メアリー・ベル Mary Bell
天使のように美しい少女が、悪魔のように邪悪な考えを抱いている……それはまちがいなく文学的な創作だ。子供は罪を知らない、無垢な存在だとみんなは思っている。だが、ちょっと待て、とホラー作家たちは言う。もし”罪”を知らなかったら、どんな罪だって平気で犯せるってことじゃないか。現に子供は残酷だ。猫に石をぶつけ、おもしろ半分にバッタの足をもぎとる。実際、罪の意識なしに猫を殺せるなら、人間だって殺せるはずじゃないか……
こういう発想にもとづいて、これまでも多くの恐怖小説が書かれ、映画になっている。『禁じられた遊び』、『悪い種子』、『白い家の少女』。レイ・ブラッドベリはその恐怖感を生理的に知っていた。『毒薬ごっこ』という忘れがたい傑作がある。あるいはSF作家R・A・ラファティの小説に登場する、善悪を超越した子供たち。スティーヴン・キングなら『トウモロコシ畑の子供たち』、ジョナサン・キャロルなら『月の骨』……実際、ほとんどの恐怖小説作家が、一度は手を染めるモチーフでもあるのだ。
だが、これが実際に起こったとしたらどうだろう。
子供の死体が発見されたのは、メアリー・フローラ・ベルが11歳になる前日だった。空き家に忍びこんで遊んでいた二人の少年が、二階に転がっていた死体(マーティン・ブラウン 4歳)を見つけたのだ。死体の横には薬瓶が転がっており、薬で遊んでいるうちに、まちがえて飲んだものとされた。
数日後、メアリー・ベルはブラウン家のドアをノックして、マーティンに会いたいと言った。応対に出た母親は驚いて、マーティンは死んだんだと告げた。「知ってるわ。お棺に入ってるとこを見たかったの」
二ヶ月後、同じスラム地区で三歳のブライアン・ハウが行方不明になった。捜索中、メアリー・ベルは妙なことを言いだした。ブライアンは空き地のコンクリート・ブロックの中で遊んでるかもしれないと言うのだ。調べてみると、はたしてそこに死体があった。手で首を絞められ、脚と腹に妙な切り傷があった。歪んだMの字らしい。強い力ではない、子供の仕業だ。
アリバイを調べられたメアリーが、犯人以外は知らないことを言ったのが決め手になった。メアリーは古典的な知能犯の特徴をすべて備えていた。優れた頭脳(彼女は裁判の細かい手続きを完璧に理解した)、犯行の誇示(学校新聞にブラウンの殺害現場そっくりの絵を投稿していた)、サディスティックな悪意(女警官に、将来は看護婦になりたいと言った。「人に針を突き刺せるから」)。メアリーは二件の殺人で有罪となったが、彼女を引き受ける精神病院が見つからなかったため、特別の学校に送られることになった。
1977年、20歳になったメアリーは刑務所から脱走、少年をひろって一夜を過ごした。三日後に逮捕されて、処女を失ったありさまを日曜紙に語ったときには、自分が正常で、一般社会で暮らせることを証明したかっただけだと主張している。彼女の願いは後に聞き届けられ、現在は結婚して子供もいる。『マリー・ベル事件』(ジッタ・セレニー 評論社)が事件に関するもっとも優れたドキュメントである。
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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 /
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