1月21日
- 呼び鈴が鳴る。
- 来客などめったにない我が家も、昨日あたりから訪れる人が増え始めた。
- 再び呼び鈴が鳴り、続いて
- 「よねちゃーん。」と、いう声。
- Tの声だ。そういえば昨日の電話で「物資を届ける」と、言ってたっけ。
- あわてて外へ出てみるとTと、彼女の友達らしく男性と女性が一人ずつ彼女の側に立っている。
- 「これ私の友達なの。荷物が多いし、あたしが神戸に行く話したら『私も手伝う』って。それとね、今神戸じゃ治安が悪くて強盗団が出没してるって噂が流れてたんで、用心棒に男の人にも来てもらったの。」
- 強盗団。
- 非力になった神戸で何もわざわざ強盗を働かなくたって盗り放題だろう。
- それでも敢えて強盗するっていうならよほど好戦的な奴に違いない。
- 「あっはっは、そう言えばそうだね。いやあ、いろいろデマが出回っているからねえ。」
- Tは笑った。
- 「よねちゃんの言う通り三田まわりで来たら歩かずに来れたよ。新神戸付近からここまではあまり被害は大きくなかったみたい。ま、外見上だけどね。それじゃ、はい、これ。」
- 水をはじめ、食料を山ほどもらった。
- 両親もただ恐縮するばかりだ。
- これからYの家にも届けに行くというので、彼女の家まで様子うかがい兼道案内として同行することにした。地震発生以来、1km先まで出かけるのは初めてのことだ。
-
- 自宅周りはほとんど被害はなかったものの、(塀や瓦が壊れたのはこの際被害とは呼ばない)100mも歩くとたちまち様子が変わってくる。
- 一階が押しつぶされ二階が一階になっている家。
- 二階はきれいな状態なのに、一階部分が大きく傾いている家。
- 全壊した家の隣家はビクともしていなかったり。
- 被害の少なかった家のあちこちには、「ビニールシートあります」とか「井戸水が出ます」などの紙が玄関前に貼り出してある。
- 大きな荷物を担いだ人と何人もすれ違う。救援物資を運んできた人か、それとも身の回りの物をまとめてどこかに逃れていく人なのか。
- 荷物の少ない人は水汲みか食料の買い出しのようだ。
- しかし以上のどれにもあてはまらない人も何人か見かけた。茫然として道の真ん中に立っている人、焦点の定まらない目でどこへ行くあてもなくふらふらと徘徊している人。道端にうずくまっている人もいた。
- そのうずくまっている人は私達が横を通りかかると突然立ち上がり、
- 「あんた達、ほら、これをあげるわ!」
- と、のどあめを4つ、人数分差し出し、
- 「元気出してね!」
- と、言い終わるや、またその場にうずくまってしまった。
- 私達はなんとなく無口になって、のどあめを持ったまま足早にそこを離れた。
-
- 灘区には一軒だけ藁葺き屋根の家があった。
- 母によると
- 「あそこの家の屋根はよく手入れが行き届いたとても立派なお家」
- だったんだそうだが、この地震で無惨に倒壊していた。
- 屋根の手入れが行き届いていたおかげか、屋根自身はほとんどそのままの形で、下の壁や柱が無惨に崩れていた。
- 「やっぱりああいう古いものからやられていくんだねえ。海岸通りの古い洋館だとか、戦前から残っている阪急会館なんかもみんなダメだったもんね。」
-
- 20分ほど歩いてYの家に着く。
- 地震後何度か電話でのやりとりはしていたが、直接会うのは初めてだ。
- 何人か死者が出たというだけあって彼女の家の周りの被害はかなり大きなものだった。同じ灘区でもこうも被害状況が違うものなのか。
- 彼女の家の門と塀は崩れ、曲がった玄関の扉は開けっ放しになっている。壁のモルタルも大きく剥がれ落ち、木の部分の骨組みがむき出している。
- 隣の小さなアパートは一目で使用禁止とわかるほど傾いており、二階の住民とおぼしき人が荷物を運び出している。
-
- 「あれえ、よねちゃん、今会社の人が家に来て、よねちゃんの家に向かったよ。」
