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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 小学校に入学したころ、音楽の時間が嫌で嫌でしょうがなかった。なぜならハーモニカが全くできず、一人ずつ吹かされるときは教室から逃げ出したかったほどだった。 初めてもらった通信簿の「音楽」はもちろん最低の成績。通信簿には、「夏休みにはハーモニカの練習をしましょう」と書いてあった覚えがある。
その夏休み、私の父は毎朝、ハーモニカで曲ではなく、「ドレミファ・・・」、つまり音階だけを一緒に練習してくれた。当時、父は中学校の数学の教師で、特別音楽の得意な人ではなかった。しかし、軍歌や童謡をハーモニカで上手に吹いていた思い出がある。 今考えると、父が音階の大切さを教えてくれた人といえる。
おかげで、夏休みが終わるころには、不思議なことに、ラジオやテレビで流れてくる音楽の音を拾って(音階に置き換えて)吹けるようになっていた。
しかし、その「楽器」には半音が付いておらず、すべてハ長調。いま思えば、メロディーが半音の所はその音のつもりで吹いていたのだろう。私の辞書にはファのシャープとか、シのフラットなどというものは無かったのである。
これで音楽の時間も怖くないと思ったら、次なる壁が待っていた。それは楽譜であった。例えばシャープやフラットの付いていないハ長調の曲ですら、五線の上でドは分かっても、ファが分からず、ドから数えてやっと読める程度だった。 耳で聴き取った音はハーモニカで吹けるのに、とにかく楽譜は面倒くさかった。
ところで、叔母が近所の子供にピアノを教えていた。 叔母は私にもピアノをやってみないかと誘ったが、そのお稽古の雰囲気が嫌で行かなかった。ピアノは私にとって楽器というよりは、「お稽古の道具」という感じがして嫌だったのである。
その時もし習っていたら、小学校で楽譜が読めずに苦労することもなかったと思う。そして小学校四年生の冬休みに運命の出会いが訪れる。
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