ワイドスクリーン・コミック宣言


 どういうわけか、日本ではおかしなもの、人を笑わせてくれるものが疎んじられる傾向があるようだ。しかつめらしい顔をして深刻に悩んでないと、マジメにやれ! と怒鳴られちゃったりたりする。嫌なこったい、と思ってるのはぼくだけではあるまい。
 だいたい、マジメな顔をしてたってものを必ずしもものを考えてるとは限らないし、冗談ばっかり言ってても、深い意味が隠されてる場合だってある。いや、むしろ、物事をおもしろおかしく考えられないような奴に、まともな思考ができるわけないのだ。SFだって同じこと。しかつめらしい本格SFもけっこうだが、それしか書けないんじゃなんとかのひとつ覚え。本当にすごいのはおかしくって、笑えて、泣けて、残酷で、なおかつ人生の真理を語ってしまっているような小説なのである。そう、それがワイドスクリーン・コミック(TM&c尾之上俊彦)だ。
 ワイドスクリーン・コミックとはなんなのか? それは”最高のSF”の代名詞ともいうべきワイドスクリーン・バロックの対立概念である。アルフレッド・ベスターやヴァン・ヴォクト、バリントン・ベイリーらを評して言うワイドスクリーン・バロックとは「つぎつぎにくりだされる(時に未整理なほどの)アイデアの奔流によって一種の”めまい”とも呼べる効果を導きだす」(安田均『キャッチワールド』解説より)もの。それならワイドスクリーン・コミックは、つぎつぎにくりだすギャグの奔流によって一種の”めまい”を呼びおこすものだと言えようか。あまりにくだらないダジャレに頭がクラクラし、想像を絶するギャグに腹の皮がよじれ、しかしその瞬間世界に隠された真実をかいま見る(ま、見まちがいってこともあるけどね)……それをわれわれはワイドスクリーン・コミックと呼ぶ。
 現在ワイドスクリーン・コミックに目される作家は、気ちがい科学者ルーディ・ラッカー、泣き虫カート・ヴォネガット・ジュニア、ほらふきアイリッシュR・A・ラファティ、”ヒッチハイカー”ダグラス・アダムズ……文学界に目を転じればルイス・キャロル、イヴリン・ウォーからデヴィッド・ロッジにいたる由緒正しい流れがある。いずれがアヤメかカキツバタ。名前を書くだけでもふるえがくるような強者ばかりだが、その流れにつらなる最高の作家が、ひとり未紹介のまま残っていたのだ。その作家こそ、あなたが今手にしているジョン・スラデックである。
 本書はスラデックのSF長編第六作にして最新作、そしてSF長編としては初紹介作にもなる。すでにこの本を読み終えてしまった人なら、くだくだしく書いてきた”ワイドスクリーン・コミック”の説明が、すべてこの本にあてはまっているのがわかるだろう。
 ストーリーだけならごく単純なもの。英国人の純文学作家が、ほんの偶然からアメリカでプログラマーとして雇われてしまって、そこからはじまるてんやわんやの大冒険。これだけならどうってことないのだが、そこに含まれているギャグまたギャグの量といったらどうだろう。パスカル(『パンセ』)とパスカル(コンピュータ言語)の取り違えなんてほんの序の口、NYはゴキブリの巣だし、ロボットはフランケンシュタイン・コンプレックスにとりつかれ、リンカーン顔の上司は会話がすべて言葉遊び……ストーリーにギャグが絡まるというより、もはやギャグが先にあってストーリーを進めている気さえしてくる。
 実際、そうなのである! かつてヴォネガットは「嘘の上にも有益な宗教は築ける」と言ったが、スラデックなら「だじゃれをもとにしても小説は書ける」と答えるだろう。処女作"Reproductive System"はDoll=Dollar(人形は金が命です)というだじゃれを証明するために書かれたようなもんだし、この本も同じ。ロボットの名前にまつわるダブレット(ルイス・キャロルが発明した言葉遊び)が、アイデアの大本になっているのだ。メインのギャグから小さなギャグが生まれ、ギャグ同士をつなぎあわせる形でストーリーが生まれ、そこへサブプロットならぬサブギャグが介入し、目も絢な冒険のタペストリーが編みあげられる。スラデックはだじゃれを芸術にまで高めてしまったのだ。
 スラデックはウィリアム・バロウズの熱烈なファンで、カットアップだって易々と使いこなすし(本書では第五章に登場する)、膨大な雑学の知識も持ちあわせている(たとえば有名な殺人者や無名な俳優について)。そこらの凡庸な作家なら、そこから立派な純文学芸術作品が生み出されてしまうだろう。しかし、スラデックはその膨大な知識と鋭い知性のすべてを、ただギャグを生みだすことに傾注する。すべてのものが笑い飛ばされる。SFにおける決まりごと[クリシェ]だってギャグの対象だ。有名なSF作家のテーマとスタイルを借りたパロディ・シリーズ(一部がSFマガジンなどに訳されている。バラード風の『昇華世界』は傑作!)もあるし、本作でも氾濫する異世界ファンタジーを痛烈に罵倒していて笑わせる。ロボットは、アシモフの〈ロボット工学の三原則〉をきれいに論破して見せるし。だが、スラデックは決してクリシェを否定しているわけではない。物語は大いなるクリシェを完成させるべく運んでいくのだ。SFのクリシェを否定し、だがその否定を通じて最終的にその形式を完成させる。これこそSFなるものを止揚[アウフヘーベン]し、いや真にポストモダンなSFだとさえ言えるのではないかと……
 いかんいかん。あんまり調子に乗ってると、「どうもピントがはずれてる」とか言われてしまいそう。ゲラゲラ笑いながら読むのが正しいスラデック鑑賞法なんだから。愛するスラデックだもんでつい力がはいってしまったが、なに、むずかしいことは後の話。まずはてんこ盛りのギャグを楽しんでもらえればそれでいい。ただ、最後に日本で本が出てからももう七年になる。かつてはSFマガジンで特集を組まれた(七九年六月号)スラデックも、すっかり忘れられた存在になってしまったようだ。SF文庫でははじめてでもあるし、ここらできちんと紹介しておくのが親切というものだろう。

