日記95年7月下旬


7/18(火)
 妻の友人であるところのクレニオセイクラル・ワーカー福田延子さんを呼んで、頭蓋仙骨を直していただく。要は頭蓋骨の中で浮いてる脳味噌を正しい位置に戻すというセラピーらしいすが、とっても気持ちよくてすっかり堪能してしまいました。しかし、妙齢の美女に膝枕してもらうのが気持ち良かったのではないか、という説も否定できない(笑)。古沢さん向きのような気もするなあ。
 芥川賞が決まった。なんでも西武のコミュニティ・カレッジで働いていた人だとかで、知り合いだった妻がやたらと興奮している。しかしぼくにとっては(旧姓)山田弘美が候補だったというのに百倍衝撃であった。残念でしたね澤さんってこんなところに昔の話を書いていいのだろうか。一応自主規制。
7/19(水)
 送ってこない『BRUTUS』を立ち読みしていてびっくり。今週号の『ぴあ』の『恋する惑星』特集の中で、ぼくがリライトして載せたタランティーノVSウォン・カーウァイという原稿が、オリジナルのままで『BRUTUS』に載っているじゃないか。原稿自体は配給元(プレノンアッシュ)から出たものだけど、両編集部は承知の上なのだろうか。ちょっと奇怪な状態である。なんなら読み比べて、ぼくのリライトで面白くなったかどうかを見ていただくのもまた一興かも。
 4時、『世界』の倉持氏来る。赤の入ったゲラを渡され、来週までに再提出するように言われる。なんか添削されてるみたいで、Z会を思い出すなあ。いやまあ、勉強勉強。7時、『AERA』からエド・ウッドのことで取材される。頭がボケてるようで、取材が終わった直後に、言いたかったことを思い出す。つまり「エド・ウッドは才能もなく、テクもなかったけど、一人で映画の作り方を見つけだした」ってこと。これまで書いたどの原稿よりも、エド・ウッドの本質をとらえてる気がするけど、どうか?
 『TVbros』を読んでいて、例の原稿は『香港電影通信』にも載っていたということを知った。もはや笑うしかないね。
7/20(木)
 ユニ・ジャパンで『セクシリア』を見る。『神経衰弱ぎりぎり〜』のペドロ・アルモドバルの長編第2作。乱交とレイプと近親相姦の映画。それにしても3組も近親相姦する映画も珍しかろう。アルモドバルが昔やってたロック・バンドの超くだらない歌が聴ける のが最大の売り物かな。8月発売のかっちょいい映画同人誌『レフ』を編集中のシネマキャッツ・越川さんとお茶していたら、3時半からの試写に間に合わなくなってしまったので、予定変更して飯田橋で『セックス障害者たち』(バクシーシ山下)などを買って帰る。
 夜、フジテレビで『真昼の用心棒』をやっている。ルチオ・フルチ監督によるスプラッタ・マカロニ。しかしこの邪悪さはなんなんだ! よく西部劇で悪漢が、足下を狙って撃って「ほれ、踊ってみろ!」とかってやるのがあるが、それを善玉の側がやるんだもんな。ここまでサディスティックなヒーローも珍しいのではないか。
7/21(金)
 『Ronnie Rocket』のシナリオを読む。これはデヴィッド・リンチが20年くらい作ろうとしている幻のプロジェクト。その幻のシナリオだ! 中身はインダストリアル・パンク・エレクトリック・人造人間ラブストーリーで、「靴紐がほどけている!」が合い言葉。これだけではなんのことかはわかるまいが、全体を説明しても似たようなものなんで、あきらめていただきたい。だいたい、こんな貴重なネタを無料で教えるわけがないじゃないか(笑)。最大の収穫は、なぜ『ツイン・ピークス』でカイル・マクラクランがドーナツを食べるかわかったことかな。あれって『ロニー・ロケット』のパロディだったんだよ。
7/22(土)
 午後、目黒で妻と待ち合わせて庭園美術館のレオナルド・ダヴィンチ解剖図展を見る。デッサンはかっこ良かったけど、点数があまりに少ないな。その後店を覗きながらぶらぶら恵比寿方面に向けて歩いていると、いつのまにかガーデンプレイス前の添野・小江宅に来てしまったので窓から覗きこんで「おーえーさん、あーそーぼー」と呼び出す。一緒に何軒か古着屋をまわり、ワイズのジャケット他1点を買う。30,000円ちょっとかな。添野も帰ってきたので、小江さんの友達も加えて食事。PL法がいかにバカバカしいかという話を聞かされる。添野はwowowで製作中のSF映画の難問を解決したと言っていたが、話してみると全然解決してないようだった。いいのか? その後家に戻って、インターネット接続をする、はずだったがフランキーオンラインからNetscape1.1Nを落としたところで時間切れ。RIMへのサインアップはまたの機会ということで、きっと残りは金子誠氏かみつひろくんがやってくれることだろう(笑)
7/24(月)
