朝日新聞が書かなかった中国
[ 1:改革開放以前 ]![]() 私が初めて中国に行ったのは、昭和52年 ( 1977年 )のことでした。その当時は文化大革命が終了し毛沢東が死亡 ( 1976年 ) した直後でしたが、ケ小平( とうしょうへい )主導による改革開放政策がおこなわれる前のため、中国社会は貧しくてひどい状態でした。 男も女も人民帽を被り服は紺色か ネズミ色のだぶだぶの人民服で、遠くから見ると男女の区別が分からず、背の高さで見分けるほどでした。当時は中国に旅行するには中国政府の招待状が必要でしたが、後に友好団体主催の団体旅行が可能になりました。 今でも多少残っていますが、その当時は開放都市(地域)と称する数少ない特定の都市や地域にだけ外国人の立ち入りを認め、立ち入りを認めない非解放都市 ( 地域 )とを厳重に区別していました。ホテルの客室の管理や鉄道の キップの管理には コンピュータが使用されず手作業のため、北京空港に到着してからでなければ宿泊する ホテル名が分かりませんでした。
[ 2:北京のホテル ]![]() その当時北京で最高級の宿泊場所といえば V I P が宿泊する国営の北京飯店でしたが、中国語で飯店とは レストランではなく ホテルのことです。そこでさえも館内の電灯はうす暗く、エスカレーターも電力不足から停止している場合がありました。部屋の タオルは使い古したもので体を拭く気になれず、次回からは日本から タオルを持参しました。北京市内の別の ホテルに泊まった時のこと、洗面所のお湯が出ないので ホテルの フロントに電話をしたところ、「 水が出るから良いだろう 」 という返事が返ってきたのには驚きました。 参考までに中国では レストランのことは酒店で、汽車とは自動車のこと、日本語の汽車は火車といいます。標語に 「 注意一秒、怪我一生 」 がありますが、中国語では 一秒見つめれば、我を怪しむこと一生なり という何とも 「 おかしな意味 」 になるのだそうです。更に社名の 「 全日空 」 を中国人が読むと 「 全日が空席 」という、航空会社としては最も忌むべき意味になるので、本来であれば 「 全日航 」 とすべきなのだそうです。 トイレット・ペーパーのことを中国語では 手紙、シェシン といいますが、その当時の中国の ホテルでは、トイレの 「 手紙 」 が無くなりかけても予備の 「 手紙 」 を置くことはありませんでした。ある時部屋に入ると トイレに 「 手紙 」 が無かったのでフロントに電話したところ、「 自分で客室係りに電話しろ 」 と言われました。ところが客室係りに電話をしても英語が通じないのです。紙に 「 我欲手紙 」 とでも書いて服務員 ( メイド ) に見せれば分かったのかも知れませんが、その時は仲間同士で 「 手紙 」 を融通し合うことで解決しました。 共産主義の国では サービス精神というものが基本的に存在しないので、我々にとってはこの上もなく不便で不愉快なものでした。中国を訪れた者が真っ先に覚える中国語は メイヨー、没有 ( 無いの意味 )でしたが、北京飯店の売り場で皮手袋を買った時のこと、「 M 」 サイズでは小さいので 「 L 」 サイズを欲しいと言ったら メイヨー でした。 「 L 」 サイズの手袋が棚の上に現実に有るにもかかわらず、売るのが面倒な売り子は無いと平気で言うのです。嫌々ながら売る態度を露骨に示しながら、例によって買った品物を客に投げて寄越しました。前述した北京飯店 ( 当時の最高級の国営 ホテル )でさえも、レストランに食事に行くと ウエイトレス達は、客が呼んでも無視して仲間同士の雑談に耽り注文を聞きに来ず、ようやく来た横柄な態度の ウエイトレスに メニューに書いてある料理を注文しても、その多くが メイヨー でした。 メニューに書いてあるのは料理長が作ることが可能な料理名であって、 客に提供できる料理とは限らない ことを中国で初めて知りました。 