

量産型試作車、
20-000013以前
Fバンパーとドアヒンジ
の位置に注目
51ウエスティ
シングルピックの
初期型。横の
プレスライン無し
TYPE21F ファイヤーバン
RHD
バーンドア ウオークスルー
23W
58以降セマフォー
シングルピックONLY
57/58 BINZ
〜58/12月迄
M199回転式Fシート
M130バーンドア15W
M57ウオークスルー
55以前バーンドア
VW社製クルーキャブ
58/12月〜販売開始。
一般販売モデル
1950年3月〜
20-00014〜
SO- 13
SO-13 60年代にヤマハ
レーシングチームで使用
されていた。ヨーロッパでの
写真だが、ヤナセミラーと
日本の車検ステッカーが
見えます、なのでヤナセ物
ディーラー車かと思われる
SO-6 保冷車
SO-29災害救難車
SO−10高所作業車
SO-11はしご車
SO-14 トレーラー
SO-21 幅広荷台
SO-24 箱付き
トレーラー
SO-9 高所作業車
SO-1 商品販売車
SO-16 Wキャブ
SO−15 ダンプベッド
SO-25 低床荷台
スロープ付き
M-163 スライドドア
&シールドビーム
(北米&日本仕様)
Mー161スライドドア
SO−30 救急車
SO−3 警察車両
SO-4警察車両
M546屋根ウインカー
M718レッドクロス
M222ハイルーフバン
M201大型木製荷台
M160回転灯、サイレン
その他、緊急車装備
M35追加サイドウインカー
友人ジェフ君の車
M56ステアリングロック
M55 屋根中央の
アンビュランスファン
M93 〜55、フロント用
アンビュランスファン
M130バーンドア15W
天窓&サンルーフ無し
M127後窓無し
M164フロントウインカー
旧式フロントサイド
ベントウインドー
バーンドア
リアゲート付き
SO−8高所作業車
M35パッド付きアオリ
M70 幌付き
M71両開きゲート
M208ヒッチ&コネクター
M194
旧エングレム、アルミ製
中央部が分割しています
〜51年3月
はしご車
M107 クラッシュバンパー。







出来るだけ細かく、月日まで分かるものは書きましたが、不明な点は季節、時期、年度で表記しています。
基本的にアメリカ及びヨーロッパ仕様について書きましたが各国仕様によってかなり違う部分もありますし、
ノックダウン生産された車やディーラー特注仕様などについては不明な点も多く、変更箇所を全ては
書ききれませんでした。エンジンについては、変更がビートルとほぼ同じなので、省略しました。
ビートルを参考にして下さい。皆さんの参考資料になれば幸いです。 BUS STOP 菅沼
49年3月, プロトタイプが完成。
49年11月12日 待望のTYPE2パネルバン量産型試作車第一号が完成、発表。 (形式名タイプ29、
タイプが2で49年の9から名付けられた)試作車はパネル及びコンビ(内装付き2トーン
カラーのコンビも2台)だがそれぞれの台数は不明。プロトも含めトータルで13台製造。
プロトタイプは放熱用ルーバーが立てに入っていたり、横向きだったり数種類あり。
ガソリンキャップがボデイの外にムキ出しだったが量産型試作車では改良された
50年1月 数台が売却されたらしい。(VW関連企業へ)
50年2月 生産モデルの製造開始
50年3月 ジュネーブモーターショウにおいて一般発表され、50年3月8日より生産モデルの
販売が開始される、放熱用ルーバーは横向き8本ルーバー、ガソリン注入口は
リアエンジンドアの中に改良された。最初期生産型はリアウインドーが無く(OP設定)
パネルバン(タイプ21)及びコンビ(タイプ23)のみであった。一般向けモデル第一号車
の車体番号、20−000014、タイプ21で販売先はPREFUMEと言う会社であった。
50年5月 スタンダードマイクロバス(タイプ22)発売開始
50年9月 タイプ21の荷室にルーバーが3本入れられた。
(タイプ23もOP設定。又タイプ21も、ルーバー無しがOPとなる)
リアのVWエンブレムが無しになる
50年11月 スペアタイヤがエンジン横からエンジン上に位置変更
51年春 消防車(ファイアーワーゲン、タイプ21F)販売開始
51年4月 リアウインドー付きが標準となる。(窓ナシはOP設定)
