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![]() 2006年4月修復工事完了 |
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![]() 毎朝国旗掲揚から始まります |
| ・入村の基礎知識と心得(村の特性について・郷に入れば郷に従う) | |||||||
| サンパサック村 の特性 <2006年現在>
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・BAN SAN PASACK(サンパサック村)は104戸の世帯・人口400名余り、一家族が平均4名前後で 暮らしています。 ・70%前後の一世帯の月収は良いときで3000BT(一万円)前後です。季節労働(田植えや畑作)や日雇い的な 臨時の労働、牛飼いが主な仕事で、暇なときは山に筍や茸取りをして生計を維持しています。 一見のんびりした風景に思えますが、暇なときが多いので年収は極端に低くなります。 村に居住する限り、定職(年間契約、サラリーマン)と言った概念が薄いのは地場産業がないためと言えます。 当然、若者たちは継続的に働ける都会にあこがれ、運が良い人は海外へ出稼ぎに渡航します。 エイズ問題や海外での不法就労はこのような環境が一因になっています。 パヤオ県出身者の多くの婦女子が日本にも押し寄せた時期があります。 ※タイの行政区分の中でBANは一番小さな単位の集落を意味します(日本では小字に相当)。 サンパサック村はメナルア町のBANの一つの集落で、町外れの山脈の麓に位置します。 都市化する町の核家族的な生活と違い、まだ閉鎖的で村単位の古い習慣が根付く生活基盤が 日常の基本になっていて、山地民族や山岳少数民族の生活様式に似ている部分があります。 ※メイ果樹園では一人でも多くの村民が、年間を通して働ける舞台として果樹の公園化を計画しています。 世界から観光客が集って楽しめるフルーツパラダイス(果物楽園)作りに励んでいます。
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| 寺院参詣 | ・鎮守の森的な村営の寺です。といっても貧民が多く、修復する資金に乏しく近年まで荒れ放題でした。 過去には蒸発した僧侶、村民に追放されたお坊さんの話も残っていますが、村民にとっては寺小屋的な 教育の場であり、集会所や相談所もかねる重要な場所です。
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| 学童支援 | ・サンパサック村には読み書きのできない大人が多くいます。このため、子供や孫らが勉学するのを期待して いますが、一日20BT(60円程度)の昼食やおやつ代にも苦慮しています。
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| 貧困家庭 老人世帯 |
子供をエイズや薬害で亡くして途方にくれる老人や70%が貧困に喘ぐ家庭・・
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| 村長を表敬 OTOP運動 |
・素通りでは見えない貧困の実態。2006年7〜8月、一ヶ月近い時間をかけて貧困の実態調査をなされた、 福祉学の教授が「こんなにひどいとは想像していなかった」と絶句されたほどです。 その貧困の舞台裏には吹き溜まりがあります。あがいてなお悪あがきをする貧困者対策に村長は 必死です。 ・政府の掲げるOTOP運動(一村一産業)に血眼になり、方や貧困の悪循環を絶ちきるらねばなりません。 是非、村長を励ましてください。
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北部タイ パヤオ県 サンパサック村 パヤオ市街地 |
タイの国は 蒙古軍の襲撃を 避けたタイ族 (シャム族)の南下 から始まった? |
動機:私と サンパサック村 |
調査 貧困者の実態 2000年5月 |
赤紙 麻薬撲滅運動 |
エイズ感染 薬物風聞 こそ泥 |
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![]() 牛飼いの男 | ![]() | ![]() 生姜畑の女 |
| サンパサック村の概要 | |
| 位置 | タイ国北部パヤオ県(チェンライ県より分離) パヤオ市街地湖畔の対岸山脈の麓・メナルア町の山脈よりに位置します |
| 町村 | 地方行政区分 チャンワット(県)→アムプー(郡)およびキンアムプー(分郡)→タムボン(町)→ムーバーン(村) |
| 所在 表記 例 |
英語表示の一例では 68/2Moo 6 Ban San Pasack、T.Maenaruea 、A.Muang Phayao 、Thailand 日本語表示では タイ国パヤオ県メナルア町大字サンパサック村6-28-2 ※私は San Pasackを太陽のSun Pasackと表現したりしています。 |
| 交通 | 国道1号線に面したパヤオ市街地より チェンライへ100km チェンマイへ120km 最北端ゴールデントライアングルまで150km パヤオ市街地よりサンパサック村まで8km |
| 人口 | 世帯数約100戸(人口は400余名・死の病に伏した人たちは90年代にほとんど死去されました) |
| 経済 | 主産業は農業ですが貨幣流通時代となり離農者が増大。田は一毛作 果実(竜眼やタマリンド)の一大産地となっています。 |
| 生活 背景 |