 朝11時から『乙女の祈り』のピーター・ジャクソンに電話インタビューするため、眠い目をこすりながら松竹富士へ出かける。ところが! 着いたとたんに「向こうが時間を間違えていて午後6時になってしまった」と言われる。おいおいおいいい加減にしろよと思ったものの、敵がニュージーランドにいてはどうしようもない。しかたなしに家に帰り、昼寝してから出直す。しかも三人(川口敦子、佐藤睦雄と)で1時間だって。すでにやる気は最初の1/100くらいになっているぼくを誰が責められよう。それでもまずまずのインタビューにはなったかな。ジャクソンは『キングコング』とレイ・ハリーハウゼンが好きだとか。動きがカクカクしてないとダメな人らしい。いるよね、そういう奴。
 終わった後、『アニー・ベル』解放同盟の本田さんと松竹富士の鈴木さんと一緒に飲みに行く。70年代のソフトコア・ポルノと「原稿料不払いはやっぱり編集者の責任だよね」って話。でもどうしてみんなぼくの顔を見ると原稿料の話をするのだ。そんなにいつもいつも怒っているわけではないと思う、なあ××よ。
7/25(火)
 日記ランキングで上昇機運を見せているんだが、これはやはりレアねたを書いたから、と言うよりは他の日記からリンクを張られたからなんだろうなあ。ならば誰の日記か知らないけどリンクを張ってみよう。どういう意味があるのかわかんないけど(笑)
7/26(水)
 『サッカー狂時代』(キネマ旬報社)を読む。どいつもこいつも三部のチームのもの悲しいファン話ばかりで、阪神ファンの話を読んでるような気がしてきた。訳は最低なので、あまりお勧めできません。そう言えば、サッカーの日本代表が発表されたけど、オリンピック代表になんで中田(ベルマーレ)が入ってないんだ。あのメンバーでどういう中盤を組むつもりなのか。早いとこ西野を交代させてくれー。
7/27(木)〜7/28 (金)
 夏休みを取るため、泣きながら仕事を片づける。『TVBros.』『ASAYAN』『MEDIA FRONT』などレギュラーがほとんど。しかし予想外に時間をくってしまった。スランプだなあ。
7/29(土)(尾道編)
 朝8時に起き、朝御飯を食べて後かたづけをしているともう9時。急げーと妻の尻を叩いて丸の内線に飛び乗り、10:07東京発のひかり号に乗る。尾道着14:57。喫茶店コモン(『転校生』に出てきた)に荷物を置いて、さっそく市内探索へ。尾道はいい街だが、油断しているとたちまち大林宣彦流メルヘン磁場に囚われてしまうので注意が必要である。『時かけ』でおなじみタイル小径で極限にまで達した大林場の威力を思い知る。コモンで他のメンバーと合流し、屋台を覗き覗き吉田邸(『ふたり』で中嶋朋子が事故に遭う坂の前)で花火を見る。ロケーションは最高。尾道の夜景を一望できる高台の上から、ビール片手に花火見物である。いやもう、これが花火と言うもんだよ。隅田川なんぞで半日前から場所取りし、首を伸ばしながら肩をぶつけ合って見るなんてなあ花火じゃないです。
 10時、車で向島の大林家別荘(『麗猫伝説』で風吹ジュンが住んでいた)に移動。風がよく通って、とても真夏の瀬戸内とは思えない過ごしやすさ。
7/30(日)尾道編
 夏に別荘に来たらもう泳ぐしかあるまい。歩いて2分のところがもう海だったりする。水は澄んでいるし魚は泳いでいるし犬も水浴に来る。いやもう最高。昼前から2時間あまり泳ぎ、火ぶくれができるほど焼ける。真夏の瀬戸内をなめちゃいかんなあ。海に来ること自体、数年ぶりだから仕方ないやもしれぬ。
 3時前にバスとフェリー(『さびしんぼう』で富田靖子が乗ってた奴)を乗り継いで尾道市側に渡り、のんびり商店街をぶらつく。ついでに浄土寺(『東京物語』で原節子と笠智衆が行く寺)まで行き、蘊蓄を傾ける。一応この時代の寺に関しては詳しいのだ。なんせ建築史が専門だからな。
 夕食は尾道一うまいという寿司屋で。うーん、尾道一は伊達じゃないかもしれぬ。東京で食べればあの3倍は取られるだろうな。やっぱ市の偉人の御威光はたいしたものであるわい。別荘に戻って寝ようとするが、背中が痛くて寝付かれず。明け方、キツツキの鳴き声を聞く。
7/31(月)
 後ろ髪を引かれる思いで尾道を後にする。大名旅行はすべて大林監督のおかげだ。大林宣彦監督作品『あした』は9/23より全国東宝系劇場にて公開です! 山陽本線に乗り、倉敷で途中下車。散策しようということになるが、これが暑い! 日焼けした背中に陽光が殴りつけてくるかのようだ。自然陰から陰へと軒の下をつたって歩くことに。これではドラキュラか闇の中を生きる妖怪人間のようじゃ。ともかくも倉敷川ほとりの美観地域にまではたどりつく。カンコー地帯であまり面白くはないね。人力車とかもいるし。しかし月曜なので大原美術館はお休みだった。代官所あとに出来たホテルで昼食。しかし暑い。痛い。
 岡山から新幹線に乗るが、新神戸でふと降りる。長田に行くのだ! 新長田駅前をちょっと歩いたが、10分ほどですっかり気が滅入ってしまった。どこへ行っても壊れた家と崩れた家と焼けた家があるだけだ。廃虚のカタルシスなんてあるわけがない。三宮にまわり、また新幹線に乗って名古屋に着いたところで7月はおしまい。
Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / PDE01513@niftyserve.or.jp