フロントエンブレムがアルミ製から鉄製に変更されデザインも少し変更された。
51年6月 デラックスマイクロバス(タイプ24)販売開始
51年12月 救急車発売開始(タイプ27、クランケンワーゲン) タイプ27救急車は
専用ボデイーを持ち、コンビ(タイプ23)からの流用ボディでは無い
当時からガソリンゲージ、サイドステップが標準装備され、リアエンジンドアは
タイプ26と共用の小型タイプでリアゲートが大型化された。(患者を後ろから乗せる為)
51年(月日不明) ウエストフェリアキャンパー販売開始、当時はタイプ22かタイプ23どちらでも
選ぶ事ができた。また「ウエストフェリア、キャンピングボックスKIT」と
言う名前でデイーラーで、キャンピングカーSETとしてKIT販売もされた。
特徴的なステイールオペレーテイングルーフ(小型横開きの屋根)もこの当時から
装備されていたが、オプションであり、この当時の標準ルーフの純正ウエステイと
後付けウエステイは判別は不可能である。
52年3月 リアの反射板が片側のみから両側に装備される。
52年6月 アウトサイドミラー及びステーの形状変更、
52年9月 シングルキャブピックアップ(タイプ26)販売開始,荷台のアオリはプレスラインが
無くストレートなのが最初期ピックアップの特徴。リアエンジンドアはタイプ27と共用の
小型タイプ。ガソリンキャップの小型化。エンジンは全てタイプ1と共用の1131CC,25PS
53年1月 三角窓の開き方とフロントサイドウインドーのラッチの変更。(旧タイプの三角窓は
回転式では無く、フラップ式)サイドブレーキレバーの長さ変更(約10cm長くなった)
ヒーターノブが回転式に変更
53年3月 右ハンドル登場、ウオークスルーがOPで登場。タイプ24の天窓が材質変更
(プラステイックからガラスに変更される、コーナーウインドーは55年3月までプラステイック)
リアバンパーが標準装備される(タイプ24のみ、他はOP設定)ステアリングシャフトの
スプラインがキータイプに変更。
セマフォーの形状変更、トランスミッションの2速〜4速がシンクロ付きに変更。
53年12月、 タイプ26以外は全車リアバンパーが標準装備になる。スピードメーターの表示方法変更。
(80km→100km又は50Mile→70Mile)エンジンが1192CC、30PS(36HP)となる。
ヒューズボックスが足元に移動。
54年10月9日、 10万台目のタイプ2がラインオフ(10万台目はパネルバンだった)
55年3月 フルモデルチェンジされる。約2000箇所にも及ぶ変更があったので、モデルチェンジと
言うより、ニューモデルになったと言える。ひさしが標準で付き(バーン時代にもOPで
ちょんまげの様なヒサシが付けられた車アリ,M-93参照)バーンドアが廃止(小型の
エンジンドアに変更 バーンドア時代のタイプ26及びタイプ27のエンジンドアと同寸法であるが、
取り付け方法、裏のプレス型や細部が、かなり異なる)され、リアゲートが標準装備になる。
(バーンドア時代にもリアゲートはOPで存在した)
55年5月、 北米仕様のセマフォーが廃止された。
55年夏、 ハノーバー工場が完成。、なおハノーバーとウォルフスブルグは製造が重なっている時期あり。
56年3月8日 ウォルフスブルグ工場での生産中止されると同時に車体番号の最初に付く
「20−」が無くなり、通し番号になる。
56年夏、 ミッションサポートがステイールパイプからプレスステイールへ変更。
57年前期シングルピックの木製荷台とワイド荷台(木製及び鉄製、ウエストフェリアが
製造を担当)がOPで登場。
57年10月 北米仕様のみセンターブレーキ廃止, リア左右のテールランプの大型化
58年2月 タイプ26のセマフォー位置が下方に変更、はしご車登場(タイプ26、OP)
58年5月、 センターブレーキライトが廃止、テール&ブレーキライトが共用&大型化される(北米仕様と共通)
58年春、 クルーキャブ(BINZ CREW CAB)販売開始(カロッツエリアBINZ製)
注* BINZ製クルーキャブの受注生産開始は53年から、VW社に認可され販売開始
されたのが58年から(それ以前のBINZ製クルーキャブはVW社非公認で改造車として
