患葉の形


本誌初出 / ©ならぢゆん 1994


シンガポール。空港の扉を開くと雨の匂いが私を迎えた。煙るような雨で鮮やかなはずの南国の花もぼんやりと色褪せて見えた。一九九七年九月七日、僕は気のすすまない仕事を抱えてサウジアラビアに向かっていた。この街に立ち寄ったのは飛行機の乗継ぎの為だ。ナイトサービスのカウンターで受取ったホテルのバウチャーを胸のポケットに納めながら、僕はタクシー乗り場に降り立った。

雨と共に僕を迎えたのは不機嫌そうな白シャツの男。年齢はよく判らないが、三十代半ばといったところだろうか。案内されるままにタクシーに乗り込む。旧式のクラウン。中国人とおぼしき運転手の愛想の良い笑顔に張り詰めていた警戒心がようやく少し緩んだ。

日本に行ったことがあると運転手は自慢気に語る。トウキョー、オオサカ、キョウト。姪っ子が日本語の勉強をしに行ってるんです。たどたどしく訛りのきつい英語も却って好感が持てた。

朝からふってるの? 特に興味があったわけでもないが何となく聞いてみた。ふったり止んだりですよ。運転手は答えた。もっとまとめてふってくれるいいんですけどねぇ。今年は雨が少なくて、お蔭で木の葉は落ちるし芝も枯れちまう。運転手の促がす方を見ると、公園の広い芝生のところどころがベージュに変色していた。

運転手の話は続いた。マレーシアのジャングル火災、知ってますでしょ。雨が降らないんでなかなか消えなくって。煙がこっちまで流れてくるでしょう。もう街中いぶされてるようなもんですよ。運転手は軽く肩をすくめてみせた。煙の匂いを嗅いでみようと僕は窓の回転ハンドルに手をかけたが、外の雨を思い出して回すのを止めた。

運転手のつたない英語をぼんやり聞き流しているうちに、車は大きな橋に差しかかった。橋の下には森が広がっているばかりで、なかなか川が見えない。ようやく森が途切れたかと思うと、今度は赤土の裸地が目に飛び込んできた。ブルドーザー、パワーシャベル、ダンプトラック。橋から見降ろすと、川に沿って森が切り拓かれていく様子が良く判る。

橋を渡り工業団地を抜けると車窓の景色が次第に街らしくなってきた。ほらセイユーですよ。運転手の言葉を待つ迄でもなく見慣れたロゴマークが目に入いった。今朝、日本を発ったばかりなのに妙に懐しい。ビールでも買って行こうかと思ったが、運転手は大きく首を振って、もったいないと応えた。ホテルの近くに安い店があるから、そこでタイガービールを買えばセイユーのアサヒの半額ですよ。ホテルの周りにはイセタンもあるしソゴーもありますけど、みんな高くてね。赤い二階建てのバスとすれ違う。そのボディには大きくSONYの文字がペイントされていた。

街には夕暮れが迫っていた。数え切れない程のネオンが一つ一つ灯っていく。これから始まる土曜の夜への期待に街中が胸を躍らせているようだ。人の集り始めた表通りを抜けて、車はホテルの正面に着いた。

不慣れな英語でチェックインを済ませ、ポーターと連れ立ってエレベーターに乗った。八階。部屋に入いるとポーターはすぐにテレビのスイッチを入れた。BBCがダイアナの葬儀の様子を放映している。エルトン・ジョンの追悼歌を聴きながら自宅に電話をかけると、妻も同じ曲を聴き同じ映像を見ていたという。あたりまえのことなのだろうが、妙に不思議な感じがした。ひとしきり他愛のない話をしてから、今度は出張先のサウジアラビアに電話。サウジは木曜が休みで土・日は平日なのだ。

明日は秘書が空港に向かえに行くからホテルのロビーで会おう。耳馴染みの駐在員の声が飛び込んできた。社長との夕食は予定通り八時。遅いけど、しょうがないな、それがサウジ流だから。まぁ、シャワーでも浴びて旅の疲れをとってくれよ。ただ夕食の前に打合せをしておかないといけないな。

