性善説と性悪説

Pousse Cafe 11

紀元前200年、秦が滅んで、項羽と劉邦がでました。

武勇の人、項羽。義勇の人、劉邦。

名門貴族出の剛直の項羽。農民出の柔迂の劉邦。

最後に劉邦が勝って漢の時代がはじまります。

項羽には軍師范増、劉邦には義将帳良と壮士ハンカイがいました。

その漢(前漢200年と後漢200年)が滅んて、約半世紀の間、魏呉蜀の三国志の時代になり、魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備が覇権を争いました。

権謀の人曹操には戦略家荀イクと名参謀司馬仲達とがつき、情義の人劉備には、義将関羽と豪将帳飛、軍師諸葛孔明がつきました。

ビジネス界やスポーツ界のリーダーは、これら史記の人物に比較される傾向がある様です。

剛直で、柔迂で、権謀で、情義で、人材を集め、人材を活かして、道を開き、戦いに勝つ。

人には器量があります。だれでもリーダーにはなれません。

曹操は「非常の人」と記されています。平世では姦雄、乱世では英雄になるだろうと表現されています。

裸一貫からたたき上げ、陣頭指揮型で機に敏感に対応するタイプのリーダーでした。

優秀な荀イクの戦略も事毎に当たりました。

後に荀イクを退け、司馬仲達を迎えていますが、曹操は自分と同じ権謀タイプを当初猜疑の目で見ていました。

劉備は「弘毅寛厚」の人と記されています。

同じ様に裸一貫から出発しましたが、戦争が下手で、浮き沈みの激しい人生でした。

「人を知り、士を待つ」と表された様に、部下を信頼し、部下に慕われる魅力を持っていました。

紀元前300年頃、儒家、孟子と荀子がでました。

孟子は性善説を唱えました。

「人間の本性を善であることを主張。悪行為は物欲の心がこの性をおおうことから生ずる。」

荀子は性悪説を唱えました。

「利己的心情を人間の本性とする」

孟子は「礼の復活」を説き、荀子は「法治主義」を説きました。

自分がリーダーとして、組織を引っ張るとしたら集まった部下に全幅の信頼を寄せて任せるか、ルールを敷いて違反者にペナルティーを科すか。

子どもを育てるのに、規律を守らせるか、自育を信じて自由にやらせるか。


アメリカは自由の国で、太刀打ちできない程、個性ある人達が生まれています。また発達した法治国家でもあります。

一歩間違うと、相手の自由や権利を犯す事になり、罰せられます。

事実の追求より、裁判での勝利がルール上の正義です。

法の上ではみな平等ですが、法が全てではありません。

性悪説を基にした法治主義。

礼儀、仁義等、儒教の影響を残す東洋思想。

日本料理とフランス料理、項羽と劉邦、曹操と劉備、西洋思想と東洋思想。

色分けはできませんが興味深い傾向は存在します。

余談ですが、韓国料理もフランス料理の様に骨の髄まで味を引き出すと何かに書いてありました。

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