| 【一遊齋さまFC】 |
藤長には、範勝という息子がいました。おそらく天正8年(1580年)前後に誕生したと思われます。
『一色家が名家だってことはみんな知ってんだから
ととりなし、範勝は無事この大役を勤めることが出来ました。
範勝はこの後も秀忠・家光に仕え、晩年は特恩をもって、従五位下式部少輔という先祖代々の官位を頂くこととなります。 範勝の息子範親は家光に仕えて二千石を知行しましが、子息が無かったようで、妻の弟であった範供を養子としました。その後は長七郎という者(範永)が1歳で家を継ぎましたが、彼にも子が無く、ここに藤長の子孫は断絶しました。
また、「鹿苑日録」に、足利昌山の葬儀で昌山の位牌を捧持したと記録される宗朴がいます。彼は相国寺長老となりました。ほかにも何人か女子がいるようです。
藤長君、丹後で落ち着いてからお子さんができたんでしょうか・・・(^^ゞ
なお、藤長の息子として藤直という人が記録されている家譜もありますが、こちらは範満の弟(範貞)の子孫です。
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