約15台前後が販売された)約550台製造され、リアサイドドアが大きく開くのが特徴、
公認初期型は逆開き大型リアサイドドアで57シングルピックを改造しているので、
車体番号は57年式であるが実際に販売開始したのが58年の為、58年式のデテイール
(センターブレーキライト無し、一回り大きい丸型テール)を持っている。
後期型は通常開き大型サイドドアで、販売されたのが58年後期からであった為
59年型のデテイールを持つが、車体番号は紛れもない58年式である。つまり、58年式の
59年仕様!に、なっているのがオリジナルである。これ以降のクルーキャブはリアシート
座面下から荷台下にも荷物を収納できた。(初期型BINZの逆開きドアタイプを除く)
58年8月、 バンパー形状変更、テールライト取り付け位置を下方に変更、エンジンドア形状の変更、
ライセンスランプの変更。観音ドアハンドル下にプレスが入る。
Mナンバー(オプションナンバー)プレートが右フロントシート後ろに全車に取り付けられた。
ポップアップサイドウインドーラッチがショートスプーンタイプからロングスプーンタイプに変更
59年中期 サンバイザーがパットタイプに変更(タイプ22と24のみ)
フロントベンチシートサポートの形状変更(1段階→3段階)フロントシート自体の形状変更、
トランスミッションがフルシンクロになる。エンジンが30PS→34PSへ変更され
クランクスタートが廃止される。アウトアウトサイドミラーアームのデザイン変更。
ダンプベッドが登場(タイプ26、OP)クランクスタート穴が廃止。
59年9月、 シフトレバーの位置変更、リアゲートに何故か三日月型のプレスが入る
スピードメーターの表示変更(70Mile→80Mile又は100Km→120Km)
サイドブレーキケーブル長さ変更。インナードアハンドル(フロント及び観音)形状変更
60年1月 エンジンが36HP→40HPに。新型マフラーの為にリアエプロンに逃げが付く。
60年5月 サイドブレーキケーブル長さ変更、ヒューズが6本→8本へ変更、セマフォーが廃止される、
(北米仕様は55年5月にすでに廃止)
61年1月 サファリウインドー(OP)のタブの形状変更、観音ドアヒンジの位置変更
フロントアウタードアハンドル及びドア側取り付け部の形状変更
61年8月、 フロントウインカー形状変更、(フラットタイプ,クリアレンズ北米仕様のみ)
その他の国向けはブレットのまま) サンバイザーが全車種パットタイプに変更。
リアブレーキ&テールランプ形状変更(全車種、オーバル形)
ガソリンメーターが全車標準装備に(タイプ27は以前から標準、他はOP)助手席側
クラブハンドルが標準装備に(タイプ22、24のみ。以前はOP)ポップアウトサイドウインドー
のラッチがロングスプーンタイプからショートタイプホワイトノブ付きに変更。
62年(前期) ハイルーフパネルバンが登場(OP)、フロントシフトロッドカプラーの接続方法変更。
シングルピックアップのスペアタイヤの位置が荷台床下に変更。
ドアモービルキャンパー登場。
62年8月 ベンチシートが2ピースになり、運転席がスライド調整可能になった。
62年10月2日 100万台目のタイプ2がラインオフ。(タイプ24マイクロバスデラックスのヨーロッパ仕様だった)
63年1月、 北米仕様のみ1500ccエンジンが登場しブレーキとフロントサスペンションが強化されるが
パワー負けしてリダクションのトラブルが多発する。(1500ccのみ)ウオークスルーシートが
カタログモデルとして登場(以前はあくまでOPであり、カタログモデルではなかった)
リアゲートの三日月型のプレスが廃止。シャーシーナンバープレートがエンジンルームから
室内ベンチレーションダクト右側へ移動する。前後フェンダーのカットが深くなる。
北米仕様のみハザートランプが標準装備された。
63年4月 エンジン放熱用ルーバーが内側向きになる。サイドスライデイングドアがOPとして登場、
(ただし52年のみスライデイングドアのパネルバンが特注で存在したが、すぐに中止された)
ヒーター風向きのコントロール方法の改良(ルーバータイプ)
63年8月 64モデル登場。リダクションギアが強化タイプに変更、ギア比も変更、リアゲート及び
リアウインドーが大型化される。フロント足回りとブレーキが全車変更される