 ジョン・スラデックは一九三七年十二月十五日アイオワ州生まれ。ミネアポリスのミネソタ大学で英文学と機械工学(どんな組み合わせだ)を学んだのち、一九六六年に親友トマス・ディッシュといっしょにアメリカを脱出、”倫敦のアメリカ人”となって作家活動に従事する。時あたかもマイクル・ムアコック率いる〈ニュー・ワールズ〉誌の全盛期、いそいそとそこに参加したスラデックは、一躍ニューウェーヴにおけるアメリカの希望と目されるようになる。ただし作風的にはまったく影響を受けず、〈ニュー・ワールズ〉の誌面では完全に浮きあがっていた。なんせ、あのバリントン・ベイリーさえもがNW風短編を書いてる中で、『古カスタードの秘密』とか『蒸気駆動の少年』とか書いてたんだからなあ。
 六八年にThe Reproductive Systemで長編デビュー。これは知性を持たない再生産システムを使って世界征服を狙うマッド・サイエンティストの野望と、それを打ち砕く美少女科学者の大活躍を描いたB級SF映画風コメディ。つづいて発表された第二長編ともども批評家からは絶賛されたが、商業的成功はおさめられなかった。
 生まれついてのパズル好きだったスラデックは、この頃からイカレた活動に手を伸ばす。まず、七四年に疑似科学やオカルトのたぐいをめった切りにした研究書を発表する。準備に二年半かけたという大作だが、これまた思ったほどは売れず。頭にきたのか、スラデックはペンネームを使ってオカルト本を書きはじめた。さまざまな断片から勝手なストーリーを作りあげるのがオカルト本の基本、これはスラデックの作風にも通じるものがあったのかもしれない。中身は「黄道宮には十三番目の星座があった!」とか「木星の影響で人類が破滅する!」とかそういうもの。この手の本にしては論理がしっかりしているので騙された奴が多く、けっこう売れてしまった。
 さらに素人探偵サッカレイ・フィンを主人公にする連作ミステリも発表。いまどき珍しい本格物として、その筋の評価もなかなか高いらしい。知的遊戯好きのスラデックにとっては、純粋なアクロバットなんだが……本来なら余技のはずのこういう活動で、本業のSF作家より高い評価を受けてしまうあたり、やっぱイカレてるとしか言いようがない。八三年には、P・K・ディックの『テレポートされざる者』(サンリオSF文庫刊)の原稿紛失部分を推理して埋めるなんて作業もやっている(これはその後紛失部分が発見されたので、今ならスラデックの推理がどの程度当たっていたかもわかる)。
 そんなこんなでほぼ十年間SFから遠ざかっていたスラデックだが、SFの呼び声たちがたく、八十年代にはいってからロボットもの長編でSF界に復帰する。絶賛を浴びた若きロボットの教養小説[ビルドゥングス・ロマン]、〈ロデリック〉シリーズに引き続き、八三年にはTik-Tokを発表。これはアシモフの〈ロボット工学の三原則〉が壊れた殺人ロボットがなぜか合衆国副大統領にまで登りつめてしまうというブラック・コメディ。そしてそのまた六年後に発表されたのが、本書である。
「ぼくはつねに、人間をまねたり、複製したりする機械に魅了されてきた。だからぼくのキャラクターはいつもロボットか、コンピュータか、サイボーグか、自己複製機械だ」とはスラデックの弁。この最新作でもそれに変わりはない。フレッドが作るロボットは、どこかが壊れているために、いつしか設計者の意図にそむき(?)、人間のまねをするようになってしまう。いやいや、なかなか哲学的な話でもあるのでは? 笑いあり、涙あり。パロディに言葉あそびにだじゃれに、そのすべてがたったひとつのジョークに結実する。これぞワイドスクリーン・コミックの真骨頂なのである。

