南海淡路ライン・最後の日
2007.1.31木曜取材

ついにこの日が来てしまいました・・
取材した当日をもってまた大阪湾の地図からフェリー航路が消えてしまいました 泣
1961年(昭和36年)、旧深日港と洲本港を結ぶ泉州と淡路を結ぶ最短の連絡航路でデビューした
「大阪湾フェリー」がデビューして46年の長い歴史があった航路・・
明石海峡大橋の開通から燃料高騰にETC割引、
レジャーの多様化など止む無く理由で姿を消してしまいました・・
長い歴史のある記念すべき「最終便」に名残を惜しみ、
再び取材に行って参りました。

やはり予想したとおり・・関西系のテレビ局からも取材に来てました。

待合室のポスターがさみしそう・・ 泣

風前の灯火のターミナルの売店・・涙を誘います。

1月8日をもってすでに廃業されたターミナルの食堂・・
釣り客たちにも親しまれてました。

主がいない食堂に主がいない調理場・・
これからいったいどうなるか・・

泉佐野港発残り2便になったため、
ターミナル内のパンフレットなどの撤去が始まりました。

泉佐野港発も津名港発も最終日は第8便をもってピリオド・・
この表も券売機も風前の灯火です 涙

徒歩客をりんくうタウン駅まで送迎する送迎車です。
このターミナルが完成した1998年(平成10年)当時は中型の路線バスでしたけど・・

乗船する第7便(16:00発)の「フェリーさざん」が入港してきました。
名残を惜しみ多数のアマチュアキャメラマンが殺到・・

ファンネル部をアップ。

南海淡路ラインのイメージキャラクター・「スナメリーズ」
スナメリの三弟姉でやんちゃな双子の男の子の「スーちゃん」と「メリーちゃん」、
面倒見のいいお姉ちゃんの「ミナミちゃん」です。

徒歩客連絡通路から・・こんな光景は見納めです。

乗船すると船内の自販機の撤去作業が・・
限られた時間に狭い通路・・激に苦しそう 汗

いつもは営業してた売店・・悲しいことにピリオドを迎え営業はすでに休止、
自販機もすべて撤去されてしまいました。

16:00・泉佐野港を出港。社長自らのお見送りもありました・・

おかげさまで記念すべき最終日、天候にも恵まれました!

南海淡路ラインから見る関空連絡橋の最後の光・・

手軽に行ける大阪湾のクルーズだったけど・・


これからは・・漁船をチャーターでもしないと関空連絡橋をくぐるスリルを味わえない・・

相棒の「フェリーせんしゅう」とスライド。せんしゅうが泉佐野港発のさよなら便です。

南海淡路ラインの最後の光・・それにふさわしく美しいサンセットでした!

淡路島津名港に接近・・
折り返しこの「フェリーさざん」が津名港発泉佐野港行きの記念すべき「さよなら便」です。

17:35 津名港に無事到着。46年の歴史の本当に最後の光景です・・

現場で働く人々たちのこれからは・・非常に気になります。


津名港17:55。車輌タラップが上がりました!本当にこんな光景は最後で涙のさよなら便・・
もう津名港にフェリーが発着することがないでしょう。
ついケータイのミュージックプレイヤーで聴く、
竹内まりやの「スロー・ラブ」のボリュームをMAXにしてしまいました!
激に感動でした!

別れの日にふさわしく美しいムーンライトとファンネル・・

記念すべきさよなら便は観光バスのツアー客も加わり、賑やかな船内でした。

・・・
涙を誘う・・

涙の最後のスライド・・お互い南海淡路ラインのさよなら便です・・
感動的な長い汽笛・・激に感動でした!

もうこんな角度から、関空は見れません・・

記念すべき南海淡路ラインがラストにくぐる関空連絡橋です・・

しばらくデジキャメのバッテリーがなくなり撮影困難でしたが・・
19:30・無事泉佐野港に到着。
46年の長い歴史で記念すべき私は一番最後の下船客になってしまいました!

この日立のエレも私が最後の利用客・・
平成10年竣工の比較的真新しい機種ですがが、明日から永遠の眠りについてしまいます。
(何らかの形で自治体パワーとかで航路が復活してくれればいいが、こんな現状では難しいでしょう・・)

主がいない待合室・・これからの動向は静かに見守っていきたいです。

フェリー船体はしばらくここで停泊する模様ですが、これからの動向は未定・・
ついに休航の看板が立てられました。

泉佐野港フェリーターミナルの最後の光・・
長年本当にご苦労様でした。そしてお疲れ様でした・・
どうか安らかに眠りについてください・・
いままでいろんな感動をありがとう!
おやすみなさい、南海淡路ライン