ベルリン映画祭日記


2/16(火)
 成田を発ったのが月曜の夜で、パリで早朝乗り継ぎ、翌朝ベルリンに着くとなると一晩で着いたような気がするんだけどこれは時差のトリックという奴で実際には二十四時間近くかかっている。着くとベルリンは雨だ。ああ、雨か……と思っているとじきに雪に変わる。北の国やなあ。
 とりあえずホテルに荷物を放りこみ、プレスセンターでバッチをゲットする。途中、大久保賢一、『39』を持ってきた森田芳光様御一行、それに三留まゆみ&松島利行(もう××じゃない)などとすれちがう。三留は〈この映画がすごい!〉で、ぼくは〈映画秘宝〉での参戦である。カンヌに引きつづき〈映画秘宝〉でプレス・パスをゲット。ついにヨーロッパ三大映画祭のうち二つを制覇したことになる。〈秘宝〉も意外とやるな。

 カンヌでは鼻持ちならない貴族主義のおかげで辛酸を舐めた〈秘宝〉特派員であるが、ベルリンならまあ大丈夫だろう。どっちかと言えば〈秘宝〉側の場所だもんね。で、今日の目標はクローネンバーグの新作『イグジステンツ』。着いたその日の上映はかなりきついが、これさえ見てしまえば今回の旅行の目的は8割終わったようなものだ。
 つうわけで3時からZoo Palastで『イグジステンツeXisitenZ』。映画はもう大笑い。クローネンバーグ映画のセルフ・パロディみたいな作品だ(これ誉めてるんだよ)。これまでやりそうでいて寸止めみたいに食い止めていたディックねたがついにクローネンバーグ解禁、ゲロゲロSFXも全開。なんかあまりにクローネンバーグなんで、すべてが予想のうちすぎてちょっと物足りなかったくらいでもう満腹っす。ちなみに隣りに座っていたおばさんは“そういう”シーンのたびに顔を覆ってたんですが、いったい何しに来たんですか?

 夜は“ニュー・シネマ・フロム・ジャパン”(国際交流基金の肝煎りで設立された日本映画輸出団体)主催のパーティがあるんで、日本人に会いに出かける。『A』のプロデューサー安岡氏などと話し、BOXの山崎氏に連れられてさらにもう一軒……行ったが疲れて寝てたらあきれられて見捨てられちゃいました。


2/17(水)
 雪。

 すでに映画祭に来た目的は終わっているので、のんびり余生を過ごすことにして(クローネンバーグのインタビューはGAGAに断られましたのことよ。ま、特殊翻訳家の威光なんてその程度のもんだ)、オットー・プレミンジャーのレトロスペクティヴなど見る。ルビッチの『ウィンダミア夫人の扇』のリメイク『The Fan』とか見てると、まるで映画ファンみたいである。ちなみに妻の方はオーストリア製のヨーデル・ミュージカルとか見ていて、どっちが〈秘宝〉の人間だかわからん。
 ビートニクについてのドキュメンタリーをやっている。それだけだともう今さら過ぎるくらいに今さらなんで、一応趣向があって、ジョニー・デップ、ジョン・タートゥーロ、デニス・ホッパーがそれぞれケルアック、ギンズバーグ、バロウズに扮してそれぞれの作品を朗読するんだが、ビートニクへの憧れがモロに出ているデップがきまじめでつまらないのに対し、実際のバロウズのことなどまるで無頓着にいつものしゃべくりをかますホッパーがあまりに面白すぎる。ま、年期の差だな。予想通りアップリンクが来ているので、ちょっと話す。


2/18(木)
 11時からナチへの抵抗運動を扱ったドキュメンタリーを見る。教育テレビを見てるみたい。おまけでついていた短編のほうが面白かったな。そのままなんとなくマイク・フィッギスの『The Loss of Sexual Innocence』見る。要するに童貞喪失か。脈絡のないエピソードがだらだら続く、映画祭で映画疲れしている身にはいちばん堪えるタイプの映画である。ふーっと意識が遠のきかけた瞬間、突然バーンと銃声がして主人公の父親が自殺し、その次のカットで全裸の少女が池から上がってくる。いっぺんで目が覚めたんだけど、ひょっとして狙ってやってるのかな? あと、アルモドバルの映画によく出てくる変な顔の女優が盲人役で出てくるんだけど、その盲導犬にさかりのついた雄犬が挑みかかるもんでどっち行ったらいいのかわかんなくなるってエピソードだけは笑えた。放尿シーンとシロクロあり。

 5時からマーケットの試写でイアン・ケルコフの『シャボン玉エレジー』。以前から気になっていたケルコフなんだけど、見るのはこれが初めてだ。で、日本でプロデュースした作品なんだけどね……とりあえずチンコとマンコはいっぱい見られたからいいんだけど、結局AV(それも出来の悪い奴)だからなあ。どうするんだろ……って公開するのか。

 『アドレナリン・ドライヴ』(なんか賞をもらったらしい。おめでとう)を持って来ている矢口監督を囲んで食事。なんかベルリン在住の人(もちろん初対面)に「あのー、柳下さんって変な本訳されてる方ですか?」と言われて大笑い。なんでもその人の訳した本を昔誉めていたことがあるらしい。世界は狭いね。楽しい食事を早々に切りあげてジャック・スミス6本立てに出かけるが、頭も朦朧としていて中身もよくわからないんでまるで夢を見ているようでした。いや本当に見てたのかもしれないけれど。