彼は現地資本との合弁会社の副社長として一年前ジエッダに赴任した。以来、何かにつけて「サウジ流」に悩まされながら工場の建築と創業の準備に追われてきたが、設備の構成について現地側と意見が食違い、とうとう収集がつかなくなってしまった。今回の出張の目的はその調整役を務めることにあったが、上司からはある程度譲歩してでも円満解決をと指示される一方、技術陣からは一歩も譲るなと要請され、どう転んでも憎まれ役にならざるを得ない事態に追い込まれていた。

ホテルのレストランでタ食を取った。現地料理のバイキング。疲れていたせいか何を食べてもうまく感じなかったが、小豆を粥状に炊いたものだけは口に合った。そそくさと食事を終わらせ、航空会社から貰ったバウチャーで支払いを済ませた。ビールだけは追加料金を取られた。

出発前に駐在員からサングラスの用意を薦められたのを思い出し街に出た。工場の建築現場は殆ど砂漠みたいなとこだから、UVカットのやつをしてないと眼をやられるよ。UVカットじゃないのは瞳孔が開いて却って逆効果だから気をつけた方がいいぞ。

雨は既に上がっていた。五分も歩けば汗だくになる蒸し暑さ。それでも歩道には人波があふれていた。ショッピングセンターやバーの立並ぶ繁華街を行く楽しげな家族連れ。人目もはばからず抱き合う恋人たち。街角にたむろする若者の群れ。僕は人波をかきわけイセタンに向かった。

眼鏡に取りつけるフィットオーバーのサングラスとペーパーバックを一冊買い、再び通りに戻る。ビールは夕クシーの運転手に教えられた店で買った。明日から一週間は酒が飲めない。サウジはイスラムの戒律を固く守っており、飲酒が発覚すれば外国人でも国外退去の憂き目に会うのだ。

突然、日本語の嬌声が耳に飛び込んできた。三人連れの若い女たち。今更ながら、ここが東南アジア有数の観光地であることを思い出す。僕にはアジア人の顔はどれも同じように見えて、誰が観光客で誰が現地人だか良く判らない。それでも向こうには、僕が日本人旅行者であることは明白らしく、道端にしゃがんでいた禿頭の中年男から「おまんこを見ないか」と声をかけられた。僕は聞こえないふりをして、足早にホテルに向かった。


翌朝も早めに食亊を済ませ街に出た。缶ビールを片手に気ままな散歩だ。妙に騒々しい音のする方角へ向かうと、ユニフォーム姿の若者たちがフィールドホッケーの試合をしている。Fun And Fitness Festival。近づいてみると公園の入口に看板が掲げてあった。

公園の中には芝生が広がっていて、若者達のグループが思い思いのスポーツに興じている。バスケットボール、バレーボール、サッカーにゲートボール。見物客にルールや技を説明しながら、エグジビッションマッチの順番を待っているようだ。

遊歩道をたどり公園の奥に向かう。ソフトボール、テニス。舗装された広場ではスケートボードとローラーブレードのチームを見物客が取囲んでいた。公園をななめに横切り、北側の正面ゲートから歩道に降りる。広い通りは同じTシャツを着た群集に埋めつくされている。ちょうどこれからウォーキングに出発するところらしい。若者の多い公園の中と違って、こちらは老人から子供まで年齢の幅が広い。

出発の合図のドラムが打鳴らされると、一斉に歓声が上がり、紙吹雪が宙に舞った。異様な程の熱気だ。健康への情熱が却って健康ではないことの証左であるように僕には思えた。今しがた撒いたばかりの紙吹雪を拾いながら参加者達が歩き始める。その頭上には無数の旗飾りがぶら下がっている。Canon。ここにも日本企業の名があった。

