就職戦線異常あり!!日記2年次6月戦線
帰属


6月4日
 今日はトッパン・フォームズ・オペレーションの試験に行った。この会社はとても社名が長いので、 以下トッパン(TFO)と言う事にする。トッパンは、FJBでは一番内定数が多い会社で、昨年は1 3人以上が内定を取っていた。私もその追随を担おうと思い、この会社を受験した。当日は船橋から総 武線の快速で新橋へ、新橋から浜松町まで山手線で行ったが、東京駅に着いたとき、数名の外国人と小 さめのビデオカメラを持った、うだつのあがらなそうなメガネをかけた人と女性が一緒にいた。この怪 しい二人組はやはりテレビ関係者らしく、私の隣に座った女性(記者?)が日本テレビの手帳を持って いたのを私は見逃さなかった!____そんなことはどうでもいいとして、浜松町につき、世界貿易センタ ービル(日本の同ビルは崩壊していない)の中を抜け、近くの公園で弁当を食べ、いざTFOの本社に 乗り込んだ。トッパンは、浜松町のあるビルの8階にあり、エレベータに乗り込もうとしたところ、F JBの学生らしき先客がいた。ともあれ、TFOの本社に入り、会議室のような部屋に入った。
 ここからは試験の内容についてだが、大体は受検報告書に書いたので割愛するが、一般の人向けに いくつか紹介すると、まずこの会社は1次試験で最終までやってしまう。つまり1次で終わりである。 その分、内容盛り沢山で、適性、学科、作文、面接を一度にやってしまう。適性はFJBで行うプログ ラマ適性と同じものだった。学科は本来は30分だが、20分で終了した。内容は社会の常識、時事問 題、国語の漢字の読み書きと四字熟語、ことわざの穴埋めをするもの。作文は「私の長所と短所」と いうもので、30分で750字である。その後、面接に入るが、質問は「ビデオを見た感想」「寮に 入ることは可能か?」「色盲ではないか?」「国家資格を受検したかどうか?」「当社の業務を説明 してください」などのトッパンならではの質問が多かった。更に、「今までに何社受検しましたか?」 という質問には少しあせった。私と一緒に受検したFJBの他の学生は、今までに受検した会社数は0 〜2社という、明らかに就活をサボタージュしていた輩ばかりだったが、その中で、(皆様もお分かり でしょうが)私は既に5社の受検歴があった。そんな私にTFOの試験官の方は更に突っ込みを入れ、 「試験官:その中で残っている会社は?」「私:2社が最終です」「試験官:5社の中でどのような会 社を受験しましたか?」「私:(心の中でこれはまずい質問だと思いながら)コンピュータ系や、販売 、配送などを受検しました。」「試験官:(ぶっきらぼうに)じゃあ君は販売でもいいんだ」「私:( 戸惑いつつも)いえ、本心ではコンピュータ系が希望なのですが、色々な業種を受検した方がいいと思 い、様々な業種を受検しました。」と、こんなやり取りが交わされた。私は、以前JRの受検本でこの 手の質問について読んでいて、「様々な業種を受検するのはその業種に思い入れがない」「どんな会社 でも入れればいいんだ」と取られかねないとされていたので、この質問が出た瞬間に「まずいな」と思 った。ただ、それでも0〜2社しか受けていないのんきな"お子様"と、5社も受検した海千山千の私と どちらを採用したいだろうか?それはこの会社の結果が出たときにわかるだろうが、大学生だって20 社くらい受検しているんだし、その中で全て同じ業種なんて到底無理だろう。先日、ドンキを受検した 時に大学生の人に話を聞いたが、その人は銀行系から販売、飲食系まで幅広く受検していた。これは私 の持論だが、同じ業種しか受検しないよりも、様々な業種を受検した方がその分、業界研究を多くする ことになり、社会の仕組みや情勢を把握するのに大いに役立つのではと考える。実際、私は様々な業種 を受検し、その分、社会情勢を良く知ることとなり、大人の社会の何たるかをほんの少しだけわかった ような気がしている。やはり、より沢山の業種を受検した方が、その人の今後の社会への軟着陸のため には必要ということだろう。
また長くなってしまったが、とにかくこの会社を受験し、その結果は来週の中ごろに学校に直接来る らしい。それまでにTFOの方がこのページを見たら破談になるかもしれないが、そうならなかったら (TFOの方がこのページを見ることではなく、破談になることね)、指導室の黒板に私の名前が載るこ とになるので、そのときは合格の報告が出来ると思います。

6月5日
 今日はドンキの最終面接だった。ドンキは必ず最終には残されるようで、この日も沢山の人が・・・ というよりも今までで一番の人がいた。それよりも前、昼休みに私は就職指導室に行ったが、ここでス ーツを着込んだ私に宮杉先生と森屋さんは色々と聞いてきた。私がドンキの最終面接に行くことを告げ ると、二人はそろって「ドンキは大変だからやめときな」とまたマシンガンの如くまくし立てた。まる で両サイドから一斉射撃を受けるような気分だった。昼休みの終わりに、ドンキの本社に向かった。 いつもは西葛西まで行っていたのだが、この日は船橋から"葛西"に向かった。時間がかなりあったので、 たかが40円の為に一つ前の駅で降りて、歩いて本社に行ったのだった。本社では30分ほど待たされ、 その後面接が始まったが、まず自己PRを1分させ、それを元に更に突っ込んだ質問をさせるという パターンだった。しかし、私は何故かあまり質問されずに終わり、拍子抜けしてしまった。ただ、それ はもしかして、私はもう試験官の眼中になかったからなのだろうか。分からないが、それは結果が出て から分かるのだろう。まあ恐らくは駄目だったのだろう。それでもいいから早く結果を出してほしいと 思う。また、帰宅直前にソクハイから電話があったらしく、折り返し電話したら6月14日にきてくだ さいとのことだった。ソクハイが最終にいっていて良かった。

