はじめに

爺さんの像 私は昭和の一桁生まれの男性です。会社を定年退職後、紀貫之の土佐日記ふうに書けば、

人もすなる ( するという ) パソコンというものを、六十路 ( むそじ ) の半ばを過ぎた自分もしてみむとて、
と一念発起して 、いささか時期を失した 「 六十の手習い 」 を始めました。

老犬のイラスト

老犬は芸を覚えない という西洋の諺がありますが、老化した脳ミソを使っての パソコンの独学は試行錯誤の連続でした。

当時は 「 娘に教わる六十五才からのパソコン 」 のような老人向けの平易な解説書、参考書もなく、分厚く不親切で、しかも難しく書かれた パソコンの マニュアルを読んでも簡単な操作方法が分からず、途方に暮れたこともありました。徒然草の一節に、

少しのことにも、先達はあらまほしき ( 有って欲しい ) ことなり
とありますが、退職後は身近に パソコンの先達にも恵まれず、努力の割には学習は、はかどりませんでした。このたび生まれて初めての 「 作品 」 を完成しましたが、ボタンを初め手作りのものです。


昔の出来事

  1. 私は昭和八年 ( 1933年 ) に東京で生まれました。日本が国連の前身である国際連盟を脱退し、世界の孤児になった年です。

    その前年 ( 1932年) には政党の腐敗や、ロンドン条約による軍縮に憤慨した海軍の青年将校などが、五、一五事件と呼ばれるクーデターを起こして犬養首相が暗殺されました。

    また中国東北部への権益拡大を図るために、辛亥 ( しんがい ) 革命 ( 1911年 ) により廃された、清(しん)王朝最後の皇帝である溥儀 ( ふぎ、1906〜1967年 ) を擁立して満州国を建国しました。

  2. 三歳 ( 昭和十一年、1936年 ) の時に軍事クーデターである 二、二六事件 が起き、それ以後軍部の発言力が増大しました。

  3. 四歳 ( 昭和十二年、1937年 ) の時に支那事変 ( 日中戦争 )が始まり、日本は第二次大戦に至る破局の道を歩み始めました。

  4. 七歳 ( 小学校一年、1940年 ) の時が 皇紀二千六百年 の年にあたり、街に祝賀ムードがあふれました。

  5. 八歳 ( 小学校二年、1941年 ) の時に 大東亜戦争 ( 第二次大戦 ) が起きました。

  6. 十一歳 ( 小学校五年生、1944年 ) の夏には米軍機の空襲を避けるため、長野県の山奥へ 学童集団疎開をしました。

  7. 十二歳 ( 小学校六年生、1945年 ) で敗戦を迎え、田舎に疎開中の親と一緒に暮らせるようになりました。



以下は、第二次大戦の開戦前後から敗戦直後の混乱した時代に、少年期を 過ごした頃の話です。

次頁へ 目次へ 表紙へ