 なお、翻訳底本には英国Macmillan社より出たハードカヴァー版を使用し、適時PalladinのPB版を参照した。原題Bugsは、コンピュータ・プログラムの”バグ”とフレッドの人生を破壊する昆虫[バグ]とをひっかけたものだが、うまい訳語が見つけられないまま、結局こんな邦題になってしまった。最後まで読んでもらえば邦題の意味もわかってもらえるはずだが、どうでしょう?

●ジョン・スラデック著作リスト

[SF作品]
1 The Reproductive System (1968) 米版Mechasm (1969)
2 The Muller-Fokker Effect (1970)
3 The Steam-Driven Boy and Other Strangers (1973)短編集
4 Keep the Giraffe Burning (1977)『スラデック言語遊戯短編集』(サンリオSF文庫)短編集
5 Roderick; or The Education of a Young Machine (1980)
6 The Best of John Sladek (1981)3及び4から編集した米国オリジナル短編集
7 Alien Accounts (1982)短編集
8 Roderick at Random; or, Further Education of a Young Machine(1983)5の続編
9 Tik-Tok(1983)
10 The Lunatics of Terra(1984)短編集
11 Love Among the Xoids(1984)短編
12 Bugs(1989)本書

[ミステリ作品]
1 Black Alice(1968)『黒いアリス』(角川文庫)トム・デミジョン名義 トマス・ディッシュと共作
2 Black Aura(1974)『黒い霊気』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
3 Invisible Green(1977)『見えないグリーン』(ハヤカワミステリ文庫)
4 The Book of Clues(1984)推理パズル集

[その他作品]
1 The House That Fear Built(1966)カサンドラ・ナイ名義 トマス・ディッシュと共作のゴシック・ロマン
2 The Castle and the Key(1967)カサンドラ・ナイ名義 ゴシック・ロマン
3 The New Apocrypha: Guide to Strange Science and Occult Beliefs(1973)疑似科学、オカルト、民間信仰などを扱ったノンフィクション
4 Arachne Rising(1974)ジェイムズ・ヴォー名義 オカルト本
5 The Cosmic Factor(1978)ジェイムズ・ヴォー名義 オカルト本
6 Judgement of Jupiter(1980)リチャード・A・ティルムズ名義 オカルト本
7 Red Noise(1982)短編
8 Using XyWrite ll(1987)コンピュータ・ソフトの解説書
9 Blood and Gingerbread(1990)童話


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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / PDE01513@niftyserve.or.jp