6月8日
 本来ならば今日は休日でこのページを書かない日なのだが、10時前にドン・キホーテ社から内定の 電話をいただき、急遽書いている。6月5日の最終面接ではあまり質問されなかったので、もう眼中に ないと思っていたので、正直驚いている。ただ、その分他社(トッパンとソクハイ)が合格したらどこ かを蹴らなければならないので、新たな仕事が増えたような気がする。なにはともあれ、内定企業が 決まったのはとても嬉しい。今月のタイトルもボツにならなくて良かった。あれは、内定企業がでてど こかに就職確定することを表しているので、内定が6月中になければタイトルが嘘になるところだった。 しかし、なぜ合格したのだろうか?もしかしたら、最終で西葛西ではなく、葛西から行ったのが縁起 が良かったのか?それとも求人が100人なので、みんな受かってしまうのだろうか?私のクソ大真面 目なところが良かったのだろうか?もう受かってしまったので、そんなことはどうでもいいが、宮杉 先生・森屋さん組に遭うのが今から怖い。あの二人からはどんなことを言われるのだろうか。

6月11日
 今日、トッパン・フォームズ・オペレーション株式会社から内定が入った。昼休みに就職指導室に 行ったら、宮杉先生、森屋さんがトッパンに受かったのが5人だというような話をしていた。誰が合格 しているか言っていなかったので、聞いてみたら、「校長室に書類があるからまだ分からないけど、 久保田君は受かってるよ。」とのこと。その後、合格の掲示が指導室の黒板に張ってある「内定者一覧」 の紙に書かれ、合格が決まった。結局、22人が受検し、5人が合格。システムコースは私一人だった らしい。何より合格して良かった。この会社はFJBの学生がよくお世話になっているようで、合格し たら辞退できないと聞いていたので、この会社が最終的に入社企業になる。これで帰属する会社が決ま った。

6月14日
 この日が私の就活最後の試験だった。最後はソクハイになった。ソクハイでは、10時にいつも通り に今度は間違えないで9階に行くことが出来たが、10時になっても担当の人がこなかった。その内に、 一緒にいた人が呼ばれ、私は一人で待たされた。5分ごろに担当の人が来て、13階で面接が始まった。 面接は、「私が部屋に入ったら、10秒ほどしたら入ってきてください」と前回と同じことを言われた。 10秒ほどしたらドアをたたき、入って、後は型通りの面接が始まった。だが、面接ではあまり質問 されず、4,5問の質問を受けるだけだった。試験はつまらなかったので、もう終りにするが、この日は あの日本対チュニジア戦の日だった。10時20分ほどで試験が終り、学校に戻ろうとして、始めての りんかい線に乗ろうと思った。りんかい線は確か平成13年に開通した新線であり、お台場の横も通り 過ぎるため、乗りたかった。駅に入ると、まるでエヴァンゲリオンに出てくるネルフの本部の様だった。 もしエヴァの実写版を撮ることになったら、この駅を使ってほしい。だが、券売器の前で値段を見たら、 新木場まで280円であった。新木場から船橋まで幾らか分らなかったので、高くつくと思い、戻って しまった。結局、いつも通りモノレールで帰り、新橋で総武線に乗り換えようと思ったら、なかなか総 武線のホームが見つからず、結局、新橋の駅で300メートルくらい余計に歩くハメになった。新橋 駅での総武線のホームは地下にあり、地下4,5階くらいもぐる。この総武線のホームは、人が殆ど いない無人状態で、ホームも暗い。どこからか水が流れていて、まるで洞窟に入った様だった。ホームは 間違えるし、来たらきたで、暗く、人もいないし、電車はなかなかこない。どうやらまた都市伝説(この 場合、都市伝説とはいわない)にやられてしまった。最後に、チュニジア戦は後半から家で見たが、な かなかの熱戦だったようだ。

6月28日
 今日は就職活動が一段落したので簡単に総括しようと思う。思えば、始まりは1月の終りだった。 この頃、茨城では高校生が付き合っていた彼女を殺していた頃だった。2月から4月まではパトリ オット一色だった。藤田君は受かる気満々だったが、私はやる気無しだった。不謹慎だったな・・・。 4月24日からの3日間は大変だった。なぜこの時までパトリオット以外は活動しなかったのだろう。 とにかくこの3日間では非常に大きな経験をした。有意義な3日間だった。5月はソクハイ、ドンキ、 JRなど3社受けて天王洲アイルや西葛西、池袋など新鮮な街に行け、楽しかった。6月は前半はか なり熱かった。後半は結果待ちの日々だった。結局、ドンキ、トッパン、ソクハイの順で内定が出た。 それぞれお礼状、詫び状、詫び電話を入れ、最終的にトッパンにオペレータとして入社がほぼ決まった。 今まで色々とご指導、またご迷惑をかけた関係各所の皆様にはこの場をお借りしてお礼いたします。 私の就活のお手伝いをしていただき、私自身の人生の大きな糧となりました。ありがとうございました。 このご恩を胸に受け止め、トッパンで一生懸命がんばります。今後もご指導、ご鞭撻のほどよろしく お願いいたします。

予告:今回をもって週活の第1ラウンドは終了しました。次は内定式や入社前研修が待っています( 恐らく)。なので今後は活動が限られてしまうため残りを一気にまとめた活動期とします。
次回事実上の最終回:軟着陸

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