一神教と自爆テロ
[1:宗教の必要性?]聖書など読んだことがなく宗教に無知な私は、その昔、旧約聖書のことを古い時代に 「ほん訳」された聖書であり、新約聖書とは新しい時代に 「ほん訳」された聖書であると思っていました。その後「旧約」や「新約」の「約」とは「ほん訳」とは無関係であり、「神との契約( testament )」の意味であって、新約つまり新しい約束とは、イエス・キリストによって神との契約が更新された、という意味であることを知りました。神と人が互いに契約するなどとは無信仰の私にとっては初耳であり、西洋の神様とは契約能力(人格)を持つ者であることを初めて知りました。宗教に関してその程度の知識しかない私が、恥知らずにも今回宗教を題材にすることを思い付きましたので、そのつもりでお読み下さい。
人はなぜ宗教を求め、それを信じるのでしょうか?。それには心の安らぎを求める為であり、人によっては家内安全、無病息災、商売繁盛や大学入試合格、良縁祈願などのいわゆる現世の御利益を求め、あるいは極楽往生などの来世の御利益を願う場合もあります。
来世の御利益といえば、イスラムを防衛する戦いに生命を捧げた自爆テロの男性には、アッラー(イスラム教の神、英語読みではアラー、Allah )からの褒賞として天国でそれぞれに、七十二人の処女が与えられるという来世の御利益を信じる者もいます。しかし現在イラクで起きているイスラム教同士の、シーヤ派とスンニ派の対立で自爆した場合には、アッラー(イスラム教の神)がご褒美として下さる、前述の女性の件はどうなるのでしょうか?。貰えるのかそれとも貰えないのか、他人事ながら心配になります。 ちなみに自爆テロに占める女性の割合は四パーセントですが、志願の動機は夫や子供、親族が殺されたことへの復讐といわれています。イスラエルと戦うパレスチナ人の自爆テロの場合には、どこかの産油国から犯人の遺族に対して、一万ドル(115万円)の報奨金が支給されるのだそうです。月収が少ないパレスチナの住民にとって、報奨金の額は数年分の年収に相当するといわれています。 信仰心が無い私は七十三才の今日まで、両親と兄の葬式以外に仏教の世話になったことはありませんが、強いていえば退職後に「一人旅」に出たくなり、スタンプ・ラリーのつもりで四国霊場八十八箇所全てを歩いて遍路しました。その際には札所毎に三百円を支払い納経帳にハンコを押してもらいましたが、大人になってから宗教に願いごとをしたり、 精神の安らぎを求めたことなど一度もなかったし、今後もないと思います。
一瞬の判断ミスや操縦操作のミスにより、最悪の事態ともなれば、数百個の棺桶が地上に並ぶ恐れのあるパイロット生活で、長年培われた私の人生哲学は、
いざという場合に頼れるものは宗教を含めた他人ではなく、機長である自分の腕と判断だけ、自分で決断し、自分が全責任を負うということでした。写真は三十六年間のパイロット生活を無事故で終えた、ラスト・フライト(ホンコンから成田へ)の後で。 日本人男子の平均寿命は七十八才だそうですが、来年七十四才を迎える私には残り僅かな人生となりました。今後予想されるガンなどの病気に罹った際には、延命治療などは拒否し宗教の世話にもならずに、人生の終わりを自分らしく素直に受け入れるつもりです。結論をいえば宗教を必要とする人はそれを信じて、臨終まで神仏に救いを求め、あの世に導いてもらえばよく、必要のない人は今まで通りの無信心の生活を続ければ良いと思います。宗教が布教の道具に使うあの世(天国や地獄)があるとか無いとかの話は、死んでから初めて分かることなので、生きているうちにあれこれ考えるのは無駄なことです。