中国の友誼商店 ( Friendship Store、外国人向けに、外貨でしか販売しない国営商店 )でも、訪れる客は仲間同士の楽しい雑談や休息(?)を妨げる不届き者扱いで、仏頂面で嫌々ながら仕事をし、ここでも客が買った品物を投げて寄越しました。資本主義の国であれば店員は客に品物を売ろうとし、食べてもらおうとしますが、共産主義の国ではその常識は通用しませんでした。 それは 日教組の主張と同じで 「 同一労働、同一賃金 」 、 しかも 勤務評定が無く 、真面目に働いても、 怠けていても給料が同じ という共産主義の制度的欠陥から、ウエイトレスや売り子達ができるだけ仕事を怠けて、楽をしようとしたのは当然の結果でした。 客がどんなに不愉快になっても、自分達の 給料が減る ことも、そのために 解雇 されることも決してない。しかも客は必ずここにやって来る。なぜなら 欲しい品物や食事は 、ここでしか手に入らないから でした。 そこで働く従業員達は 客よりも自分達がはるかに偉いと思っていて、態度も横柄で、彼女達の機嫌を損ねたら 客は食事をさせてもらえず、売ってもらえない 、というのが共産主義国の社会習慣、常識でした。共産主義の中国をひたすら礼賛した日本の左翼系 マスコミは、改革開放( 実質的 資本主義経済 路線 )以前の共産主義の 制度的欠陥 を全く報道しませんでした。
[ 4−2、盗難 ]
[ 4−3、北京空港 ] ある時それを忘れた スチュワーデスがいて、数人の掃除婦が帰りには服の ポケットが異常に膨らんでいたのに 機長が気付き、中国民航の現場責任者に調べさせたところ、トイレット ・ ペーパーや トイレの化粧品を 1 人が 2 個ずつ盗んでいました。犯人達によれば 盗んだのだはなく、「 落ちていたから拾ったのだ 」と平然と答えました。 操縦席でも パイロットは書類や道具をすべて運航 カバンに入れて鍵を掛け、「 拾われる 」 のを防ぎましたが、記録用に操縦席の ペン ・ ホルダーにさしてあった 50 円の ボールペンまで盗んで行くのには呆れました。盗んだ品物を拾ったと主張して 自分の非を絶対に認めず 、決して謝罪をしませんでした。
中国人の倫理観によれば、 盗んだ者 より、 盗まれる方 が悪いのだそうです。 毛沢東の共産主義革命を礼賛した日本の左翼系 マスコミの宣伝文句、 「 中国には ドロボーがいない 」 を信じ込んだある機長が初めて北京線を飛んだ時のこと、操縦席の カバンの中に カギを掛けずに入れていた高級 カメラを、まんまと盗まれてしまいました。恐らく犯人は、数年分の収入を得たはずです。 戦前に育った私が子供の頃に聞いたのは、「 支那人( Chinese )、現在の中国人 」 は泥棒が多いから気を付けろという言葉でしたが、「 支那 」 から 「 中国 」 と呼び名を変え、蒋介石の国民党政権から毛沢東の共産党政権に権力が移っても、 彼等の すさまじい盗癖 は変わることはありませんでした 。 それどころか中国人の海外旅行が可能になると、仲間と共に窃盗などの犯罪目的で来日するようになりました。
[ 4−4、汚職 ] 彼は中国人社会に根強く 「 はびこる 」 権力を持つ者の 役得 を、公然と要求したのでした。しかも食事を全部食べ終わると、食後の コーヒーまで要求しました。 航空会社では機内食を乗客数よりも少し多目に積み込み、余った食事は全て到着地で廃棄処分にするので実害はありませんが、彼の要求は次第に エスカレートして、ビジネス ・ クラスの食事を検疫すると言い出しましたが、さすがに 「 航空会社 」 もその件はきっぱりと拒否しました。 ある時日本の某会社の北京事務所に泥棒が入り、パソコンなどが盗まれました。警察に被害届を出そうとすると、事務所の中国人 スタッフがそれに反対しました。 届けても警察はどうせ真面目に捜査をしないし、品物は絶対に戻らないから、届け出るだけ損だ というのが理由でした。しかし所長は本社に報告する必要から、中国人 スタッフの反対を押し切り警察に被害届を出しました。
