意外と、小説にも出ているのよっ♪
現在、義秋の随員は警護の下級武士、中間小者までいれて約三十名いる。その中には一色氏だの大館氏だのという由緒ある大名家の末裔が含まれてはいるものの、藤孝が見まわしたところ、役に立ちそうな人間は一人もいなかった。
言うならば彼らは格式と家柄だけをたよりにした半ば公家のような存在でしかない。大名達との直談判はおろか、いざ合戦になってもどれだけ働いてくれるかさえわからぬお荷物同然の随員が少なくなかったからである。
他には・・・
『細川幽斎』(春名 徹著・PHP文庫)
『明智光秀』(徳永真一郎著・PHP文庫)
『新史太閤記』(司馬遼太郎著・新潮文庫)
などなど。
「困ったのう、そう急かされては」
義昭は呻きながら、信長の書状を幕臣たちの方に流した。それを受け取った一色藤長や三淵藤英が、義昭の意を汲んでいい出した。
「ははあ、これはどういうことか。この字は間違っておるし、ここの文も慣例に合っておらぬ。よく吟味せねば、ここで直ちにと申されてもちと無理でござりまする」
政治的に反対できなければ、字句文章にけちをつけるのが、昔も今も変らぬ官僚機構の手だ。
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藤孝は、京都附近に散らばっている幕臣の有志にもひそかに連絡をとった。が、かれらのほとんどはこの危険な作業に加盟することをよろこばず、ただ一人、一色藤長という前将軍の小姓だった若者が、身を牢人にやつしてひそかに油坂の柏斎屋敷に訪ねてきたのみであった。・・・・一色藤長は意外に機転のきく若者で、密使としてひどく役にたった。
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藤孝の豪気な一言で、一座がそれぞれ性根をすえたらしく船中の空気がひどく落ちついてきた。
義秋までが、
「善哉、善哉」
と、坊主くさい囃を入れて気持ちを浮き立たせはじめ、
「どうじゃ、みな一首ずつ、風懐を歌いあげては」
といった。
「それはおもしろうございますな」
若い一色藤長がふなばたをたたいてことさらにはしゃいでみせ、即興の一首を作った。
他には・・・
『足利義昭−流れ公方記』(水上勉著・学陽書房人物文庫)・・・・大活躍っ♪
『秀吉−夢を超えた男』(堺屋太一著・文春文庫)・・・・義昭追放時の外交でちょっと
いうまでもなく、ぬいに、公方への思慕の情があったことは、その「口伝」のはしばしにうかがわれるのであるけれども、いま、この興国寺にきて、虚竹円了のつたえた竹管から鳴りひびく「虚鈴」をきいて、ぬいが日常をきびしく懺悔している心中を考察してみると、あるいは、義昭についてきた一色藤長との間に、関係をもっていたのではないか、というふしもある。・・・・義昭には春日局がいたのであるから、一色が、夜な夜なぬいをその閨房に訪れてなぐさめたこともあってよいのではないか。そうでなければ、この興国寺で三毒五欲の妄念にさいなまれ憎愛取捨のまよいに日夜悩んだ理由がわからない。また、この山奥の古寺での尺八三昧の生活は、ぬいをして、金ヶ崎の吹雪の夜に、むげんの鳥の声をきいた時のような淋しさであり、その寂寥をなぐさめてくれる藤長にぬいは生きる心地を託したものと思われる。
「弟御から御所完成の知らせが届いたそうな。よくよく行き届かれたお方のようで」
藤吉郎が言うと、藤長は顔をくしゃくしゃにして、
「いや、忝けない。だが、粗忽なところもござってな。これを御覧下され」
と、藤長は懐から書状をだして藤吉郎に手渡した。
「なかなかの達筆でございますな」
藤吉郎は言った。
それは、御所が近く完成することを告げた藤明の手紙だった。
「いやいや、代筆でござる。弟は無類の悪筆でござってな。そのうえ曲者に斬りつけられて手を傷めたらしい」
「それはお気の毒な」
「いや、曲者に手傷を負わされるなどとは武士のたしなみに欠けまする。今度会ったら、厳しく叱りつけてやらねば」
藤長はそう言うと、言葉とは裏腹な明るい笑顔をみせた。
弟が可愛いのだ、この人は。
藤吉郎にも弟がいる。ふと、その弟の面影が浮かんだ。
隆景は広間に出た。そして下座に座って待った。一色藤長が入ってきた。オドオドしている。入口でびくついた目で内部をみまわした。隆景の姿を見ると、その場に座ってお辞儀をした。隆景は手を振った。
「一色様、どうぞこちらへ」
と、自分の上座を示した。一色藤長は尻ごみした。
「とんでもございません」
「いやあなたは将軍家の御使者であらせられる。どうぞ」
毅然としていう隆景の態度に、一色藤長は圧倒された。しかし、いい出したらテコでも動かないような風情を隆景が示しているので、一色はおずおずと身をかがめながら上座へ通った。座ると、
「お目にかかれて、大慶に存じます」
といった。隆景はうなずき、
「将軍家におかれましては、ご機嫌うるわしくおすごしでいらっしゃいますか?」
と儀礼的な挨拶をした。一色はうなずき、
「まったく昔と変りませぬ。いろいろと、ご迷惑が及ぶかと存じますが、よしなにお願いいたします」
信長の飛札に目を通した義昭は、側近の一色藤長を顧みて、---信長の奴め、さすがに困っておる。とうとう弱音を吐きおった---というと、藤長は、---しかし、ここで講和の斡旋をはねつけたならば、信長大包囲作戦の策略が発覚しますぞ。発覚したならば、将軍家といえども、このままでは済みますまい---と答えて、自棄的な冷笑を頬に浮かべた。
光秀や藤孝が将軍義昭を見限って信長の家臣となったことに比べると、この一色藤長ほど将軍に忠節な男は、乱世に稀だと、いえなくないのである。しかし、藤長は、亡命将軍義昭のお供をしてゆくほかに、全く能のない男だった、ともいえよう。
そのころの義昭の側近には、藤長のような無能な幕臣がまだ十数名は寄生していたのである。
輿とところに法因坊が近づくと、もう一人の供侍が頓狂な声を発した。
「法因坊どの、お久しゅうござる。朽木谷での涼しすぎる日々がなつかしい」
「おお、貴方様は、あの時の、お側衆の・・・・・・・」
細川藤孝と並ぶ義輝の幕臣、一色藤長であった。
・・・裂帛の気声で義秋は言った。
「藤孝も法因坊も、京に行ってはならぬっ。両人のいずれが参っても、奸物どもにたちどころに斬り刻まれるのが落ちであろう。・・・・」
二人が何か言おうとする前に、一色藤長が、口を開いた。それも場違いのように至って屈託のない様子である。
「では、私が致しましょう。私は先君の頃より、斡旋、打ち合わせなどの役には慣れております。・・・・・二条御所の変のおりも、義輝公の御遺骸と御台所様のお身柄引き取りの交渉も、三好三人衆の奴輩相手にやりおおせた私でございます。・・・・・・」
「ふむ・・・・・・・」
義秋は、今さらのように藤長の顔を打ち眺めて、低くうめいた。いかにも、公家の家侍か用人というのがぴったりの、痩躯のやさ男である。
翌日、義昭のもとから、早速一色藤長がやってきた。昨夜の観能はお気に召したであろう、といいたげな顔だが、『自信満々の福の神は、さぞこんな面相だろうよ』と信長が感心したくらいにこにこしている。藤長は、信長に、全く屈託なく述べる。
ってーか・・・・・
『自信満々の福の神』ってどうよ!?