歩道にあふれる見物客をかきわけホテルに向かう。帰り途はホテルのあるオーチヤード通りの反対側を歩いてみることにした。華やかなFour Seasons Gardenを通り過ぎると小さな林があった。椋鳥に似た黒い鳥が群れをなしている。小さな黄色いくちばしでさえずる様子を見ていると、心がほぐれてゆくように思えた。下草に寝転びたい衝動を抑え、ぬるくなったビールを飲み干した。

次の交差点で通りを渡りホテルに向かって戻る。通りのこちら側にも空地があって、より南国風の植物が繁っている。僕はふとシンガポールという地名を十五年戦争とつないでみた。

この土地で戦い
殺し
死んでいった者たち

そんな詩句が頭に浮かんだが、ひどく感傷的に思えて投げ捨てたくなった。オーチャード通りを縁どる合歓の木の並木。セキチクを思わせる寄生植物。色とりどりの南国の花。僕が書きたいのは、こうした事物とその鮮やかな印象だった。それら全てをすっかり晴れ渡った空に放り上げ、強烈な日差しと一つに混じるまでかき回す。ぐるぐると高速に。そんな夢想に身を委ねていると、向こうからきた黒いワンピースの女とぶつかりそうになった。微かな風に混じる女の髪の匂い。僕はめまいを感じながらホテルの玄関をくぐった。

部屋に戻るとすぐにシャワーを浴びた。汗とめまいを、夢想と女の髪の匂いを洗い流す。心持ちはさっぱりとしたものの、もっとめまいのうちに漂っていたい気もした。一本だけ残っていたビールを一息に飲み干し、急いで荷物をまとめ、チェックアウト。車寄せに並んでいたタクシーの一台に乗って空港に向かった。

今日はイベントの関係であちこち通行止めになっちまって、いつもより少し時間かかりますけど勘弁して下さい。昨日の運転手よりも更に訛りの強い英語。フライトは何時っすか。はぁ、それなら全然余裕ですよ。

改めて見回すと、繁華街から工業地域へ向かう通りには建築中の建物が目立つ。ホテル、ショッピングセンター、高層マンション。橋を渡り工業地区に入っても、物流センターや工場の建築サイトが続く。なるほど開発とはこういうことか。東京のように開発し尽された街に住んでいると、却って開発の風景は見えてこない。

一泊だけですか。それはもったいない。シンガポールはいいところですから、今度はゆっくり遊びに来て下さいよ。どこに行っても清潔できれいで安全で。それに、一週間あれば島中全部見て回れますよ。今日の運転手は観光客向けの宣伝文句を並べたてるばかりだ。うんざりではあるが、これもこの島の開発の形なのだ。

この土地で戦い
殺し
死んでいった者たち

彼らは大東亜共栄圏にどんな開発の形を夢見たのだろうか。

工業地域を抜け、三叉路を折れると、空港に向かう通りに出た。両脇には再び芝生が広がり、ところどころ薄茶色に変色している。切り拓かれた森の名残りか、後から植林されたものか、南国風に葉に光沢を帯びた樹木が数本づつ散在している。根元には茶色く黒く患葉が目立つ。今年は雨が少なくて、お蔭で木の葉は落ちるし芝も枯れちまう。昨日の運転手の言葉を思い出した。だが葉の落ちる理由はそれだけではないだろう。恐らく開発の続く限り木々は葉を落とし止まないのだ。

シンガポール。僕にはこの島が一枚の患葉であるように思えた。さしずめ僕らは患葉にたかる虫であり微生物である。だがいつか患葉は土に戻り、新しい植物がそこから芽生える。この島にもいずれ新しい花が咲くのだ。その開発の形をした花々が、ブーゲンビリアや着生ランよりも南国の島に似つかわしいものとなる日も、いつか訪れるのだろうか。

芝生を過ぎると道の両側に林が続く。お客さん、また来て下さいね。この島は本当に素晴らしい島ですから。僕は小さく頷いて、きっとくるよと答えた。新しい花を見にねと、胸の内につけ加えながら。





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