(強化タイプ、63年1月以降の北米仕様と同型)全車1500ccが標準に(1200ccはOP設定に)
※12V電装がOPとして登場。 助手席クラブハンドル形状変更され、全車標準装備になる。
フロントウインカーが全車、オレンジ色で大型化される(以前の北米仕様と同型なお北米仕様も
クリア色からオレンジ色レンズに変更、イタリア仕様を除く)タイプ24及び25のコートフックが
アルミ製からプラステイックに変更される。ルームミラーが拡大される
64年1月、 フロントアウタードアハンドルがレバー式からプッシュ式へ変更、
ドアキャッチ、ストライカー等も変更。ホイルが14インチに。
フロントインナードアハンドルの取り付け方法変更(ピン→螺子)エンジンドアサポートの変更
(スプリング&ローラータイプへ) シングルピックアップのサイドカーゴドアのサポートも同様に変更。
タイプ27のリアゲートが大型化。ルームミラー拡大。ボデイの下地塗装に錆止めが混入された。
64年中期 Wキャブがカタログモデルになる。リアバンパーのみ形状変更。
64年9月、 65モデル登場、ワイパーはシングルスピードのままでリターンが付く、
ワイパーピポットが形状変更。ワイパーアーム形状変更。フロントバンパーがリアと
同タイプに形状変更。トーションビームにベアリングが装着される(以前はベークライトタイプの
ブッシュ)ウインドウオッッシャーが標準装備に。(以前はOP)
65年5月 エンジンドアロック機構が他のドアキーと共用のプシュボタンタイプとなる。
65前期 ウエストフエリアキャンパーのルーフにエレベータータイプが登場
65年9月、 66モデルが登場、ワイパーが2スピードに、ライトデイマースイッチがウインカーレバーに
組み込まれる。フロントスタビライザーが標準化(以前はOP、)、タイプ26ピックアップ全車の
リアウインドが拡大されサイドルーバーも形式変更。ソルト&ペッパータイプの内装になる。
65年10月 フロントドア内側に取手が付き、フロントインナードアハンドルが小型化。シフトレバー根元の
取り付け部の形状変更。
66年9月、 67モデル登場、12V電装が標準になり(以前はOP)ガソリンリッドが鍵ナシとなる、
タイプ24及び25のヒーターノブが黒になる(以前は白)ラジオ取り付け部のプレス変更、
スイッチノブ類が黒ゴムタイプへ、ルームミラーアームの形状変更、リアゲートロックの形状変更。
タイプ26(シングルピックのみ)のサイドゲートロック(荷物室)がエンジンキーと共用になる
(以前はチャーチキー)。ガソリンタンクの形状を変更。
66年10月 北米仕様のみマスターシリンダーがデュアルに変更。(67型の最初期型はシングル)
67年中期、 バックランプが標準装備(北米仕様のみ)となる(以前はOP、タイプ27のみ以前から標準)
67年9月 ニューモデル登場(レイトタイプ)
データー (時代により変化あり)
以下はタイプ2の67年度の形式番号、旧年式とは異なる部分もあります。
パネルバン タイプ21
211 左ハンドル右観音ドア
213 左ハンドル左観音ドア
214 右ハンドル左観音ドア
215 左ハンドル両観音ドア
216 右ハンドル両観音ドア
スタンダードマイクロバス タイプ22及び28
カラードビニールレザー又はモケット内装の11W2トーンカラー、
221 左ハンドル右観音ドア
223 左ハンドル左観音ドア
224 右ハンドル左観音ドア
225 左ハンドル右観音ドア、サンルーフ付き
226 右ハンドル左観音ドア、サンルーフ付き
281 左ハンドル右観音ドア、ウオークスルー
285 左ハンドル右観音ドア、ウオークスルー、サンルーフ付き
コンビ タイプ23 客貨両用の11W、ワントーンカラー
内装は簡素なグレー厚紙ドアパネル、グレービニールシート
231 左ハンドル右観音ドア
233 左ハンドル左観音ドア
234 右ハンドル左観音ドア
235 左ハンドル右観音ドア、サンルーフ付き
237 左ハンドル左観音ドア サンルーフ付き
238 右ハンドル左観音ドア、サンルーフ付き
デラックスマイクロバス タイプ24及び25
241 左ハンドル右観音ドア
242 右ハンドル左観音ドア
251 左ハンドル右観音ドア、ウオークスルー
ピックアップ タイプ26
