1月19日
- 明け方、父は仕事から帰ってきた。
- 大阪か寄港した淡路島・洲本で、さぞや食料を買い込んできただろうと喜びながらドアを開けたら、出かけた時の黒いショルダーをひとつ持っているきり。
- 鞄はさすがに少しふくらんでいたからその中に食料が入っているのだろう。
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- だが出てきたものを見てめまいがした。
- 餅が何袋かと電気コンロ。
- おわり。
- 既にいくつかある餅をさらに買い足してこなくとも、もっとバリエーションというものを考えてよ!
- 電気コンロは役立つけれど、こんな極限状態にまできている時には、とりあえずすぐ食べられるお弁当やおにぎりの方がよかったのに。
- がっかりしてブツブツなじる私を無視し、母は「いやいや、助かるわあ。」などと喜んでいる。
- おめでたいやつ。
- その時はそう思った。
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- 「いやあ、淡路島でも洲本は普通の生活送ってたよ。『気の毒にねえ。』て言ってさ、あれもこれも食べろって薦められて、たらふく食ってきたよ。
- 風呂?もちろん入ってきたよ。気持ちよかったなあ。」
- なるほど。
- 危険をおかしてまで、なんでこんな状態で自ら志願してまで仕事に行ったのか理由がわかった。
- 「お父さん!あたたかい物食べたくて、風呂も入りたいからわざわざ自分で電話してまで仕事に行ったのね!」
- 「はははー、いや、もちろん港から緊急に船を出さなければという使命も感じてたぞ。」
- 今さらそんな弁解誰も信じない。まあ使命とやらも感じてはいたかもしれないが、食と入浴への欲求9割、仕事への思い1割、てなとこだろう。
- 「そんで家族には餅と食えもしない電気コンロだけ?」
- 「何を言うか、電気コンロは重宝するんだぞ。」
- でも食料もろくにないのに電気コンロなんて今すぐにはいらないような気がするけど。
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- 「そういえばなあ、王子公園駅の近くで東京から来たらしい奴が鯨肉売ってたぞ。1kg1万円だと。高いよなあ。便乗値上げだよ。近くのスーパーは入口の前をベニヤで囲ってたし。」
- 「それ、店が壊れたから補強ってこと?」
- 「いや、あれはどっちかつうと略奪防止って感じだった。
- 当然店は営業なんてしてなかったしな。なんかハナっから人を疑っているみたいで感じが悪かったぞ。もうあんな店で買い物なんかせんとこな。」
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- Yから電話が入る。
- 「弟とお父さんがねえ、今水くんできたの。篠原公園に行ったら空いてるって。人全然いなかったって。」
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- 飲料水も底をついてきたし、食料だっていつまでも磯部巻きばかりを食べているわけにもいかない。
- 食料を蓄えておかなければという不安に駆られてきた。
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- 「氷砂糖があるって言ってるのに・・・。」
- いよいよ水と食料の調達に出かける決心をした私と弟に、母はぐずぐずとまだ家にいる方が安全なのにと言った。
- 母の言うことには従わない方がよさそうだ。
- そりゃ余震も心配だ。崩れかかった建物も危ない。
- でも、いつまでもそんなこと言って家の中に閉じこもってばかりもいられないのだ。
- 今度は飢えないようにしなければいけない。
- 「ダメよ、出かけてはいけません。危ないでしょ!」
- 「そこの角の八百屋までだから。八百屋が閉まってたら戻ってくるから。」
- 「・・・ホントにそこの八百屋さんまでね?それ以上は行ったらダメよ。」
- 「うん。」
- そこの角の八百屋まで行って、「食料なかったよー。」って手ぶらで帰るのもマヌケな話だ。あんなことを言いつつ、もっと遠征することぐらい、うすうすわかっているのだろう。
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- 弟といっしょに出発した。
- 「出発する」という言葉がふさわしい、冒険に出るような気分だ。
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- 八百屋は予想どおり開いていなかった。