- ひえ、やっぱり来たのか。何という間の悪さ。思いっきり行き違いじゃないの。
- せめて父母に心の準備をさせるべく、(他人と接するのが得意でないので)あわてて自宅に電話するも、時すでに遅し。
- 「ああ、会社の人が来られてもう帰ったよ。なんだかすごくたくさんの物資を頂いたよ。」
- げ。それなのに本人が不在にしていたなんて。
- 「まあ今度出社した時にでもお礼を言ったらいいじゃん。」
- Yはのんびりと言った。
-
- 「せっかく来たんだからさ、私らの街、見物していきなよ。もうこうなったら一見の価値ありよ。めったに見られるもんじゃないよ。」
- Yはほとんどやけになっているらしい。
- 彼女の向かいの家は瓦がたくさん崩れ、屋根全体が大きく傾いている。家自身もあちこち亀裂が入ったりモルタルが落ちたりしている。
- 「ねえ、向かいのお家の人、もう避難したの?」
- と、聞いたとたん、屋根が被さりかけている玄関が開いて、中から人が出てきた。
- 「うん住んでるよ、見ての通り。あの程度なら避難しないんじゃないかな。さ、こっち。」
- Yに促されてゾロゾロとついていく。
- 「ほら、あの建物。道ふさぐほど傾いているでしょう。あれ、模型屋さんだったのよねえ。」
- 「ここは母校の中学校。自衛隊も来ているの。」
- ニャアと声がして足元を見ると猫がすりよってきていた。
- 「お腹が空いているのかしら。」
- Tの友人が荷物の中から自分のお弁当を取り出し、おにぎりを少し割って猫に与えた。
- 1日でおにぎり1個を3人で分け合って食べた、なんて避難所の報道を見てきたので、他人に見とがめられないだろうかと思わず周りを見回してしまう。
- 猫はアッという間におにぎりを平らげたので、もう少しもらった。
- よく見ると猫は三本しか足がない。
- 傷が古いようなので地震で失ったわけではないらしい。
- そういえばこの地震で行き場をなくしたたくさんの犬や猫がうろうろしているとの話も聞いた。動物もかなりの被害を受けている。けれど今動物の心配をすると、
- 「人間も困っているような状況で何がドーブツだ!」
- と、非難されかねない。
- 母なども
- 「王子動物園はどうなったのかしらねえ。」
- と、言っていたのだが、さすがに問い合わせるところまではしていないようだった。
- ちなみに須磨の水族園の方は、停電の影響で、ウニ、ラッコ、海亀などの数種類を除いてあとはほとんど死亡したという記事が、いつだったかの新聞に出ていた。
- ピラニアが次々と水底に沈んでいくのを、どうすることもできずにただ見ているしかなかったと書かれていた。いたたまれない気持ちだっただろうな・・・。
- こんな比較はどうかとも思うが、その話を聞いて私はテレビで見た長田区の火事を思い出していた。
- 消防士が火事に向けてホースを突き出しているのだが、水が出ない。
- 次々に焼けていく家を前にしてどうすることもできない、そんな状況がふと、水族園の生き物達の姿とだぶった。
-
- 少し先へ行くと学校があった。
- 彼女の母校の中学校なのだが、校舎は倒壊の危険があって非難することができない。
- 運動場には自衛隊のテントが張られていた。
-
- 大通りに出ると両脇の家はほとんど倒壊してしまっていた。
- 「この辺は死者が何人も出てねえ・・・。同じ町でも番地が違うだけでこうも明暗を分けるものなのねえ。」
- Yはポツリと言った。
-
- かろうじて建っている小さな教会の玄関脇に何か置いてある。
- 近よってみると紙に
- 「教会がお手伝いできる最後の物資です。お力になれず申しわけありません」
- と、いう文字が書いてあって、アルミに包まれたおにぎりが、箱の中にいくつかころがっていた。
- 書かれている言葉の悲壮さとは裏腹に、食べ物が余っているとはどういうことなのだろう。