ところがそれ以来昼食の頃になると 4〜5 人の警察官が、捜査と称して毎日事務所を訪れるようになりましたが、大連空港の検疫官と同様に、 役得を得る ためでした。中国人 スタッフが届け出に反対したのは、そのような事態を予想してのことだったことがやっと分かりました。 事務所に毎日来ては捜査と称して仕事の邪魔をし、その都度所長が警察官達を中華料理店に食事に連れて出ることになりましたが、時間が無駄になるので中国人 スタッフに警官に対する ワイロの相場を調べさせ、それに見合った金額の ワイロ を彼等全員に渡して、ようやく疫病神達にお引き取りを願いました。 最近、黄文雄 ( コウ・ブンユウ ) の本を読みましたが、 彼の日本の友人がある中国人に、「 私の祖父は戦前は警察官でした 」 というと、中国人から 「 それではさぞお金持ちだったでしょう 」 と言われた。そこで 「 警察官ですからお金はありませんでした 」 というと、相手は 目を丸くして驚いた という。とありました。現在でも中国で警察官といえば前述の如く、すぐに ワイロ を連想するほどの職業であることは変わりなく、しかも ワイロの悪習は警官だけにとどまらず、上は閣僚級官僚から下は小役人に至るまで中国全土に蔓延しています。新聞報道によれば 中国で 2004 年に汚職事件で起訴された公務員は全国で 3 万 788 人であり、額が 100 万元 ( 約 1,450 万円 ) 以上の高額収賄・横領事件は 1,275 件で、それにより逮捕された公務員は 2,960 人に上り、閣僚・省長級幹部の逮捕者も前年の 4 人から11人 に増えました。中国社会科学院の研究チームが湖北省漢川市でおこなった 富の分配 に関する意識調査によれば、最も簡単に高収入が得られる人は誰かという設問の複数回答に対して、 1 位は役人で 69.2 パーセント 、最下位は苦労している人で 16.3 パーセントでした。 ここで皆さんに質問しますが、道路を通行中に道に人が倒れていたらどうしますか?。日本であれば救急車を呼ぶなり警察に連絡するのが当たり前ですが、中国人社会の常識では 「 そう言うこと 」 は してはいけない のだそうです。 通報者は犯人と疑われて下手をすると警察に連行され、身の潔白が証明されるまで拘置されるのが落ちだからです。だから 「 見て見ないふりをする 」、「 関わり合い 」 にならないことが正解なのだそうです。しかし周囲に人が集まりだしたら犯人と疑われないので、見に行ってもかまわないといわれています。 ある日友人が北京市内を散策中に急に腹痛を覚え、「 催してきた 」 ので公衆便所を探したのだそうです。当時の北京では公衆便所は目で探さなくても、百 メートル以上先から悪臭で分かると言われるほど、臭気と不潔さで有名でした。友人も鼻で探したのかどうか不明でしたが便所の建物にたどり着いたものの、そこには個室の仕切も戸も無く コンクリートの床には投下するべき穴が等間隔で並んでいるだけでした。 しかも便所の入り口から目的地に到達する通路や穴の周辺は、足の踏み場もないほど 「 物体 」 が散乱鎮座していました。そこで建物の中に入るのを諦めて、近くの ホテルに駆け込んで急場を凌ぎました。右上の写真は問題の公衆便所ではなくむしろ 「 清潔な部類 」 に属するものですが、この写真を見て貴方が中国人と一緒に穴の上にしゃがみ、 袖触り合うも他生の縁 ( 注参照 ) とばかりに横に並んで用を足せるかどうか、おおよその見当が付くはずです。
注:)とする仏教の考えかた。 しかし問題は心理的 バリアーではなく、日本では考えられない物理的な問題、つまり足の踏み場も無いほど 汚染された環境 にあります。不潔な中国の公衆便所の様子をもっと見たい人は、 十分に覚悟したうえで 次の画像をクリックして下さい。但し食事前の人は見ない方が良いと思いますし、その結果がもたらす不快感、嫌悪感については、管理人は責任を負いません。画像1、画像2。
