エンバーミングについて

はじめに

エンバーミング ( Embalming ) という言葉を聞いた場合に、その意味を知る人は日本ではごく少数だと思いますが、遺体の保存、衛生、修復(整形、整顔)処理のことです。実は去年亡くなった義母の遺体にエンバーミングをしましたので、死亡から葬儀に至る過程の中でそれについて述べることにします。

歴史

エンバーミング(Em-Balming)という言葉の語源と歴史をたどると、Em は英語の in または into の意味であり、Balm とは古代エジプトで王の遺体をミイラとして保存する際に、バルム(Balm)という芳香性樹脂、香油を使い、それに遺体を浸したり、体腔内に詰めたりして防腐処理をしたことから名付けられました。

ではなぜ古代エジプトではミイラが作られたのでしょうか?。その理由とは死者の霊魂が冥界からやがて肉体に戻るとする、宗教上の理由から遺体の保存を必要とした事と、毎年繰り返されるナイル川の氾濫により遺体が流出し伝染病の原因となることから、ミイラ作りが盛んに行われて、その数は古代エジプト三千年の歴史の中で数億体にも及びました。

古代エジプト人がミイラにしたのは人間だけではなく、ロンドンの大英博物館で見たミイラには犬や猫、その他の動物のミイラもありました。

フォード劇場 ところで米国でエンバーミングが盛んになったのは独立戦争当時の戦死者の遺体輸送と、暗殺された第16代大統領リンカーンの遺体を運んだ葬儀列車の影響です。

リンカーンはワシントン D. C. に今も歴史的建物として残り、私も訪れたことがあるフォード劇場 (Ford's Theater) において、1865年4月15日に観劇中に暗殺されました。その遺体を彼の第二の故郷であるイリノイ州まで運ぶ際には、保存の為にエンバーミングを施してから葬儀列車に乗せました。

列車は4月21日にワシントンを出発してから、彼が大統領になる以前に弁護士や地方政治家として25年間住んでいたイリノイ州のスプリング・フィールドまで、1654哩( 2660 キロ )を走りました。その間に通過する大都市ごとに停車し、その都度 リンカーンの棺を列車から降ろして多くの会葬者がお別れの対面をしました。そして5月4日に埋葬するまで20日間も、遺体は生前のままの姿を保ち続けました。

日本でも70才近くの方ならば昭和25年 (1950年 )に始まった朝鮮戦争の際に、米軍の戦死者の遺体を日本に空輸し、そこで遺体を消毒洗浄し、腐敗し易い内蔵などを抜き取り、取れた手足や破壊された顔を縫い付け修復する遺体処理のアルバイトがあり、そこでは高額の賃金が支払われたという話を聞いたことがあると思います。

今にして思えばそれがエンバーミングであったと思いますが、日本で保存処理された遺体を、更に米国本土に空輸して遺族に引き渡されました。

現在アメリカでは 遺体の 90 パーセントは土葬にしますが 、殆どが エンバーミングをするそうですし、エンバーミングを担当する人はエンバーマーという公的資格を必要とします。参考までに日本では エンバーミングそのものが未だ一般的ではないため、そのような公的資格は存在しません。

米国では エンバーミングが普及しているせいか料金が安く、一般に日本円にして2〜3万円だそうです。それに比べて日本では費用が高く、義母の場合には17万円でしたが、一般には15万円から20万円です。

レーニンの遺体保存

エンバーミングには目的とする遺体の保存期間によりいろいろな方法があります。モスクワ市内のレーニン廟には永久保存されているレーニンの遺体が、死後八十年経った今も生きていた時のままの状態で保存されていて、ガラス越しに見ることができます。レーニンに限らず共産主義国家では、建国の政治指導者を神格化するために、金日成、毛沢東、ホー・チ・ミンなどの遺体を永久保存しています。

一方米国では50日を超える遺体の保存処理はおこなわれず、一般には死亡から葬式に至るせいぜい1週間から10日程度の保存を目的としているので、それに相応したエンバーミングの方法をおこないます。

