言えばケチだが、こいつらも当然どケチで、銃撃戦の前に「無駄撃ち禁止! 一撃必中!」と合い言葉をとなえるというくらい。しかしどんなに節約しても、もともと貧乏だから弾数に限りがある。弾切れでもはやこれまで、というところでマシンガンを持ったばあちゃんやキルトをはいたじいちゃんが駆けつけて、「マグレガー家の誇りここにあり」と言いながら敵をぶち殺してくれるのだった。

14日(水)
 風邪をひいて一日すぐれず。サッカー五輪代表の試合はこれに輪をかけてパッとせず。風邪がひどくなってしまった。
深夜テレビをつけると『レポマン』をやっている。マイ・フェイバリット・ムービー。ああ、わがシボレー・マリブはどこへ行ってしまったんだろう。アレックスもディック・ルードも、ぱっとしない日々が続いているなあ。しかし後ろ向きになってはいけない。ぼくも頑張って「濃いレポ暮らし」を取り戻すぞ!Life of Repoman is always INTENSE!
15日(木)
 『ぴあ』から原稿依頼があって、新宿で打ち合わせ。お題はウォン・カーウァイの『恋する惑星』。ぼくが原稿を書くと聞いて、配給元(プレノンアッシュ)の人は一瞬絶句したという。まあ、気持ちは分かる(笑)。
16日(金)
 岡田斗司夫の東大マルチメディアゼミのゲストに呼ばれていく。例によって連続殺人の話だ。どこがマルチメディアなのやら。終わったあと、唐沢俊一先生(『薬の研究』絶賛発売中!)とみんだ・なお氏らと飲む。×××の悪口で盛り上がる(自主規制)。
 その後『CAPE X』の創刊記念パーティに行く。大森望先生はすでにお帰りだったらしい。Tシャツもらって帰ると、道ばたに『宝島』の小嶋が転がっていた。
17日(土)
 仕事を横目に(とがめる良心をおさえつつ)『ハイペリオンの没落』(ダン・シモンズ)を読みふける。メチャメチャ面白い。でも、それだけ。ぼくがSFに求めているのは「面白さ」とは違うものだ。
18日(日)
 小岩図書館で妻の伴奏つきサイレント映画(『キートンの大学生』)を見る。帰りに、古本屋の店頭の100円棚からアラン・ガーナーの『ふくろう模様の皿』と『ヒューマン・ハーヴェスト』を救出する。後者はサクラメント老人ホーム大量虐殺ドキュメントで、前から探してた奴だ。家庭サービスをするといいことがあるなあ(笑)
19日(月)
 1:00ジュネ&キャロにインタビュー。「きみ、会ったことあるよね」と言われてびっくり。3年前に1時間インタビューしただけの記者の顔を覚えてるか、普通? よっぽど記憶に残る顔だったのか(笑)
 今日で『エヴァの匂い』が終わりだと言うことを思いだし、急ぎ銀座シャンゼリゼへ。ジャンヌ・モローはタカピーなおねーちゃん。今日もミツグ君をつかまえては「週末つきあってあげてんのに、こんなはした金で済ますつもり?」とかっていじめるのだった。ジャンヌ・モローはタバコが似合うなあ。
 その後丸の内ピカデリーで『アポロ13』。いやー燃えた。アポロも燃えたが客も燃えたって大盛り上がりだったんですけど、人と話してみると、結局おもしろがってたのは元科学少年だけみたい。でも元科学少年には絶対のお勧めなのだ。
20日
 ふと気がつくと衛星放送で『ターザンの逆襲』をやっとるではないか。わくわくしながら見るが、途中で見たかったのは『ターザンの復讐』の方だったと気づいた。ちぇっ。当然ながら、露出もたいしたことなし。
21日(水)
 やっぱ日本の殺人も勉強しなきゃ、と思って『津山三十人殺し』(筑波昭 草思社)を読む。タイトル通りの中身です。まあギネスものだもんねえ。データがすごくびっちり入ってる。『八ツ墓村』もう一度読みたくなった。
22日(木)
 『BRUTUS』からのしきりの催促を逃れて、日本橋に出かける。大森望、堺三保氏らと対談する。詳しくは大森日記を。「なんかあまりお便り来ないんだよね」と言ったら、「そりゃみんな怖がっているんだ」と言われてしまった。そーか、やっぱり恐いのか。別にかみつかないからメールちょうだい。