中国では外国人旅行者は 鼻を押さえて 公衆便所に入り、 つま先立ち をして出てくる。と一般にいわれますが、つま先立ちの理由は言わずと知れた 物体を踏む面積を最少にする ためですが、踏まずに出てくることなど不可能でした。 アメリカ人による以下の体験記によれば、 息を止めろ、素早く用事を済ませ、外に出よ、とありました。 中国の トイレは ショッキングである。そこにあるのは、単なる溝でその上にしゃがむものに過ぎない。前の使用者の栄光に輝く糞塊が君の下に横たわっているのが見えよう。時には水で流されることもある。息をせずにトイレで用を足すとは、まさに泳ぎの潜水なみですが、大げさだと思う人は、次の新聞記事を読んで下さい。平成 1 0年 5 月 4 日の岐阜新聞によると
広東省掲陽市の小学校の トイレの悪臭がひどいため、付近住民の抗議を受けて トイレが閉鎖されました。それ以後児童は年間 30 元 ( 420円 ) を払って専用のトイレ ・カードを持ち、先生には毎月 トイレ用定期券を無料配布して、近くの有料 トイレを使用させています。 と書いてありました。
[ 5−1、万里の長城 ]
北京観光の目玉の一つは 「 万里の長城 」 ですが、英語では偉大な壁 ( The Great Wall of China ) といい、長い壁 ( Long Wall )とは言いません。北京から 一番近い 「 八達嶺( パーターリン ) の長城 」まで 75 キロあり、今では高速道路が完成したので 1 時間ほどで行けますが、昔は 3 時間近くかかりました。 しかもその間には有料 トイレが無く、国際的にも悪名高い非常に不潔な公衆便所しかなかったので、女性観光客は前日の夕方から水分の摂取を控えるのが常識でした。 道中では必死に尿意を堪えたものの目的地では有料 トイレの個室の数が少なく、しかも各地から バスを連ねて観光客がやって来るので トイレ行列が長くなり、順番待ちの最中に我慢の限界に達して膀胱の括約筋が緩んでしまった女性もいたそうです。しかも有料便所には 「 手紙、( トイレット ・ ペーパー )」 が無いか、又は入り口で紙を 1 枚だけ渡す ので手紙の持参が必要でした。
日本でも 10 年以上前のこと、私は富士登山のために富士 スバルラインの終点の新 5 合目にある駐車場に行きましたが、そこの公衆便所が北京のそれと同じような状態でした。みやげもの屋の従業員の話によれば原因は中国人の団体観光客で、彼等が団体 バスでやって来ると男女とも 個室の内も外もいたる所に排泄物を鎮座させる ので困っているとのことでした。 石原都知事の発言ではありませんが基本的には、あたかも 野糞 でもするように、所かわまずどこにでも排泄するという 彼等の民度の低さ に原因がありました。 有料 トイレのことを中国語で 「 収費厠所 」 または 「 有費厠所 」 といいますが、最初は北京市内の観光 スポットや 「 万里の長城 」 などの観光地に、外国の観光客向けに作られました。基本的には臭いがしない、便器は個室内にある、清潔、水道の設備がある、管理人がいるなどが条件が必要なのだそうですが、そこは中国のことゆえ建前だけで実際には汲み取り便所、手洗いの水も無い、掃除もろくにしない不潔な有料 トイレが多く、料金は場所により 3 角 ( 4.8 円 ) から 1 元 ( 16 円 ) でした。しかし最近では自分の家を有料トイレに改造して、「 日 ゼニが入る ビジネス 」 にする者もいるのだそうです。 北京から万里の長城見物に行く途中である人が有料 トイレに入る際に、料金 3 角 ( 4.8円 ) のところを間違えて 3 元 ( 48 円 ) の紙幣を トイレ係の女性に渡したら、黙って受け取ったのだそうです。後で気付いて通訳に言い、正規の料金の 10 倍分も支払った額から返金して貰いましたが、トイレ係の女性は余分に払った者が悪いと平然と主張したそうです。紙幣に対する相手の無知につけ込む ボッタクリは、外国に行けばよくあることです。
