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1997春
新宿新都心で新聞配達を始める。
第一期は通算4年間に及んだ。
会社で借り上げていたアパートに住まうが
たらい回し的に毎年引っ越しすることになった。
入社当時は、TVドラマ『踊る大捜査線』にはまっていた。
1997冬
暮れのボーナスでPCを買った。
日立製の液晶デスクトップだった。
Windowsパソコンを買うのは初めて。
大学時代にはシャープから出ていたX68000という機種を持っていたことがあるが
ほとんどゲーム機としての利用だった。
インターネット端末としては
前年にセガのゲーム機を使用していた経験があるが
ほとんど実用に耐えなかった。
でも、巷で話題のインターネットに触れただけでだいたい満足できた。
1998秋
JRDBに参加。
ショウナンハピネスが出ていた秋華賞が初JRDBだった(ユーザーとして)。
関東スタッフ・馬券生活者N氏と知り合って間もないころに見たのが
秋の天皇賞のサイレンススズカ。
JRDBは翌年正月から有料化され
企業としての第一歩を踏み出した。
1999春
予想コラム『大統一理論』開始。
1999夏
白夜書房の月刊誌『競馬王』とJRDBとの付き合いが始まる。
僕としては、JRDBの関東スタッフとして
ライター城崎哲氏の取材を受けたのが初めての接触だった。
最初はJRDBの一員として原稿を書かせてもらっていたが
そのうちに非JRDBで横手個人としての仕事をいただくようになった。
翌年暮れに『血統バトルロワイヤル』という巻頭特集の
メインライターを務めたのが今思えば契機で
以降はレギュラー的に継続して登場するようになった。
2000秋
二代目のWindowsパソコン・ThinkPad i1620を購入。
発売は同年9月、新製品だった。
翌年にOSをWindows2000に変えて以降は動作環境が安定。
4年近く経った今でも、現行機として健在である。
良いタイミングでの購入だったと思う。
2001春
新聞配達のアルバイトを辞めて
正社員としてJRDBの業務に専念することにした。
しかし、一年しか続かなかった。
初めての独立は、失敗という結果に終わった。
問題点はいろいろと引き出せるけど
煎じ詰めれば「一人暮らしの在宅勤務」という特殊な生活形態のために
自分のコントロールが難しくなった、と集約できる。
もちろん、直接的にはさまざまな小さなきっかけが重なって
破綻へと至ったわけだが。
2002春
JRDB退社。
喧嘩別れという形だったにもかかわらず
以後もJRDBの周辺に密着させてもらっている。
総帥・赤木さんの人間の大きさには頭が上がらない。
同時に、新宿新都心に戻って新聞配達を再開した。
白夜書房さんとは個人でお付き合いさせてもらうことになり
気がつけば競馬ライターという肩書きがついていた。
web上の予想コラムは白夜のサイトに移って続行。
名前は『あしたのカテゴリー5』→『カテゴリー5』と変遷するが
内容は変わらず。
退社騒動でゴタゴタしていた時期は
TVドラマ『木更津キャッツアイ』にはまっていた。
心の支えだった。
けっして大げさな言い方ではなく。
2004年春
新聞配達を卒業。
アルバイトを辞めて、金銭的余裕を失い、代償として時間を得た。
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