1月23日
- 「うーん、おかげでぐっすり。熟睡できたわー。」
- Yが布団の上に起き上がった。
- 私もおかげさまで、と言いかけたらTが
- 「よねちゃんはもひとつ寝苦しそうだったみたいね。」
- と、言う。
- 「?」
- 「なんか夜中何度も寝返りうってたよ。」
- 自分では気がつかなかったけど。
- でも自宅にいるよりはきっと安眠できたと思う。
-
- Tと西宮の彼女の友人は手早く朝食を作り、友人の方は一足先に出ていった。
- 「悪いけど私、9時出勤なの。8時40分になったら一緒に出てくれる?」
- 8時40分!
- なんてゆっくりできるんだろう。
- 会社から近いということはこんなゆとりを生むものなのか。
- 怠け者の私は一瞬、会社の近くに住むのも悪くないなと考えた。
-
- チノパンに運動靴というラフなスタイルで家を出る。
- 気にはなったが仕方がない。
- 今日は会社に顔を出すだけだし。
- 「別に気にならないよ。いつものよねちゃんの服装とそう変わらないよ。」
- Tが全然フォローにならないことを言う。
-
- 会社では会う人ごとに
- 「大変でしたねえ。」
- とか、
- 「まあ、よくぞご無事で!」
- などと声をかけられる。
- 普段めったに言葉を交わしたことのない人からも声をかけられる。
- 下手すれば私の知らない人もいる。
-
- どういう具合に被災状況が社内をかけめぐったのかは知らないが、
- なんで私が被災したことを皆、知っているのだろう。
- いや、それよりも被災したということを知っているということはつまり、
- 私が神戸に住んでいる、ということを知っているということだ。
- 「そんな噂、あっというまに社内をかけめぐるわよ。社内でも大騒ぎだったんだから。
- よねちゃん、自分を基準に考えるからそういう考え方になるのよ。」
- Tに言われる。
- Tは同期だし、総務に所属しているから知っているんだと思っていた。
-
- 確かに私は自分の関心のないことに関してはまったく何も知ろうとしないので、たぶん今回の地震が自分の身の上に起こらず、神戸以外の別の地域で起こったのだとしたら、誰がどこで被災したのかなんてまったく知らなかったことだろう。
-
- ちょっと話はそれるが、
- 3、4年前、ちょうどJリーグの人気が上り調子の頃、私は高校時代の先輩に道でバッタリ出会った。
- 「おれ、今ハーバーランドにあるJリーグの店でアルバイトしているんだよ。」
- (Jリーグ?あ、そうかそういう歌手がいたな。 ※ちなみにJ-WALKと間違えている。)
- 「すごい人気でね、店の中に入るのにも1時間待ちなんだよ。」
- 「ええっ、あれ(歌手)そんなに人気があったんですかあ?」
- 「おお、もんのすごい人気だよ。あれ(サッカー)は。」
- 「ひゃあ、知らなかったなあ。」
- と、変につじつまが合ったので結局お互い誤解をしたまま別れたのだが、
- Jリーグがサッカーのことを指すらしいと知ったのはそれからしばらくしてからだった。
-
- と、いう風に自分の興味のないことにはさっぱり関心のない私。
- だから出勤してみたら普段ろくに話をしたこともない人までもが私が被災したことを知っていた、というのは驚異なのだ。
-
- 土曜日に物資を運んできてくれた4人の人たちにお礼を言ってまわり、
- 最後にYと社長室に足を運ぶ。
- 「おお!」
- 社長が両手を広げて席から立ち上がる。
- 「生きていさせすれば何とかなるんだから。」
- この神戸の街は被災することによって世界一すばらしい街に生まれ変わるのだから、などと語るのを私とYはただじっとうつむいて聞いていた。
- 生きてさえいればなんとかなる。
- 家がなくなっても、体が故障しても。
- それは本当に今回、身にしみて痛感させられた。
- そして同時に、
- いつ、死ぬかわからない。常に死と隣り合わせで生きている、ということも実感させられたのだ。
- 神戸は「すばらしい街」になるのかもしれないけれど、でもこの破壊ぶりでは正直、復興するまで何年も年月を要するだろう。
-
- それにしても、みんな普通に出勤して普通に仕事をしている。
- なんて不思議な光景なんだろう。
- 同じ会社に勤めていても、ある者はいつも通りに仕事をし、
- ある者は会社に出てくるだけでも精一杯というこの差!