- もう5日目。だいたい食料は行き渡ったからおにぎりは必要ないということなのだろうか。それとも倒壊が多いこの地域から人がいなくなってしまったということなのだろうか。
-
- Yの近所を歩いた後、彼女のお母さんが経営している薬局にあいさつに立ち寄る。
- 薬局は彼女の家から東へ数軒おいたアパートの一階を改築した小さな店だ。
- 地震発生直後から開店していたというこの店の商品は、めぼしい物はほとんど売れてしまっていた。
- 何度か前を通ったことがあるが、こうして品薄になった店はいっそう小さく見える。
- 「最初は食料になるものね。カロリーメイトは1日で売り切れたの。あとは傷の薬や胃腸の薬、生理用品が順番に売れていったわね。今は非難所で風邪が流行りはじめたから風邪薬が売れてるよ。
- お母さんは地震直後に『ケガ人がたくさん出る!』って言ってすぐに開けに行ったのよ。薬局に来る人はみんな、『え?売っていただけるんですか?』とか『開いてる!』て、涙を流さんばかりに喜んでたんだから。」
- 薬局内で忙しく接客する彼女のお母さんを見ながらYは地震直後からの薬局の動きを説明してくれた。
- 「灘区で地震直後から開いていた薬局なんて2、3軒ぐらいしかなかったのよ。」
- やっと手が空いたお母さんと手短にあいさつを済ませる。
- 「この子はあれからひとりで寝られなくなって・・・。ずっと私の横で寝ているのよ。」
-
- 彼女の家に再び立ち寄り、彼女のお父さんにもあいさつをしていく。
- 「Hさんの家は全壊したそうですな。でも2月に引っ越す予定だった新しい家が無事だったとかで今はそこに移り住んでいますよ。」
- Hさんは母の友人で、偶然にもYのお父さんの社交ダンス仲間でもある。
- 母は彼女の安否を気遣っていたが、昨日彼女の息子から電話があり、六甲にある家は全壊したこと、しばらくタンスにはさまれて身動きがとれなかったがなんとか脱出、2月に引っ越す予定にしていた家にいることなどを伝えてきた。
- Hさんは精神的なショックが大きかったらしく、彼女の友人や親戚などに彼女の無事を知らせるのはすべて息子の役目のようだった。
-
- 物資を運び終え、帰路に向かう私達をYは阪急六甲の駅まで送ってきた。
- 「地震発生後はじめての遠征だよ。」
- Yはなぜかはしゃいだ声で言った。
- 地震から5日。周りの家の多くは全・半壊し、死者も出たという状況の中、不安にならない方がおかしい。
- そんな中、外部から自分を訪ねてきてくれる人がいるという、そのこと自体がうれしい。
- 私はなんとなく彼女の気持ちがわかるような気がした。
-
- 歩道にまでせりだしてきている家を避けるため、阪急の線路を伝って駅へ向かう。
- 「俺いっぺん線路の上って歩いてみたかったんだよね。」
- Tの友人が感激しながら一歩一歩、線路の上を踏みしめるように歩く。
- そういえば今朝だったか昨日だったか、車もこないし家も倒れかかってこない、線路の上が一番安心だと言って、線路の上でテントを張って過ごしている人の写真が新聞に載っていた。
-
- 駅にはバスが待機していた。本来なら三宮行きのはずなのだが、道路規制、もしくはビル倒壊の危険があるからなのか、3つほど手前の停留所止まりになっている。しかし新神戸駅はその途中にあるためこのバスに乗ればすんなり帰れるはずだ。
- よく見るとこの駅も、太い柱には大きく亀裂が入っていた。
- 倒壊の危険はないのだろうか。
-
- T達を送り出した後、道中で水を確保するため、徒歩で自分の家に戻ることにする。
- 10分ほど歩いた頃だろうか、ふと細い路地の向こうにテントが張ってあるのが目に入る。
- 救援物資の配給らしい。
- 並んでいる人も数人程度しかいない。
- 細い路地の一角でやっているからこんなところで救援物資の配給をやっていることを知っている人なんてほとんどいないのだろう。
- ラッキー!
