静かの海 ―あとがき
                                                             

 改めまして、こんにちは。今更のようですが、吉浦梛珂です。
 「マレ・トランキリタス」は95年の3月から4月にかけて、「静かの海」は95年9月に書いたものですNo.11より一足先に12が出ることになってしまいましたが、何を隠そう掟破りはこれだけではないのでした。
 まずストーリー。全く、同人でこんなにキツくて辛い話を書いて、私はそんなことでいいのか?(いいの・・・いいんです、もう)次いで、2冊組という構成。それも、こんなに厚さに差があると来たもんだ。ご、ごめんなさいすいませんです。でもこの外伝「静かの海」は、本編とはまた違った意味で、書かずにいられなくて書いてしまった小説なのです。
 元来、書き捨てを主とする私にしては本当に珍しいことなのですが、「マレ・トランキリタス」という作品には、どうしようもなく行く末が心配になってしまったキャラクターがいました。言うまでもなく、キサです。
 このキサという人物は、私にとっては一番重いキャラクターでした。一番難解で、一番真実を解き明かしてやりたくて、真情を暴いてやりたくて、そして、救いたかった。傲慢かも知れないけど。だけど、主人公であるぬーちゃん(←と、私はヌクテを呼んでいた)やルカを含めた誰よりも助けたくて、生きてて欲しくて、これからも生き続けて欲しくて、それでああいうラストになったんです・・・が。
 だが、ですよ。あれで一体、これからどーやって生きてけっつんじゃい!!という感は拭えなくて。自分の生傷も、死んでしまった人の人生まで背負って、なおかつ自分の生を生きていけなんて・・・キッツイですよ、やってく方は(笑…ってる場合じゃない)。だけど、それでも。「生き続ける」ってことが、今の私がようやく辿り着くことの出来た“答え”だったから。その場凌ぎや綺麗事じゃなく、本当にそう思ったから。だからこそ、それじゃアンタ頑張ってね、でキャラクターと物語とを放り出すことは、今回だけは出来なかった。「マレ・トランキリタス」という小説について、私なりの責任を果たそうと、殊勝にも思って書いたのがこの「静かの海」です。
 設定的には、「マレ」よりも何年か、そうですね、五年くらい後かな?くらいのつもりです。ヒートウェイヴの「オリオンへの道」という曲にとても助けられました。このバンドは、メジャーデビュー直前の頃に小さなホールで演ったのを私は見たことがあって、ファーストアルバムだけは買ったんですけど、その後はすっかり御無沙汰していました。
 それが5年経った今でもちゃんとバンドをやっていて、それもあの頃と全然変わっていない(いい意味でね)ことにびっくりしました。それから、変わっていないどころかもっとずっとおっきくなってることに気がついて、陳腐な言い方だけど感動してしまいました。心に直接語りかけてくるような歌い方も声も演奏も曲も。根っこのとこは全然変わってないのに、ずっとずっとおおらかに、でっかくなってて。自分の弱さも卑怯も、全部赦してくれてるような気がして泣きそうになりました。
 「マレ・トランキリタス」が破壊と再生をテーマとするなら、「静かの海」は赦しと癒しがテーマです。生き続けるために必要なことは何だろう? そう、山口さん(ヒートウェイヴのボーカル兼・作詩作曲家)の伸びやかな歌声に問いかけながら書いていました。
 でもご託はどうあれ、今はとにかくホッとしたというのが正直なところかな。今夜は月を見ながら、好きなお酒で祝杯です。「マレ」を書いている間、ずっとずっと励ましてくれた友人たちと、そして読んで下さった皆様がたの顔を想いながら、満月小唄と洒落込むとしましょう。
 どうか出来ることなら、また次の本でお逢いできますようにと月に祈りつつ。
 吉浦梛珂でした。

                                                    (1995.09.23)
 
【図書館扉へ】  【前頁へ】