-
- 朝礼に出ると同期のNが私達の姿を見るや泣き出した。
- 彼女からは一度電話をもらっていたのだが、その時は頻繁に電話がつながりだした時でもあり、ろくに彼女と話もしないうちに次の電話が入ったのでサッサと切ってそれっきりになっていた。
- かかりにくい状況の中、何度も電話をかけ続けてくれただろうにと思うと、なんであの後一回でもこちらから電話をかけなかったのだろうと悔やまれる。
-
- 朝礼が終わると
- いろんな人に取り囲まれ、
- 「困ったことがあったら何でも言ってね。」と、口々に言われる。
- ありがたい、と思いつつ本当に困ったことを頼んでも手伝ってくれるのかな、と少々意地の悪いことを考えてしまう。
- 避難先であるウイークリーマンションに、平日に車で荷物を運んでほしい。
- なんてきっと無理。
-
- ひととおり顔を出した後で、総務に寄ってウイークリーマンション入居の手続きをとる。
- 入居は2日後。場所は西九条とのこと。
- ニシクジョウ?
- 聞いたことのある地名だけれど大阪のどの辺に位置するのか見当もつかない。
- そんな知らない土地にどのくらい過ごせば戻れるのだろう。
- 1カ月?
- 2カ月?
- それとももっと先?
- いや、私はまだいい。
- 交通とライフラインさえ復旧すれば戻れるというめどがついているのだから。
- Yはじめ、多くの避難所にいる人達はいつ戻れるのかという見通しさえたっていないのだ。
- 私の不安なんてむしろ贅沢の域に入る。
-
- Y、一緒に帰るでしょ?どこで何時に待ち合わせて帰ろうか?と、言うとYは、
- 「私、ちょっとたまっている仕事やりたいし、それにI君(彼氏)が迎えに来てくれるから帰りは別で。」
- と、言う。
- 何ー?
- 行きはあんなに不安がってたからこっちは遠いのにわざわざ阪急六甲駅まで出向いたというのに、
- 「帰りは彼氏が迎えに来るから別」だと?
- 内心腹が立ったがこちらも
- 「非常時なんだから一緒に乗せてよ。」
- と、言う勇気もなく、第一そこまでへりくだる気もなく、仕方なく会社を後にする。
-
- 親会社での顔出しは終わったので、本来の自分の勤め先に顔を出すべく新大阪に向かう途中、駅前のダイエーで買い出しをしていくことにする。
- 水に食料。
- それと大阪でも梅田あたりでは既に品薄になっているドライシャンプーも忘れずに買わなくちゃ。
- 弟と母は未だ入浴をしていないのだから。
-
- 棚には入荷されたばかりのドライシャンプーが山ほど積まれていた。
- やった!私ってついている!
- 「まあ、灘区。大変ですねえ。お家大丈夫でした?」
- シャンプーを並べていた中年の店員にまで同情される。
-
- レジでは手持ちぶさたにしていた若い女店員が二人、地震の話をしていた。
- 「神戸の人って余震4程度の余震がきても平然としているんだって。
- 今のは震度4だ!って冷静に震度を当てたりするらしいよ。」
- 細かいことを言わせてもらうと震度4の余震はまだきていない。
- でも確かに地震に慣れてしまったというか。
- さすがに震度3ぐらいの地震がくると、一瞬その場に凍りつくけれど、
- 大丈夫と知るや、
- 「今のは震度3ってとこかな。」
- などと言いながら、つけっぱなしのテレビに見入る。
- やがて映し出された
- 「地震速報 神戸:震度3」のテロップに、
- 「ほーら当たった!」
- などと得意になる。
- こういった光景は今や神戸ではごくごく日常的な光景になりつつあるのに、やはり大阪では特殊な現象として話題になるらしい。
-
- 久しぶりに本屋にも立ち寄る。
- 週刊誌は競って地震特集を組んでいる。
- 女性誌を手にとる。
- 「どうなる?この恋の行方」
- 「有名人が答える恋の悩みQ&A」
- 「ふたりのデートスポット」
- 「東京おしゃれスポット」
- どれもこれも能天気な特集ばかり。
- 地震前まではこんな記事にも熱心に目を通していたけれど、今では何だか遠い国の、違う文化の人の話に見えてくる。不思議なほど興味もわいてこないのだ。