注:)
なお永久保存の遺体では、定期的に体内の防腐剤を入れ替える処置をすると言われています。

エンバーミングの目的

1:遺体の消毒殺菌
公衆衛生上の観点から遺体の殺菌、消毒、洗浄をおこない、 たとえ S A R S 、肝炎、エイズ、結核などの伝染性疾患で死亡した遺体に接触しても安全な様にします。そのため遺体に殺菌消毒剤を散布し、口、鼻、肛門などの消毒をおこない、頭髪を含めて身体全体を水で洗浄し清潔にします。

日本でも昔から仏教で死者を棺に納める前に、湯灌(ゆかん)と称して遺体を湯で拭き清める風習がありましたが、それよりも医学的に進歩した方法です。

2:遺体保存
死亡した直後から人体の内部組織の腐敗、溶解が始まるので、それを防ぐために死後なるべく早く、遅くても12時間以内に体内の血液を全部抜きとり、代わりに防腐剤( ホルマリン )と赤い色素を混合した防腐液を血管や腹部、胸部に注入します。

その際に頸動脈あるいは鎖骨付近、大腿部を切開して動脈、静脈を取り出して、そこの動脈から体内の血液を抜き取り、代わりに防腐液をポンプで静脈から圧送して全身の体内に行き渡らせ、更にマッサージをするなどの方法により血液の入れ替えを完全なものにします。

参考までにエンバーミングを施した義母の遺体は、血液交換の為に切開した頸動脈の傷口を隠す為に、首筋が死装束で巧みに隠されていました。

3:修復、整顔、
長年病床に伏し痩せ衰えて、あるいは老衰で死亡した肉親の顔を健康で元気な頃の状態に戻して、その姿を目に焼き付けてお別れしたいと思うのは自然な感情です。また交通事故などに遭い、顔が大きく傷付き破損した遺体の整形、修復なども死者の尊厳を保つために必要であり、それもエンバーミングの守備範囲です。

それ以外にも安らかな死顔にするために、シワを少なくしたり頬を豊かにし、必要に応じて遺体の瞼の裏側にプラスチックの薄い板を挿入して目を閉じた状態にするとか、遺体の口が開かないように上顎と下顎を口の中で縫い合わせるなどの方法をとる場合もあります。

注:)
イラクで武装組織により捕らえられ首を切断された香田証生さんの遺体は、飛行機で平成16年11月6日に日本に運ばれましたが、遺体を空輸をする場合には多くの国では、エンバーミングを実施した証明書が必要になります。それに遺体の尊厳を保つために、切断された首を縫い付ける作業も必要になりますが、これらはエンバーマーの仕事です。
エンバーミングの詳細についてはここをクリック

葬儀屋は先手必勝

86才の義母は長い間 ガン のために入退院を繰り返していましたが、平成14年9月に肉親に見守られて息を引き取りました。医師が死亡を宣告し死が義母を苦しみから解放したので、「 お婆ちゃん長い間病気で苦しんだけれども、楽になって良かったね。」と悲しみと共に死者にいたわりの言葉を肉親が掛けている最中に、婦長が入ってきて開口一番、ゴジョカイに入っていますか?。と我々に尋ねました。

一同互いに顔を見合わせ、 「 ゴジョカイ 」 という聞き慣れない言葉の意味について考え、葬儀費用を長年積み立てておく 「 葬儀互助会 」 のことである、と理解するまでに数秒の時間を要しました。それからが葬儀屋の代理人 (?) である婦長との交渉の始まりでした。

[ 我々の答 ]:互助会には入っていません。

[ 婦長の問い ]: ではどこの葬儀屋にするのか、決めましたか?。

[ 答 ]:未だ決めていません。

義母が息を引き取ってから まだ五分しか経っていないのに 、ご家族からご遺族になった途端にもう葬儀屋を決める話になりました。しかも相手は、病院の婦長でした。更に 死亡したら 30分以内にご遺体を引き取って頂きます 、と脅しを掛けられたのです。

後になって病院にはそんな規則はなく、一応遺体を病院の霊安室に移すものの、引き取りには半日程度の余裕があることが分かりました。病院指定の葬儀社とグルになった 悪徳婦長が 、遺族に葬儀社を選択する時間的余裕を与えないように、葬儀契約を急がせたのです。

