B−29、長距離爆撃機

B-29、長距離爆撃機

正式名称をボーイング29スーパーフォートレス(超、空の要塞)といい、全長三十メートル、全幅四十三メートル。航続距離は五千五百キロメートル(爆弾、焼夷弾など四トン搭載時)、搭乗員十〜十二名、最高飛行高度一万メートルで日本軍の高射砲では到底届かず、迎撃戦闘機も飛べない成層圏を悠々と飛行しました。

また最新式の航空レーダーと集中射撃管制装置を装備し、前後左右の五ヶ所に砲座を持つ文字通り空の要塞でした。

昭和十九年(1944年)七月に北マリアナ諸島のサイパン島、テニアン島が米軍に占領されましたが、そこからの出撃が可能となった同年十一月二十四日から、B−29長距離爆撃機による東京空襲が始まりました。第一回目は八十八機が来襲しました。


B-29による空襲

大阪空襲


大阪空襲の様子


上の写真は昭和二十年六月一日に、大阪市内を空襲した時に撮影されたものです。

右翼の下方付近に左へ黒く湾曲して見えるのは大川(旧淀川)で、見えるのは大川沿いの天満橋から桜宮公園に至る地域です。その手前の 合流する二つの川に挟まれた地域が、大阪市役所、日銀大阪支店、公会堂、などがある中之島で、右上に環状に黒く見えるのは大阪城の 北外濠、西外濠で、内濠に囲まれた中央に大阪城の天守閣が見えます。

機体の下方に白く見えるのは雲ではなく、先行機の焼夷弾攻撃により既に建物が炎上している煙です。

この日の空襲は474機が来襲し、午前九時ごろから二時間にわたって2,788トンの焼夷弾を投下し、その結果死者3,083名、焼失家屋は 六万戸を超え、二十二万名近い被災者を出しました。





東京上空のB−29






東京空襲

左の写真は東京都千代田区にある、J R 中央線、市ヶ谷駅上空を飛行するB−29の編隊で、手前の三叉路は市ヶ谷駅前の交叉点、左側の外濠に架かる橋は市ヶ谷橋です。

三叉路から右へ向かう道は靖国通りで、靖国神社の南側を通り、九段下方面へ。

外濠を挟んで市ヶ谷橋の対岸は市ヶ谷見付、道路は外堀通りです。外堀通りを右に行くと飯田橋方面です。







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