-
- さて、買い物を済ませて新大阪に到着したのはお昼過ぎ。
- 事務所は混沌としていた。
- まず、コンピューターのモニター4台が残らず床に落ち、たてつけの悪かった本棚及びロッカーは破損したとかで既に撤去されており、床中に本をはじめとする荷物が積まれていた。
- やはり被災した西宮の同僚は既に復帰し、今日から普通に出勤している。
- 大阪の友人宅にころがりこんでいると言う。
-
- 仕事は既に電話で先輩に引き継いでいたが、机の上に置かれていた
- 「お願いしていた訂正はどうなっているでしょう。心配でたまりません」
- というファックスにはさすがにムッとくる。
- 震災がなければ先週私がするはずだった版下の訂正なのだが、
- 急に別の人に引き継がれたのでちゃんと指示通りあがってくるのか「心配でたまりません」というわけだ。
- 気持ちはわかるけれど、この人の心配するのは仕事のあがりのこと。
- 担当の私が死んでいようがどうなろうが仕事さえきっちり仕上がればいいということ?
- Yのことといい、このファックスの書きようといい、何かしらいちいちしゃくにさわる。
- 今回の震災でだいぶ神経が高ぶっているせいもあるのだろう。
- 交通事情も悪いことだし、今日はサッサと帰った方がよさそうだ。
- 木曜日から出社します、とだけ言って会社を出発する。
-
- 三田周りの迂回路は時間もお金もかかる。
- 阪急が1、2日前から代替バスを運行しはじめたことだし、直線ルートで帰ることにする。
- 西宮北口まで阪急電車で行き、そこからバスに乗って、阪急六甲前で降車するのだ。
-
- 西宮北口までは思ったよりスムーズに行くことができた。
- 大阪での買い出しを終えて帰る人、遠方から物資を運んできた人、中には会社帰りとおぼしきサラリーマンもいる。
- 車内も比較的空いていたし、内心こりゃ自宅まで楽勝だな、などと気楽にかまえていた。
-
- 駅の構内には安否を確認する「わたしはここにいます」と、書かれたポスターがあちこちに貼られている。
- 床には段ボールが置いてあり、その中にはまだ何も書かれていないポスターが詰め込まれていた。
- ここから1枚取り出して自分の避難先の住所などを書き込み、壁に貼るのだ。
- 裏面は外国人用になっている。
-
- 駅前のマクドナルドでは炊き出しをやっていた。
- この店は運よく無事だったようだが、同じ通りの商店街はほぼ壊滅状態だった。
- 昔、大学の帰り道に立ち寄った喫茶店なども、変な格好にぐにゃりと曲がり、一目で使いものにならないことがわかる。
- 店は歩道に迫り出して壊れているものもあり、まともに歩くことさえできない所も何カ所かある。
- その横をすり抜けるようにして、車体が大きくへこんだ神戸ナンバーの車が通り過ぎる。
-
- 時刻は4時をまわったばかり。
- バスはどうやらかなりの混雑らしい。
- それならいっそ、歩いて帰ろうか。4時間ほどかかるというが。
- 私は足には自身があった。
- 道がよくわからないので国道沿いに歩くことにする。
-
- 規制されている割には渋滞がひどい。
- 道路脇のあちらこちらで炊き出しをやっており、中には焼きイモ屋やたこ焼き屋の車を出して、ちゃっかり商売をしている者もいる。
- 「どうぞ、お気軽に道をおたずねください」
- と、書いたポスターと阪神間の地図とを貼りだしている家もある。
- 思いっきり破壊された家、ヒビもほとんど入っていない家。
- いったいこの差はどこから出るのだろう。
- 全壊した家の玄関にはたいがい、避難先の住所と電話番号とが書かれたポスターが貼ってある。中には、「○○子、□□雄、云々全員無事」と、家族一人一人の名前も書き添えて安否を知らせている家もある。
- それにしても、
- 大きく傾いたマンション、ガラスが粉々になったショールーム、折れ曲がった街路樹、信号。
- アスファルトの道にも、ところどころ大きなヒビが入り、段差ができている。