- 神戸生協が緊急に食料をそろえる、という情報を今朝TVで見たところだったので行ってみることにする。
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- 八百屋の2軒隣の天神さんは入口の大きな鳥居がかろうじて立ってはいるものの、積み木を組み立てただけのような状態になっていて、今にも倒れてきそうだった。
- 生前、祖母が常々「この鳥居は赤穂浪士の討ち入りと同じ年に造られたんだよ。」と言っていた年季の入ったこの鳥居も地震にはひとたまりもなかったようだ。
- その横の会館の壁には無数の亀裂が入り、向かいの家は塀が全部倒れてしまっている。
- モルタルの剥がれおちた家、屋根瓦の落ちた家、どの家も傷ついている。
- 一見してこれはもう住むのは不可能だとわかる、大きく傾いた木造アパートもあった。
- そんな家々の下をこわごわ通りぬけてたどりついたスーパーにはろくな物は残っていなかった。
- 2階の損壊が激しいらしく、1階のみの営業。しかも食料はほとんどなく、あっても思いっきり腐ったみかんだとか、水をたっぷり使わねばならないレトルト食品やスパゲティーの乾麺などしかない。
- 水が手に入りにくい状態では、こんな物買っても仕方がない。
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- 「ローソンも確か開いているはず。」
- 弟が言う。
- 「でもさ、神戸生協でこのありさまなんだよ、ローソンだって同じような状況だと思うよ。」
- 「わからんで。行ってみないと。」
- そう会話する私達の前を一台のトラックが走りすぎる。
- 「今の!」
- 「ローソンの輸送車だったねっ!」
- 「てことは今品物が入荷するのかもよ。」
- 「あっちの方角ってことは護国神社前のローソンだ。行ってみよ!」
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- ローソンに着いたら20人ぐらいの人が店の前に並んでいた。
- どうやら店に品物が入荷されるのを待っている列らしい。
- 隣のイカリスーパーは閉まっていた。
- 店内には食料品が散乱し、割れたガラスからレタスがはみ出している。
- 店内に侵入するのは簡単な状況なのだが、皆黙ってローソンの前に列を作っている。
- あたりまえのこと、と言われればあたりまえのことなのだが今は非常事態だ。
- 略奪などが起こっても不思議ではない。むしろきちんと順番を待っているさまが不思議な光景にすら思える。
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- 私は何年か前、父の会社の運動会に行った時のことを思い出した。
- お昼に全員にお弁当を配り終えたら少し余ったらしい。
- 会社側はさっそく、「お弁当が少し余っています。欲しい方は取りにきてください。」と、放送した。
- お弁当のコーナーにはアッという間に人だかりができた。
- いや、人だかりぐらいならいい。
- 自分の好きな弁当を取り合う者、ジュースをいくつもかき集める者。机は倒れ、散乱した箸やストローは踏みつけられ、「お弁当」と書かれた看板はまっぷたつに避けるという凄惨な光景が繰りひろげられたのだ。
- すごい。
- 私は少し離れた所に立って呆然と見ていた。
- たかだか余ったお弁当をもらうのにあの騒ぎ。
- 今回は血を見るような争いになるのでは、と正直危惧していたのだが、皆拍子抜けするぐらいおとなしかった。
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- 入口にはさっき見かけたトラックが止めてあり、店の人間が品物を店内に運び込んでいた。
- 別の店員が「今しばらくお待ちください。ただいま商品が到着いたしました。今から整理券をお配りいたします。商品はおひとりさま5品までに願います。」と、叫んでいる。
- その場は弟に並ばせておいて、私は篠原公園に水くみに行くことにした。
- ローソンからだと歩いて5分ぐらいの所だ。
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- 篠原公園には確かに思っていたほどの人はいなかった。
- ただやはり口コミで伝わったからか、Yが言う「全然人がいない」という程には少なくなかった。
- 大きなホースからはいくつも蛇口がついていて、皆持ってきたやかんやバケツ、ペットボトルなどに水を注いでいる。中には入れ物がなかったのか、リュックサックに直に水を入れている人もいる。ポリバケツを持ってきた人はやはり飲料水に使うから直に入れるのは抵抗があるのか中にビニール袋を入れてその中に水を入れている。
