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スケッチ・時代

日常のなかで感じたり、考えたりしたことを書き留めておくページを設けました。
どんなささやかなことでも、自然の風のようにそっと届けたいと思っています。


 小さな小さな公園で 2005.11.5


 このところ、毎日のように十六歳の少女の、母親薬殺未遂事件が報道されていた。
 そんなある土曜の朝のこと、前の小さな公園の方から祭り太鼓のような音がしきりに聞こえていた。もう十一
月というのに陽射しは暖かく、爽やかな日だった。窓を開けると子どもたちがその音にあわせて踊っている。一
人の男の子が小太鼓のようなものを叩き、それにあわせて数人の子どもたちが踊る。まだよく踊りなれていな
いようで、なかなか揃わない。「もっとこう脚を上げるんだ」とひとりが言う。小学校高学年から中学一年生くらい
の仲間なのだろう。何かひょっとこ踊りのような今様の子どもには似つかわしくない踊りである。でも楽しいらし
く、遊んだりまた集まったりして、断続的にもう二、三十分は繰り返している。
 わたしはあわててカメラを二階へとりに行き、階段の小さな窓からシャッターを切った。どうしても撮って、発信
しなくてはと思った。 まだ子供たちは大丈夫なのだ。

 立科キリスト教会  2005.8.26


  八月中旬、信州の白樺高原に滞在していたとき、ふとしたことで娘家族とともに立科町の小さな
教会を訪れました。メモをたよりに行くのですが、なかなか見つかりません。何度も道を尋ねながら
ようやくたどり着きました。
 それはリンゴ畑の中にひっそりと建つ古い農家を利用したもので、前に十字架が立っていなけれ
 ば決してそれとわかりません。牧師さんは優しそうな黒人の方で家の周囲の草刈をしておられまし
た。わたしは教会の中には入らず農道の脇で待つことにしました。空は青くさわやかなのですが、
暑い陽差しが照りつけ、ハンカチで首をぬぐいながら立っていました。その牧師さんは作業の手を止
め、どこかへ消えると、いつのまにかわたしの方へ近づいてきて、冷たい飲料水の入った缶をくださ
いました。恐縮してしまいました。笑顔を絶やさない方でしたが、なぜかずっと無言でした。
 三十分くらいは経ったでしょうか。「なかなか帰してくれなくて」といいながら出てきた娘によると、
奥さんはきれいな日本の女性だったそうです。礼拝堂は和室で、畳の上を数人の子どもさんたちが
走り回っていて、娘はつい○千円の献金をしてきたとのことでした。
 ★八月の日記ですが、友人のアンコールに応えて再録しました


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