4月某日
前回受けたパトリオットの結果が来ていたが、結果は無残にも残酷にも「ご期待に添えない・・・」
となっていた。ただ、本音を言えばこの結果こそが「期待どうり」だったのだが、何はともあれ
これが始めての入社試験であり、初めての不合格である。パトリオットには良いイメージしかない。
仲間内では唯一受かった北田君が、パトリオットに入社してくれたら、北田君が家の近くに引っ
越してくれるかと期待していたが、北田君は別に受かった会社に入社するらしい。
4月24日
この日から3日間は1年が合宿なので、2年である私達は就職活動をしなければならない。
初日であるこの日は、新宿にあるNSビルで開催された「就職博」に行くことになった。
「就職博」では何人かのクラスメイトに会い、ドン・キホーテやソクハイ社のお話を聞くことができ、
職業適正チェックも受けた。職業適性では、6タイプになり、役人や事務系の仕事に適正がある
ような結果が出た。この結果は十分予想できた結果だが、私はこんなものでは私のタイプは
判らないとも思った。帰りがけに、近くの東京都庁の展望室に行った。東京の町並みがよく見えた。
西側の眼下には、山手通りが走り、また自転車で走りたいと思った。
4月25日
この日は朝から曇っていた。実はまた「就職博」に行きたかったのだが、運良く学校の近くのダイソー
で、会社説明会があることを知り、エントリーしたため、この日は船橋にいた。先に学校に行くと、
指導室には何人かの学生がおり、調べごとをしていた。私は守屋さんに、トッパン・フォームズ・オペ
レーション(以下トッパン)のエントリーをすべく、質問した。守屋さんは親切に教えていただき、
日頃北田君や加藤茂樹君に悪態つくような態度ではなかった。ここに2人がいたら面白かったんだ
ろうけど、2人がいなかったので普通の実習室で普通の守屋さんがそこにいるだけだった。
ダイソーでは地下2階で説明会が行われていた。地下2階なんて今までに来たことは無かったが、
どうやら企画室や倉庫、会議室があるようだった。説明会では、最初にビデオや社員の方の説明を
受け、その後、質疑応答という形で1次試験となった。この試験は独特な試験で、まず2つのグループを
作り、グループは円になり、円の一角の社員の方に質問をすると言うものだった。私はグループの中では
多く質問し、4〜5回の質問をした。最後に、この試験の結果は2週間以内に電話かメールで送る、
との事だったが、結局2週間経っても返事は来なかった。
4月26日
最終日のこの日は、ラオックスの見学に行った。ラオックスは毎日ナビで募集があり、学校でも同様の
張り紙があったので、受けてみることにした。思えば、この頃は販売ばかりを受けていたのだが、この日
から、販売に対する考え方が少し変わっていく事になる。ラオックスの本社は、神田須田町の秋葉原と
靖国通りとのちょうど中間で、神田川近くの裏通りにあった。説明会にはすでに何人もの「電波系」
「秋葉系」の人たちがいて、普通の会社説明会にくる人たちとは少し趣が違っていた。私はその時点で
圧倒され、すでに戦意喪失していた。その後、社員の方の説明を聞き、販売と言うものに対する
価値観を変えさせてしまう話を聞いた。その方は、「販売は基本的に日曜が書き入れ時であり、日曜が
一番忙しい」さらに「販売は夜型に少しシフトしている」という話も聞いた。そういえば藤田君は、
「販売は忙しいからやめな」と忠告してくれていた。確かにそのとうりだった。販売は大変だと
ある程度認識していた事はしていたが、本業者からずばっと聞かされるとは思わなかった。この話を
聞き、私は販売からの一部撤退を決意した。帰りは当然秋葉原で散策したが、電柱に変なチラシが
張ってあった。はがすと、イメクラの割引券とチラシだったが、秋葉原では風俗はつらいだろう、
と思ったが、この件についてはまた別のところで書くことにしようと思う。
4月30日
4月もみそかとなり、就職活動においてもかなり慌しくなってきた。この日はドン・キホーテだ。
ドン・キホーテは、「関東に拠点を置き、関東地区では飛ぶ鳥を落とす勢いであり、松本人志はじめ、
芸能人にもかなり人気のエンターテイメント型ディスカウントショップであるが、24時間営業の店
が多く、騒音がうるさいと周辺住民の間では結構いざこざが絶えない」というくらいの予備知識を
持っていたのだが、その考えが大きく変わることはなかった。結構その通りだった。ただ、その中で
大きな収穫として、柏に今度、ドン・キホーテの巨大版のPAWができるということだった。もし
ドン・キホーテで働くとしたら、おそらくはそのPAWで働くことになるのだろう。もしドン・キホーテ
で働くことがないにしても、その話は非常に魅力的な話に感じた。私は地元に対して、強い地元意識を
感じており、柏の更なる発展のためには、非常に大きな起爆剤となることは必死であろう。私は
その話だけで浮き足立ってしまい、その後の質問タイムでは少しばかりすれ違いが生じてしまった。
しかし、ワークシートで行われた1次試験はすべて埋めたので、手ごたえはあった。その甲斐あってか
先日(5月9日ごろ)、電話連絡があったらしく(私は不在だった)、もし1次試験合格の話だったら
2次試験に進むことができる!!
予告:5月こそ就職のピーク、ここで勝負の分かれ目か・・・そろそろクラスでも内定者が決まって
きている。だがあせりは禁物か、あせらず自分のペースで行こう。
次回、社輪
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