- 私は持ってきたペットボトル3本に水を詰め込んだ。
- 一滴もこぼさないように慎重に入れた。
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- 帰り道にローソンに寄ったら弟はまだそこに並んでいた。列は短くなっていたから前には進んでいるようだ。
- 私にも並ぶように言ったが、水が重たかったのでそのまま帰宅した。
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- 「おかえり、おかえり。ごくろうさん。」
- 「氷砂糖だけでいい」だの「八百屋より遠くへ行ってはいけない」だの言ってても、実際に目の前に水が置かれるとやはりうれしいものらしい。母は大喜びだった。
- ほどなく弟も帰宅。ひとり五品限りの制約の中、おにぎり3個と牛乳、パンを買ってきた。
- 「弁当が前の奴んとこで売り切れちゃってさー。」
- 弟は悔しそうに言った。
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- 午後からは市外の友人達からの電話がポツポツかかってくるようになった。
- なかなかつながらないので公衆電話に切り替えたらかかったという人ばかりで、自宅の電話からかけてきている分にはまだ全然つながらないとのこと。
- きっと心配してくれている人がたくさんいるんだろうな。
- これからどんどんかかってくる電話が増えてくるに違いない。と、思うハナからジャンジャンベルが鳴り響く。
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- 「やっとつながったー!んもう全然つながらなくってさー。」
- 夜になってさらに増える電話の開口一番はどの人も、たいがいこんなセリフだ。
- 友達ってありがたいなー。
- 「でもさ。」と弟が冷静な声を出す。
- 「まだつながってない人もいるだろうからどうとも言えないけど、
- 『たぶんあいつからかかってくるだろうな』って思っていた相手からかかってこなかった時って、ちょっとショックだよなあ。まあ、市内のヤツはそれどころじゃないからわかるけど、被災地外の友人の場合さ。なんか友情疑ってしまわへん?」
- 実は私も思っていたことである。
- でもそれなら自分からかけりゃいいじゃない、ととりあえず反論してみる。
- 「そりゃかけるよ。でもやっぱり割り切れないものあるじゃない?
- 第一さ、こっちの心配していないヤツにわざわざ自分から『私は無事でーす!』って言うわけ?それってマヌケーッ。」
- う、確かに。
- でも、
- 「あたしHさんが心配なんだけど電話できないよ、こわくて。
- あそこの家、古い木造家屋だったし地区も死傷者がいっぱい出てる。そんなとこに電話して『亡くなりました』なんて言われたらどう返事していいかわからないじゃない?」
- という母の意見もなるほどとうなずける。
- Hさんは母の高校時代からの友人で現在も親しくしている。
- 彼女の家近辺は被害状況のひどい地区だ。地震発生直後から現在に至るまで、母は数回程こわごわその人の家に電話をしていたが、当然のように通じない。
- 仲が良いわりにはあまり電話をつなげようという努力をしていないように見え、不思議に思っていたのだが、そういうわけだったのか。
- そういえば私も東京にいる仲のよい友人には自分から電話をした。
- その友人いわく、やはり死んでいたらと思うとおそろしくて、電話をかけようという気にはなれなかったのだそうだ。
- ふむ、電話のあるなしで友情の物差しを計ってはいけない、ということね。
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- 余裕が出てくるといろんな欲求が出はじめてくる。
- 北海道から宅急便で送った新品のスキーセットどうなったかな?
- 明日行く予定の劇団四季のチケット、払い戻ししてくれないかな?
- それよりそろそろお風呂にも入りたいけどどうしたらいいのかな。
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- 「最初は命があっっただけでももうけもの、なんて言ってたのにねえ。」
- これ、“普通の生活へと確実に復旧していっている”状態なのだろうけれど、裏を返せば“喉元すぎれば熱さを忘れる”とも言えるかもしれない。
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