1950年代:ジャングルの開拓開墾、山奥には野生象・虎・狼・大蛇が生息していた。村里に出没 1970年代:村まで虎や大蛇が出没。象1頭の肉が村中に配布されていたが、猛獣も減少。 1980年代:離農者が増え若者は都へ、海外(日本、台湾など)へ出稼ぎ。HIV感染が蔓延。 1990年代:麻薬密売人の横行。パヤオ県にエイズ患者が増大。孤児や老人世帯が問題化し始める。 2000年代:一見平穏無事に見えます。幼児や若者が減少した背景があります。 |
| メナルア町サンパサック村の選挙例 |
| 町 村 | 町長 | 選挙
| 町 村 民 |
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| 立候補 | ||||||||
| 村長 | 村長 | 村長 | ||||||
![]() サンパサック村の一般的な半高床式家屋です |
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| 村組織・参考・用語の解説 |
| 日本語 | タイ語 | 英語表記 | 備考 |
| タイ王国 | ラート・アーナーチャック・タイ(ムアンタイ) | The Kingdom of Thailand | ・Thailand |
| 県 | チャンワット | Province、Changwat, | 例:パヤオ県 |
| 郡 | アムプー | ・ | |
| 町 | タンボン | ・Tambon | ・ |
| 村 | ムーバーン | Muban(MooBan) | ムー(Mu、Moo:路、街区、字) バーン(ban:集落、村) |
| 県庁所在地 | アンプー・ムアン | ・ | 例:パヤオ県のパヤオ市 |
| ※ | ムアン | Muang, Mueang, City | 城壁に囲まれた都市と言う意味の古語 |
| ※ | 城 | ムアン、CHIEN(チェン) | 例:チェンマイ、チェンライ |
| 参考資料・タイ国労働最低賃金(2006年1月1日発効) | ||
| 最低賃金 日額(バーツ) | 地域・県 | |
| 184 | バンコク、ノンタブリー、ナコンパトム、パトゥンタニー、サムットプラカーン、サムットサーコン | |
| 181〜163 | (181)プーケット、(166)チョンブリー、(163)サラブリー | |
| 158〜155 | (158)ナコンラーチャシーマー、(155)チェンマイ、パンガー、アユタヤー、ラノーン、ラヨーン |
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| 153〜151 | (153)チャチュンサオ、(151)カーンチャナブリー、クラビー、ロッブリー | |
| 150〜148 | (150)チャンタブリー、ペッブリー、サムットソンクラーム(148)トラン、アーントーン | |
| 147 | プラチュワップキーリーカン、プラチーンブリー、サケーオ、シンブリー | |
| 145 | チュンポーン、トラート、ランプーン、スコータイ、スパンブリー、ウドンターニー | |
| 144 | カーラシン、コーンケーン、ナコンパノム、ナコンシータマラート、ナラーティワート、ブリーラム、 パッターニー、ヤラー、ルーイ、ソンクラー、サトゥーン、ノーンカーイ |
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| 143 | カンペーンペット、ターク、ナコンナーヨック、ナコンサワン、パッタルン、ピサヌローク、 ペッチャブーン、スラーターニー、ウッタラディット |
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| 142 | チャイナート、チャイヤプーム、チェンラーイ、マハーサーラカーム、ムクダーハーン、ヤソトーン、 ローイエット、シーサケット、サコンナコン、ノーンブアランプー、ウタイターニー |
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| 141 | ピチット、メーホーンソーン、スリン、ウボンラーチャターニー、アムナージャルーン | |
| 140 |
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| ※ | バーツを3倍すると概ね日本円に換算できます。(例:日当140バーツは420円) パヤオを含む3県の最低賃金が一番安い。貧乏県を意味します。 |
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| 国土 100% | 農用地 | 40% | 森林 | 30% |
| 国立公園 | 10% | 平地 | ? |
| 年月日 | 内 容<古老の記憶にない異常現象とメイ果樹園> | |
| 1990年頃 | 前兆 | この果樹園に隣接する小川に異常。雨季だけ流れ、乾季には干上がり始める |
| 1999年 | 旱魃 | 雨季に雨が降らず北部タイの竜眼大被害 |
| 2000年 | 雹 | 氷が空から落ちてきたと村人が騒ぐ |
| 2001年 | 洪水 | タイ北部に豪雨。我が果樹園も1m冠水しました |
| 2002年4月 | 灼熱 | 果樹園の中心に建立した6角堂で48度を記録。若葉が焼け爛れました |
| 2003年 4月19日 | 竜巻 | 2003年4月19日竜眼を中心とする果樹園を竜巻が2度にわたり襲い、 ボール大の雹が降りました。竜眼で老木数十本が倒壊しました |
| 2005年9月 | 洪水 | 激流がエミの果樹園を大きくえぐる(鉄砲水か) |