「別子銅山」に栄華の昔を想像する
登山口には、登山者登録ノートがあり且つ一人では入山してはいけないと書いてある・・・全て違反・・熊に出会う危険を感じたが・・
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元禄4年(1691)〜明治32年まで208年間、標高1300m〜−1000mまで掘った。
4000名が住んでいた山は現在も、その痕跡を残していた。
上部まで片道2時間の登山となる。

銅山川にある「別子ダム」の傍に登山口があり、この案内板でガイドしている。
今回、「赤線」を引いた場所をこの図の下方に掲載します。

赤線付近をピックして下さい。別Windowに関連写真が出ます。

鉱山鉄道等については、その内追加してみます