東京大空襲の被害の跡
![]() これは三月十日に起きた、東京大空襲の被害状況を米軍機が撮影した写真です。撮影地点は現在の中央区、日本橋小伝馬(こでんま)町の上空付近と私は推定しましたが、そこから東に向けて撮影したもので、撮影日などは不明です。 隅田川の手前に見える地域は中央区の東日本橋1〜3丁目、日本橋浜町1丁目の焼け跡で、隅田川の対岸は墨田区の両国1〜3丁目、画面の上から隅田川に流れ込む堅川の右に見える地域は千歳1〜3丁目、および江東区の新大橋1〜3丁目地区の被害の様子です。 鉄筋コンクリート製のビル以外の建物は焼け落ちていて、文字どおり一面の焼け野原となっていますが、この広範囲の被害状況を見れば、八万人を超える犠牲者が出たのも納得できます。 九死に一生を得た被災者の証言によれば、猛火に追われて川に飛び込んだ人々の焼死体、溺死体が隅田川の上流から下流まで、両岸に折り重なっていたそうです。一説に依ればその付近の酸素が短時間、広範囲の猛火により燃え尽きてしまい、一時的に酸欠状態になり窒息死したとも言われています。 ベトナム戦争の際にもナパーム弾投下により、その地域に一時的酸欠による死者が発生しました。 画面で隅田川の上流(左手)に架かる橋は両国橋、下流(右手)の橋は新大橋で、橋のたもとにある矩形の土地は浜町公園です。当時はここに陸軍の高射砲部隊が防空任務に当たっていました。
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