2/19(金)
 お昼からコンペに出ているスティーブン・フリアーズの『Hi-Lo Country』。ウディ・ハレルソンが牧童でジャイアンツな西部劇。ウォロン・グリーン脚本なんでハードコア・ペキンパー・ファン向けだ。一瞬ハレルソン名優への道を歩いているのか!?とか思うんだがこれはもちろん幻想でニューメキシコの牧童なんて地でやってるに決まっている。映画はおもしろいんだが、唯一の疑問はフリアーズとスコセッシ(製作)があまりにこの世界から縁遠そうだってことだろう。

 3時に『ネクロマンティック』の監督ヨルグ・ブートゲレットと待ち合わせて、一応インタビュー。ブートゲレットは今回はジャーナリストとして参加だそうで、ベルリンの『ぴあ』みたいな雑誌でクローネンバーグのインタビューをしたとか。まあ似たようなことをやっております。
 こっちへ来てから知ったんだが、ブートゲレットはすっかりゴジラ問題の専門家になっていて、ゴジラの本まで出しているのだった。最初に見たゴジラ映画は?「んー『ガメラ対バルゴン』かな」ってゴジラじゃないじゃん(笑)。「いや、ドイツじゃあれもゴジラ・シリーズとして公開されたんだよ。バルゴンがトカゲ型だからゴジラだって」西欧人には東洋人の顔は区別がつかない、というのを象徴するかのようなエピソードでした。

 9時半からロバート・ロドリゲスの侵略SF『ファカルティー』。ケヴィン・ウィリアムソン脚本なんだけど、こいつ本当に才能ないね。もう『スクリーム』と全部おんなじ。学校がエイリアンに乗っ取られてくと、今度はSFオタクの少女が出てきて「ハインラインの『人形使い』だと……」とか言うわけなんだこれが。ま、SFオタクはそこら辺に琴線をくすぐられるといいんじゃないでしょうか。


2/20(土)
 そろそろ疲れが出てきてなかなか目が覚めなくなっている。とりあえず朝から日本在住の元国民党の将軍かなんかについてのドキュメンタリーを見る。でも、肝心の相手が「過去は過去として葬り去ってしまえばいい。本当の男は語らないものだ」とか言ってるんで、これじゃあ映画はできないよなあ。その後ちょっと準備をして、3時からロバート・ロドリゲスのインタビュー。つうかプレス・ジャンケット。可もなく不可もなし。

 しばらくすると『ネクロ』の主演男優でもあるダクタリ・ロレンツが迎えに来てくれたんで、一緒にクロイツベルクのヴィデオ・ショップ〈ヴィデオドローム〉へ行く。ここのオーナーがドイツきってのエクスプロイテーション系映画雑誌の編集発行人でもあるってんで、表敬訪問に出かけたのである(がすっぽかされてしまったのであった)。店員に「なんか新作でおもろいんはないか?」と聞いてみたがやはりオラフ・イッテンバッハの新しい奴くらいしかないらしい。〈ヴィデオドローム〉はなかなか品揃えの素晴らしいビデオ屋だったが、いちばん気になったのは『エヴァ・ブラウンのプライベート8ミリ』とだけ書いてある黒パッケージのもの。店員に聞いても「さあ……」というばかりでちっとも中身を教えてくれないのだった。

 ダクタリと飯を食いながら日本のエロ文化事情についてレクチャーをひとくさり。その後深夜からニナ・ハーゲンのドキュメンタリーを見る。いや、もう少し頭が冴えてるときに見ればだいぶ面白かったような気もするんだけど。とりあえずなぜアンジェリーンが出てきたのかだけは知りたかったなあ。


2/21(日)
 ホテルを引き払ってフリードリッヒシュトラッセの友人宅へ。もうベルリンも終わり。映画祭も撤収をはじめている。最後に特別上映のサイレント映画を見に出かけるが、これが思わぬ拾いものであった。一本は1917年の作品で、Uボートによる英国の海上封鎖作戦を追いかけたプロパガンダ映画。キャメラマンが潜水艦に同乗し、次々に貨物船を撃沈するところをおさえている。あまりに出来がいいので、英国側も(海上封鎖の非道を訴えるため)プロパガンダ映画として公開したという。乗組員が潜水艦の甲板から夕陽を見つめる、すばらしいショットあり。

 もう一本はなんとあのタイタニック号の処女航海のすべて、出航から悲運な沈没にいたるまでをおさめた幻のドキュメンタリー。タイタニックに乗っていたと主張する謎の老婆が参加して一昨年おこなわれた引き上げ作業で奇跡的に回収され、ついに修復なったものらしい。パニックに陥った船内、無能な船長、とってもかわゆい氷山とすべてが写しこまれたまさしく奇跡の映像なのである。衝突シーンの迫力は凄かったなあ。

 というわけで映画祭もおしまい。なお、関心ある人のために一応書いておくと、グランプリは『シン・レッド・ライン』。審査員特別賞が評論家内でたいそう評判の良かったデンマークのドグマ映画(ラース・フォン・トリアー一派)の『三船』。ちなみにクローネンバーグは「最優秀芸術貢献賞」なんだがこれはカンヌのときと一緒だ。なんなんだろうね。


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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com