24日(土)
 ニューセレクトのネクロ叶井と『宝島』・小嶋の家まで、マックの世話をしに行く。Powermac7100/80だもんなあ。思わず「分不相応」の言葉が頭に浮かぶ。rim-netにサインアップしようとするが、どうしてもつながらず。敗北感に打ちひしがれて帰る。
26日(月)
 東宝東和に出かけて『恋人までのディスタンス』を見る。誰だ、こんなタイトルつけた奴は。誰も見なくなってしまうじゃないか。これは実は"Slacker"、『バッド・チューニング』(一昨年のトロントで見た)でおなじみテキサスのインディー作家リチャード・リンクレイターの第三作なのだ。前作では見事に『アメ・グラ』を換骨奪胎して見せたけど、今度のは90年代版『24時間の情事』。最近見た映画の中では、非常に良質な方。
 そのあと6時からヘラルドで『プリシラ』。元気になる映画だなあ。やっぱいいね、ゲイの人たちは。久しぶりにイラストライターの三留まゆみに会う。なんと飲み屋で飯田隆昭先生と一緒になって、「友達がバロウズの翻訳をやってる」と言ったら、「その柳下という奴は俺様の天敵だあギリギリ」と歯を剥いて怒られてしまったそうです。迷惑をおかけして、すまんこってすワハハ。
27日(火)
 長々とやってた翻訳"Force Majeure"がようやくゲラになり、質問点を著者にFAXする。と、いきなり電話が鳴る。「キイチロ?」「...Yes?」「This is Bruce Wagner」おいおいいきなり電話してくんじゃねえよ。そりゃ番号は書いたけどさ。焦りながら英語で質問事項を聞く。ふーっ。それにしても「そいつは意味のない言葉だから、適当にしといてくれ」なんて言わんでほしい。こっちは悩んでるんだからさあ。「俺が脚本を書いた『ワイルド・パームス』は売れたか?」「いやもうビデオバカ売れ、大ヒット!」とか適当なことを言って電話を切る。PSCの石熊氏から「うちのページも作ってくれ」とのメールが来ていたので、急遽PSCページ製作が決定。来週にはお目見えか?
28日(水)
 通販カタログを見ていそいそと板橋の本木書店まで出かける。『親愛なるマミー』(クリスティナ・クロフォード)、『ハーロー、その異常な性と愛』(アーヴィン・シュルマン)、『映画の夢、夢の批評』(トリュフォー)、『キネマ旬報別冊/残酷シナリオ集』これで7500円は丸儲け!(『魅せられてフリークス』を買いもらしたのは悔やまれるけど)トリュフォーの本だけでも4000円取るとこはあるぞ。それにしてもMommie Dearest(ジョーン・クロフォードの娘が書いた暴露本)の邦訳が出ていたとは知らなかった。まだまだ修行が足らんなあ。
29日(木)
 4時過ぎに家を出て、ABCで本を物色してから六本木で川勝正幸氏と落ち合う。『ASAYAN』の連載用資料の受け渡し。それにしてもいつもいつも忙しそうな人である。今はジュテーム・モア・ノン・プリュで忙しいとか。その後、6時からニッポン放送で『MEDIA FRONT』の創刊記念パーティ。もっぱら大森望と喋る。詳しくは大森日記を。(こればっか)。
30日(金)
 シャンゼリゼにてまたもアキム・コレクション。ミケランジェロ・アントニオーニの『太陽はひとりぼっち』。例によってアンニュイの国からアンニュイを広めに来たようなモニカ・ヴィッティが、愛の不毛をふりまくだけ。でも、それを核時代の不安に結びつけたあたりが新味だ(この辺、大江健三郎に似てる)。でもなんか、結局世の中には何をやっても不幸な人がいるだけのような気がする。学生時代はメチャメチャはまりこんだんだけどなあ。ぼくも「心の中の漠たる不安」をなだめる方法を覚えたってことかな。
Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / PDE01513@niftyserve.or.jp