- こんなことになるなんて、いったい誰が想像しただろう。
- 特に関西の人間は地震に対しては変な安心感があったから、正に「青天の霹靂」であった。
-
- つぶれかけた店先でバイクを売っている店があった。
- この震災でバイクと自転車が飛ぶように売れているのだと言う。
- おそらくは建て直しをしなければならないこの店のために、残ったバイクを売りさばいて少しでもお金にするつもりなのだろう。
-
- 四つ角にさしかかった。
- 向こう側へ渡るためには陸橋を使うと便利なのだが、どこを破損しているかもわからない陸橋を使うのは不安だ。
- 周りの人たちも同じ考えらしく、誰一人として陸橋を渡る者はいない。
- 渋滞の車の間をすり抜けようと皆、様子をうかがっている。
- 交通整理が行われていたので少し待った後に難なく横断できた。
-
- 夙川駅付近まで歩いただろうか。
- たった一駅分しか歩いていないのに疲労困憊し、歩けなくなってしまった。
- どんどん辺りが暗くなってきて不安が増してきたことも疲労を早めた原因のようだ。
- おまけに道は一本道であっても、歩道にまで倒れかかっている家が多く、その度に車道に出ては、車との接触にヒヤヒヤしながら歩いたのだ。この先4駅分もこんな思いをしながら歩くのはもうごめんだ。
- 夙川駅付近のバス停から乗ろうと思ったのに、バス停がどこになるのか見当もつかない。
- 横を通り過ぎるバスも満員で、バス停が見つかったとしても停車してくれるのかどうかあやしいものだ。
-
- 仕方がない。
- 引き返すことにする。
-
- 不安と疲労で情けなくなってきた。
- 涙すら出そうになる。
- こんな目に合うのもYが無慈悲にも車に便乗させてくれなかったからだ、とさえ思えてきてますますみじめな気持ちになってくる。
- 西宮へ引き返す道は行きの何倍も時間がかかったように思われた。
-
- たどりついたバス停はものすごい人の行列だった。
- 「たどりついたバス停」というよりは「たどりついた行列の最後部」と言った方がいいかもしれない。
- バス停がどの辺に位置するのかもわからないほど離れているのだ。いったいいつになったらバスに乗れるのかもわからない。
- 係員が何か叫んでいるがそれすらも聞こえない。
- と、私は、行列から少し離れるようにしてこちらの様子をうかがっている男に気がついた。
- 向こうもどうやら私に興味を持ったらしく、視線を感じる。
- なぜか一瞬、やばい、と思ったが目が合ってしまった。
- 「すいませーん、神戸新聞の者ですがー。」
- う、マスコミの人間だったのか。
- なぜ、私なんかに話を聞こうと思ったのだろう。
- 私は知らない人と話すのが苦手だ。
- 街なかでもキョロキョロしている人を見かけると瞬間的に、
- 「マズイ、あれは道を尋ねたがっている顔だ。」
- と、気づくのだが、その時にはたいがい、その人は私に向かって
- 「すいませーん」
- と、話しかけてきている。
- 「なんで、こんな不安そうな顔している頼りなさそうな小娘に道を聞いてくるのよ!」
- と、内心いまいましく思いながらも冷や汗をかきながら対応している私がそこにいる。
- 新聞社と名乗る人間からもこれまでに何回か声をかけられたことはあるが、
- 「早く開放されたい!」
- と、思うあまり極めて常識的な意見しか言えず、当然ながら私の声は翌朝の新聞に載ったためしはない。
-
- 「この行列、2時間待ちなんですって。しかも道は大渋滞しているんで三宮まで3時間もかかるんだそうですが・・・。」
- 2時間並んで3時間かかる?
- しまった。三田迂回路の方がよっぽどましだった。
- 歩き疲れた身としては、この状況はきつすぎる。
- 家に着くのは11時まわってしまう!
- 阪急六甲駅から家までかなり距離があるのに。タクシーなんて走ってないだろうし、この治安の悪い時に歩いて帰るなんてとんでもないし、どうしよう?
- 「どう思われます?」