あらすじ
1997年5月、神戸市のニュータウンで、日本を震撼させる犯罪事件が発生した。被害者の少年は首を切断され、切断された首は小学校の 校門に晒し首のような格好で置かれていた。犯人は少年の友人である中学生であった―――。「少年A事件」と言われた、日本の犯罪史上でも 類を見ない大事件を追い、少年Aの心理、近隣住民の証言、事件を客観的に捉える作者の、事件記録。
感想
この「少年A」は、私と同い年です。1997年当時同じ中学3年生で、私は衝撃を持ってこの事件を俯瞰しました。その当時は、少年はアダルト チルドレンのなれの果てだとか、ゲームのし過ぎで人間性を欠落させた怪物であるなどと報道、解説され、私は同じ少年がどうやって怪物 になっていったのか、腑に落ちない気持でいました。私自身、彼とかなり近しい存在であり、では私と彼との差異は一体なんなのか? 何故彼は猟奇殺人犯となり、私は善良な市民として2006年の現在でも生きているのか、それが疑問でした。
物語を読んで、少年Aは母親から強いストレスを感じており、反面愛情をあまり感じなかった。本来は最も自分に愛情を注いでくれるはずの 存在である母親が、少年Aにとっては最も怖ろしい存在であり、彼を守ってくれるのは祖母だけだったようです。そんな祖母も少年が小学生 の時に亡くなり、自分に愛情を注いでくれる人がいなくなった。実際は母親や父親はもちろん愛情をもっていたのですが、少年Aからしたら 恐怖の対象でしかなかったようです。まずその点が私とは大きく違うところでした。
私もおばあちゃん子で、おばあちゃん子は使えないというジンクスの通り、心は優しいのかもしれませんが、わがままで自分勝手で、自分では 何も出来ない問題児になってしまいました。彼は自分の存在を認め、自分を愛してくれ、自分をいたわってくれる存在がほしかったのに、 唯一自分をいたわってくれる祖母がいなくなり、自分自身の存在意義をも疑ってしまったようです。その点が私とは全く違うところで、 それが彼を怪物たらしめたのか、それが直接の原因ではないにしろ、どうやら大きなポイントではあったようです。
その後、彼は動物虐待を始めとして、自分よりも弱いものをことごとく虐めました。それは少年期を生きてきた全ての人が通過する、子供 時代の残酷さの現れですが、少年Aはその部分がより大きくなっていき、また是正してくれる人のいない中でそういった凶暴性、残酷性が より一層大きくなっていきました。動物を虐待していた時に精通が起こるというのも、それは偶然に過ぎなかったようですが、それがより 一層彼を「自分は異常だ」と思わせる原因にさせたようです。
彼の異常行動は、家族だけではなく、同級生や近隣住民にまで大きな影響を与えました。同級生をいじめ、ついには暴力事件を起し、また彼自身も 登校拒否となり、心理カウンセラーのもとにカウンセリングを受けに行ったりなど、事件以前から事件を起していたようです。そして、 カウンセリングを受けていたその最中、この事件を起してしまったようです。
事件は、突然起こったのではなく、それ以前に何十もの伏線が張られた状態で、起こるべくして起こった事件なのかもしれません。事件が 起こったとき、数多くの同級生は「やったのはあいつだ」と確信したようで、その情報は当然のことながら警察にも渡ったと思われます。 核家族が進み、隣人が何をしているのか分からなくなったような現代社会ですが、それでもまだまだ村社会的な側面は残っていて、何か 事件が起こると、やっぱり怪しい人間が犯人だったりする。そう考えると、日本もまだまだ捨てたものじゃないと言うか、まだまだ日本は 安心できるんじゃないかなと。犯罪の抑止力としての「近所付き合い」がしっかりと生きているということが実感されました。
少年Aも私も、今年24歳になります。彼がどうなったのかはよく知りませんが、もしかしたら実社会に出ているのかもしれません。 仮に実社会に出ていても、きちんと更生できていたら、もう問題は起こらないんじゃないかと思います。彼は人格形成の過程で重大な要素 が欠落していて、それがこの事件を起したというのであれば、例え少年期に来ていたとしても、その欠落した部分を補えば、ある程度は 回復していくんじゃないかと、そう信じて、周囲の人たちは彼を更生させていったに違いありません。
この事件は、単なる殺人事件ではなく、世の中を震撼させた事件だというだけではなく、私自身に深い影を落とした、特に重大な事件として 私の心の中に刻まれています。