参考までに中国では昔から 便所の無い家が殆どで、都市の平屋住宅街では ワン ・ ブロックに 1 箇所程度、高層 ビルでも ワン ・ フロアーに 1 箇所の割で共同便所( 公衆便所 ) があり 、住民はそれを使っています。 上の写真は男性用マークが付いた便所の入り口ですが、夜間は共同便所 ( 公衆便所 ) には照明がないので、室内に置いた 「 オマル 」 に排尿、排便をして翌朝にはそれを共同便所か道路に捨てるのが普通でした。公衆便所の右側にあるのは糞尿回収車ですが、オマルの中身をここに棄てると、貴重な肥料として農村に売りに行きました。 かつて私は 1 時間につき 4 元 ( 56円 ) の貸自転車を借りて北京市郊外の農村地帯を サイクリングをしたことがありましたが、北京市内を出て農村地帯に行けば、共同便所の 豚 トイレ を見ることができました。農道上で アヒルや鶏を飼い、 10 軒前後にまとまった集落の周囲を泥棒除けの土塀で囲い、その中には豚小屋の上に作った共同便所がありましたが、昭和 52 年 ( 1977 年 ) 頃のことでした。 新聞によれば北京市内の公衆便所は共同便所を含めて現在 約 7,700 箇所 あり、このうち 3 分の 1 が家に トイレがない北京の昔からの平屋街にありますが、市は地域の再開発に合わて五輪開催の 2008 年までに 2,800 箇所の臭い汚い公衆便所 を取り壊す予定だそうです。一方、町中の トイレ不足は深刻で、市は 「 徒歩で 8 分以内にたどりつける 」 ことを目標に施設充実に力を入れるそうで、年内に計 400 の公衆便所を新設 ・ 改修する予定とありました。 私から見れば問題は便所の数ではなく、 便器以外のどこの場所 にも平気で排泄する中国人の 不潔な排便習慣と、便所の清掃をしない行政当局の管理の怠慢 にあります。デパート ・ コンビニ ・ スーパー ・ 喫茶店などで手軽に トイレを借りることに慣れている日本人にとって、北京 オリンピックの見物に伴う市内の個人観光では、世界でも 1、2 を争う中国の不潔な公衆便所の体験ができることと思います。
ちなみに私が知る限り公衆便所でいわゆる 「 便所の匂い 」 がしなかった国は、スイスと ニュージーランドでした。スイスでは ロープウエイを乗り継いで登った富士山頂よりも高い、 標高 3,820 メートル にある クレイン ・ マッターホルンにも清潔な便所がありましたが、そこは雪と氷の世界で排泄物は 「 大 」 も 「 小 」 も自動的に ビニール袋に入り、足踏み操作により入り口が 熱 により密閉 パックされて、ロープウエイで下まで降ろしていました。
[ 6:ホンコン、デズニーランドの惨状 ]![]() 平成17年9月12日にホンコン・デズニーランドが オープンしましたが、観光客の中には、道端や冷房の効いた ショップに入り込んで堂々と座り込んだり、上半身裸になって涼む観光客の姿もみられました。ホンコンの マスコミによれば 「 タバコを吸いたくなったらどこでも構わず吸う 」、「 横になりたければ所構わず寝る 」、「 服や下着を脱ぎたければどこでも脱ぐ 」といった行為を 「 非文明的なもの 」 と批判しましたが、、こうした観光客の中には中国大陸出身者だけでなく、香港の観光客も含まれていたと指摘しました。 それだけでなく中国人の性癖でもある並んで順番待ちをせずに、アトラクションの列に割り込むことによる喧嘩が絶えない、どこにでも ゴミを捨てる、痰や ツバを吐き散らす。子供にはどこにでも小便をさせるなどの行為 ( 上の写真 )が頻繁にみられたそうですが、それに対して
我々は西洋の習慣など守る必要はなく、中国 5 千年の歴史で培われた習慣に従うだけだ
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