- 私はついつい早足になりながらテントに近づいた。
-
- そこが噂の山口組会長渡辺氏の家の裏手だということは物資を配っている人達を見ただけでわかった。
- 井戸水を開放して近所の人達に提供しているという噂は本当だったのだ。
- それだけではない。粉ミルクや紙オムツ、卵までもが山と並んでいて、希望すればそれらの物資もタダでもらえるのだった。
- だが数人並んでいる人の目的はすべて水だった。
- ズラリと並んだポリタンクには水がなみなみと入っており、どの容器にも渡辺と名前が入っている。これは容器のない人にこのまま渡すためらしい。
- 私の前に並んでいた中年の女性はやかんを差し出した。
- 組員が、ホースから出しっぱなしの状態にしている水をやかんに入れてやる。
- 「なんや、これだけでいいんかい。」
- 女性はやかん1つしか持ってきていなかったのだ。
- 「あの、私上の方に住んでいる者なんですけど、またもらいに来てもいいでしょうか。」
- 女性が遠慮がちにたずねる。
- 近所の人間でもないのに、そう頻繁にもらいに来てもいいものか、という意味らしい。
- 「おう、ええで。水は24時間出とるからな。いつでもおいで。そやけど上の方やったら坂登り降りするの大変やな。」
- こんな時はこんな口調さえも頼もしく聞こえる。
- 私の番になった。
- 持ってきたペットボトルを差し出す。
- 「フタ開けて置いとき。」
- 次々とホースを差し込んで、3本あったペットボトルはたちまち一杯になる。
- なんだ。給水車や公園で行列つくって何分も待たなくても、ここに来れば待ち時間ほとんどなしで水がもらえるんだ。
- これからはここにもらいに来よう。家からはちょっと遠いけど。
- 「平成の清水次郎長山口組渡辺会長、被災地で救援活動!」と山口組が週刊誌や新聞などで取り上げられるようになるのはそれから何日か後のことなのだが、その時はまだ山口組の活躍状況はまったくマスコミには登場していなかった。
-
- 「倫子、会社の人がバイクでこんなに物資を届けてくださったのよ。すごい量!
- 道中危険なのに、まあこんなにどうやって運んできたのかしら。」
- 食料、水をはじめガムテープや紐、帽子まで身の回りの物がたくさん届いている。
- 4人で運んできたというが、なるほどこんな量をどうやってバイクで運んできたのだろうと思うようなすさまじい量だ。
- しかも物資をもらったのは私だけではない。私の前にYの家にも寄っているのだから、単純に考えても、少なくともこの荷物の倍は、運んできたことになる。
-
- 「私、山口組に水をもらっちゃったよ。」
- 「え、ほんと?どんなだった、どんなだった。」
- 母は好奇心まるだしでその時の状況を聞きたがった。
- できるだけ細かく話してきかせると母は、
- 「私も水をもらいに行きたいなあ。」
- と、うらやましがった。
- 母の場合水は2の次で、山口組の活動ぶりをこの目で見たいという、単なる野次馬精神からなるようだった。のんきなものだ。
- 「そんなに行きたければ行っておいでよ。とても親切だよ。」
- と、言ったが、そうすると決まって
- 「うん・・・。」
- と、急に気乗りのない声を出す。
- まだ外へ出るのがこわいらしい。
- 結局母は一度も山口組宅へは行くことはなく、私も近所に給水車が来るようになったのでそれきり水をもらいに行くことはなかった。
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- 夜、Yと相談して、明日Tの家にお風呂を借りに行くことにした。
- そのまま彼女の家に一泊して月曜日はそこから出社する予定なのだ。
- お風呂といえば、どうやって水やガスを調達したのか灘区では銭湯が2軒営業していて、いずれも我が家から目と鼻の先の場所にある。だが連日長蛇の列。口コミで広がったのだろう、遠方からバスに乗ってやってくる人もいて、待ち時間4時間とも5時間とも言われていた。
- この寒風吹きすさぶ中、延々と待ち続けるよりは大阪に脱出(交通網が寸断された今や、他府県に行くことは脱出と言っても全く違和感がなかった)して、知り合いの家のお風呂でも借りた方が手っ取り早そうだ。ついでに帰りは買い出しもしてこられる。
- と、いうわけで明日はかなりの遠征。なんせ地震発生後、灘区からも出たことがなかったのに一気に大阪まで出るのだ。
- 緊張する。
- いつも会社へ行くのに気軽に出かけていた街が、不思議と今は遠くの知らない街に感じられた。
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