アントン・ハイセル(事業)
アントニオ猪木が新日本プロレスを成功させた余剰金を利用して展開した事業。南米で新しい肥料を
作るというものだったが、現地での通貨危機や関係者とのトラブルなどで挫折し、かなりの借金を
背負い込んだといわれる。
アントン・リブ(飲食店)
アントニオ猪木が経営するレストラン。昔の新日本プロレス本社(六本木)のすぐ近くにあったらしい
が、20年近く昔の話なので今ではその名を知る人も少ない。よく選手や関係者が顔を出していたとい
う記述がプロレススーパースター列伝にでてくる。
アントニオ猪木批判(言葉)
猪木はしばしば独善的になり、周囲の人を困らせている。そこで困らせられた人がその時々で猪木批判
を繰り広げる。キラーコワルスキーは猪木のファイトスタイルをチキンだとののしった。ジャイアント
馬場は猪木の馬場に対するアプローチをことごとく黙殺し、暗に批判した。2002年には長州力が猪木
批判を繰り出し、大仁田厚もかねてより猪木に挑戦する形で猪木スタイルに対立構造を打ち出している。
アントニオ・ドライバー(技名)
猪木が東京プロレス時代に編み出した技。今でいうフロント・ネックチャンスリーで、首を決めた状態
で後ろに反り投げる。DDTにも似ているが、これを後ろに投げ飛ばす形。新日本プロレス旗揚げ後は
あまり使わなくなった。
アイアンクロー(技名)
フリッツ・フォン・エリックが開発した技。自分の手で相手の顔面を握り潰すという単純明快な技。
自分で自分に掛けると、一人アイアンクローが出来る。最近では中西学が得意技にしている。プロレス
らしい、隙だらけでパワフルな技である。
安生洋二(人名)1967年生
一時期、プロレス界最狂のヒールだった。厚ぼったい唇に胡散臭い風貌で、立っているだけでブーイ
ングを浴びてしまうオイシイキャラである。キックの技術が高く、日本で一番キックが上手いとの評
もある。UWFから、現在は全日本プロレスに参戦している。
アースクエイク・ジョン・テンタ(人名)1963年生
大相撲からプロレスに転進した。巨漢の選手。アースクエイカー・クエイク(大地震)という必殺技を
持つ。WCWやWWF(WWE)などに参戦したこともある。なかなかいいキャラなのだが、アメリカ
ではカリフォルニア以外では地震が少ないので、同地では興行の少ないプロレスではあまり受けない
ようだ。巨漢レスラーのなかではあまり目立たないため、ベイダーやバンバン・ビガロほどの知名度は
ない。
アーン・アンダーソン(人名)1958年生
アメリカの名レスラー、現在、WWEのリック・フレアーの片腕としてロウのレギュラーである。スパ
イン・バスターやDDT、ブロック・バスターなどの通好みの技を得意とする。まだ現役でも活躍できる
年齢だが、腰痛により引退している。WCWではフォー・フォースメンの一員だった。今アメリカでは
ほとんど見られなくなった大型技巧派レスラーである。
アブドーラ小林(人名)1976年生
大日本プロレスのトップの一人。昔ブッチャーが大日本に来ていた頃、ブッチャーの弟子として襲名
した。その後、仲たがいをしたが、今でも名前は変えていない。175cm、125キロと太めだが、
なかなか動きもよく、テクニシャンである。生真面目で騙され易いキャラであるが、風俗大好きで、後輩
の関本選手や沼澤選手をよく歌舞伎町に連れて行っているという噂がある。
アブドーラ・ザ・ブッチャー(人名)1936年生
呪術師と恐れられるレスラー。非常に長命で、60代後半になってもなお第一線で活躍している。新日本
や全日本などによく来日し、日本での人気はヒールでは一番高いだろう。実力も折り紙つきで、敵地
である日本のリングで何度もリーグ戦を制している。