261 左ハンドル右サイドゲート(シングルキャブ)
263 左ハンドル左サイドゲート(シングルキャブ)
264 右ハンドル左サイドゲート(シングルキャブ)
265 左ハンドル右カーゴドア(クルーキャブ)
267 左ハンドル左カーゴドア(クルーキャブ)
268 右ハンドル左カーゴドア(クルーキャブ)
アンビュランス(救急車)タイプ27
271 左ハンドル右観音ドア
273 左ハンドル左観音ドア
274 右ハンドル左観音ドア
モデルコードの略。オプション装備。あくまでも、標準的なオプションのモデルコードであり、他のOPとも、組み合わされた車も
あり。Mコード自体が何時から採用になったかは不明な物が多い。Mコード以外にもSOナンバーと呼ばれる特注車
(有名なのはウェストフェリアキャンパー、SO42)が、あり、はしご車(クルーキャブのはしご車も存在した!)やダンプベッド、
無線車、救急車のハイルーフやデラックスバスのハイルーフ!!なども…。また、年代によりMナンバーからSOナンバーに
移行したものや、逆にSOナンバーからMナンバーに移行したものも有る。数字に関しても消去された後に新たに同じ数字で
再登録された物もある。あくまでも参考程度です。 (^^;;; 59モデル以降はフロントシート右の裏側ボディパネルにシャーシー
ナンバーとMコード、塗装コード 内装コード 出荷地などを打刻した仕様プレートが付いています。その
M54フルダッシュボード
(タイプ24は標準)
M151ガソリンヒーター
M211用ミドルシート
M415特装車。資料なしですが
この車はM415ナンバーが
付いています。
M515 ハイルーフ(パネルバン以外。)
写真はアンビュランスですが他タイプもあり
49プロトタイプ
49プロトタイプ
フォルクスワーゲン
ミュージアム所蔵
現存最古のTYPE2
車体番号20-00010
ただし各パーツが
オリジナル年式に
合致していない部分
数箇所あり。
リアエンブレム
〜50年9月迄
〜52年9月以前
100mmキャップ
52年9月〜53年3月
60mmキャップ
53年3月〜55年3月
80mmキャップ
51年4月以前マイクロバス、リアトランク付き
53年1月
サイドブレーキ
レバー長、変更
1983年春、創始者ジェフ ウォルター氏、友人数人と
カリフォルニア州オレンジカウンティーで創立。
その後、全米に広がり、最盛期には会員数2500人を数えたが、
色々なトラブルがあり、今は????
皆さんがよく言う「バーン ドア」 「BARN DOOR」は
このジェフ ウォルター氏が「納屋→BARN」」のDOOR
みたいだ、と言う発言からSOTOクラブ内で55年3月
以前のひさしの無いTYPE2をバーンドアと呼ぶ様になりました
(厳密にはピックとアンビュランスはバーンドアではないが)
そして、そのコトバが世界中に知れ渡りました。その後、会員数の
増加による派閥の発生、自身の21Wバスの盗難などに嫌気がさし
ジェフ ウォルター氏はコレクションを全て売却。VWを降り、その後
数人が会長に変わりました。筆者は86年よりSOTOに参加して
いましたが、90年頃より、新会長の方針などに???な感じを受け
94年に脱会しました。その後の衰退は皆さんご存知かと思います。
なお、現在ジェフ ウォルター氏はVWを降りてしまっていますが
今もカリフォルニアのラブナニゲル在住でアンティークの
コカコーラーグッズ コレクターとして活躍しています。
私と同じ様な矛盾を感じていた有力クラブ員、数人が集団でSOTOを
脱退し、1999年6月、OCTOを創設。その時SOTOの有名人や
古株コレクターの殆んどがOCTOに参加。
SOTOが縮小してしまうのに反しOCTOはアッと言う間に大きな
ワーゲンバスクラブになりました。
1984年に手に入れた57コンビのレストアやパーツ入手の為
1986年にSOTOに入会し、89年に初カリフォルニア上陸(笑)
SOTOメンバーとも親交を深め。1991年にバスストップ開業、
色々な方や友人(日米)に助けられ現在に至ってます。
そんな経緯ですが、ジェフ ウォルター氏に譲って頂いた
SOTOのファーストアニバーサリーミート(第一回!!1983年)
の、創立記念T-シャツは、今も私の宝物に変わりはありません。