明後日は友引きですから、葬式は早くても 3日後になりますよ。夏場 ( 9月 ) はご遺体が傷み易いので、この際 しっかりした葬儀社 を選ばないと
相手 ( 婦長 ) はあたかも義母が死ぬのを待っていたかのように、すでに友引きの日まで調べていました。なんと手回しの良いこと。

幸いこの病院と提携している葬儀社がありますので、そこに依頼すれば、ご遺族は何もしなくても滞りなく葬儀ができます
とても婦長とは思えない、あたかも葬儀屋の勧誘員のような巧みな セールス・トークを聞かされて、義母の葬儀は未だ先の事と予想していて葬儀に無知な我々は、婦長の言う 「 信頼できる葬儀社 」 に依頼することになりました。

さらに

ご遺体は長い闘病生活でかなりお顔が変わっていらっしゃるので、お顔をきれいに整えるなどの処置 ( エンバーミングのこと )をされてはいかがですか?。ご病気になられる以前の安らかなお顔でお別れができますので、 最後の親孝行 になりますよ。

最後の親孝行などという 泣かせる言葉 を聞かされたので、親孝行な女房 ( ? )と相談のうえ、エンバーミングを依頼することにしました。

[ エンバーミングされた遺体との再会 ]

婦長の言う信頼できる葬儀社に決めたとたん相手は態度をがらりと変えて、
ご遺体の件や、葬儀社への連絡は病院の方で致しますから
と、とたんに親切になりました。こういう性格の人は、私は大嫌いで軽蔑します。なお親戚の者の話によれば遺体が病院から運び出される際に、担当医師、例の婦長も玄関先に見送りに出たとのことですが、多分葬儀契約を獲得する度に彼等は葬儀社から、 それなりの キック・バック ( 手数料、10万円程度?)を貰い、葬儀社はその分を葬儀代金に上乗せして、請求する仕組みになっている のに違いありません。

病室で義母の思い出に浸っていると、エンバーミングをするから部屋を出て行くように言われましたが、3時間程度かかるのだそうです。それ以後義母の家で葬儀社員との葬儀の打ち合わせ、近親者への連絡に当たりましたが、その間に遺体は葬儀社によってエンバーミングの処置をされて葬儀場の霊安室に移されました。

その日の夕方に霊安室に行き母親の遺体と対面した一同は、その変わり様に驚きの声を上げました。

女房の言葉、

お母さんすっかり若返ってしまい、花嫁さんになったみたい!
遺体の顔も手も死者特有の死蝋ともいうべき黄色味がかった肌の色は全くなく、健康な人の肌の色と同じ ピンクがかった状態でした。 4年に及ぶ ガンとの闘病生活で、骸骨が皮を付けたように病み衰えていた顔はふっくらと整形され、86才にもかかわらず深い シワも殆どなくなり、薄く化粧され唇もみずみずしい状態でした。詳しい方法は企業秘密なのだそうです。

更に通常であれば夏場の遺体の保存には、大量の ドライアイスを遺体の腹や胸の上に乗せて冷却し、蒸発する ドライアイスを常に補給する作業が不可欠ですが、今回その作業は全く必要ありませんでした。

注:)
参考までに遺体の保存、冷却に使う ドライアイスの量は、通常 1日当たり 10 キロ必要とし 、その費用は1日当たり8千円だそうです。

ドライアイスを必要としなかったのは、遺体の保存の為に血液と防腐剤 ( ホルマリン溶液 ) を入れ替え、腹部にも注入した効果によるものでした。死亡してから3日後の葬式当日になると肌の ピンク色は少し薄くなり、自然な肌の色合いに近くなりました。予めそれを考慮した上で、防腐剤に混入する色素を調合していたのかも知れません。

葬儀当日に会葬者からも、「 きれいなお顔ですね。まるで生きているみたい 」という声が多く寄せられました。故人もそれを聞いてさぞ喜んでいたことでしょう。病院における勧誘の仕方に問題があったものの、我々も最後の母親孝行に エンバーミングを依頼して良かったと思いました。

女房曰く

私が死んだら母親の様に エンバーミングをして、若返った綺麗な顔にしてね、頼んだわよ!。

実物よりも顔を良く見せようとする女性の執念は、 死後も失われない(?)ことを 、改めて認識させられました。


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