[2:宗教に救いを求めるのは、必要になってからでも遅くはない]ところで世の中にはお節介な人が多くいて、キリスト教や成長の家、創価学会、?? 教、などなど、もろもろの宗教の信者が我が家にも信仰の押し売りに来ます。始末の悪いことにその人達は他人に迷惑をかける行為であるにもかかわらず、「心の貧しき者」、「迷える羊」を救済するなどと称して、一人よがりの使命感、宗教の義務感に燃えているのです。ハゲ、水虫、神経痛、腰痛の薬が自分にとって どれほど効果があり、必要だとしても、他人には必ずしも必要がないことを理解できずに、薬(入信)の押し売りをするのです。そういう場合には、私は次のように返事をすることにしています。 今のところ宗教は不要ですので、押し売りに来ないで下さい。必要になったらお願いに行きます。その時になって以前断ったからダメというのであれば、その宗教はインチキとみなしますから。宗教の職にある者や宗教の熱心な信者とは、おこないも立派で、普通の人よりも品行方正であるとつい思いがちですが、必ずしもそうではありません。栃木県の田舎にある私の村では、寺の坊主は村人から「性質が良くない人間」とみなされていますし、隣村の寺の坊主は物欲が旺盛で檀家に米を持ってこい、野菜を持ってこい、まんじゅうを持ってこいなどと常に「タカル」ため、村人の中には嫌気がさして檀家を離脱し、神道に鞍替えした人たちが十人以上いました。もっとひどい例は京都府八幡市にある聖神中央教会の在日の金(キン)主管牧師(63才)で、信者である十三才前後の少女五人と成人女性二名を地獄に堕ちるぞと脅迫し、平成12年から16年にかけて常習的に教会内で レイプしていたのが発覚しました。警察に逮捕されて平成18年2月21日に、懲役 二十年の実刑を宣告されました。信仰を持ちながらも悪事を働く人間が多いのは、ここ「58:奴隷」を見れば明らかです。
[3:ユダヤ教から派生したキリスト教、関係が深いイスラム教]ご存じのように宗教には唯一、絶対の神を信じる「ユダヤ教」、「キリスト教」、「イスラム教」のような「一神教」と、ギリシャ神話にある「愛の神、ヴィーナス」、「戦の神、マルス」、「酒の神、バッカス」などの神々や、日本における上は伊勢神宮から下は森羅万象、山の神まで、八百万(やおよろず)の神々を祀る土着神道や、仏教、ヒンヅー教の神々の如く、複数の信仰対象を持つ「多神教」とがあります。上の絵はローマ神話における春の女神と、ギリシャ神話の性愛の女神とが同一視された ヴィーナス( Venus 、 ラテン語では色欲の意味 )と、戦の神の マルス( Mars )です。 前述した一神教に共通した教義とは、 この世界は神が全て作ったものであり、神の意志により運営され、神の意志により終止符がうたれる。そこではあくまでも神が中心にあり、人間は神に対する従属的存在である。とするものです。ここでの信仰とは神との正しい主従関係を結ぶことであり、だからこそ契約の考えが生じたのでした。換言すれば契約とは、一神教に対する正しい信仰生活を営むことの約束です。 三つの宗教のうち最も歴史が古いものは「ユダヤ教」であり、次が「キリスト教」、最も新しいものが「イスラム教」でした。 つまり紀元前五世紀頃に最初にユダヤ教の旧約聖書が作られましたが、そこには天地創造物語、十戒、ユダヤ民族が神により選ばれた選民であり、神により救済された歴史として書かれていました。その後西暦三年頃に、ユダヤ教の信徒の中からヨルダン川のほとりにあるベツレヘム(現在のナザレ)でイエスが生まれ、後に新興宗教であるキリスト教を創設しましたが、彼のおこなったこと、述べた言葉を基本にして新約聖書が作られました。さらにそれから六百年後に、イスラム教のコーランがそれを参考にして作られたということです。 キリスト教の聖典であると思っていた旧約聖書が、元をただせば実は古くからあった「ユダヤ教」の聖典であったことでした。すなわち両者は互いに近い関係にある宗教(兄弟宗教)というべきものでした。驚くことにそれだけでなく、「イスラム教」の教典のコーランでさえも、旧約聖書によく似た文言が数多く含まれていました。 一例を挙げますと、ユダヤ人の祖であるアブラハムは紀元前1650年ごろ、ヘブロンにある洞窟周辺の土地を、当時ヘブロン周辺に住んでいたヒッタイト人から買い取り、自らを含む一族の墓所にしたと旧約聖書の創世記に書かれています。この洞窟は「マクペラの洞窟」と呼ばれ、重要な聖地となっています。アブラハムが洞窟周辺の土地を買ったことは書物の中の架空のことではなく、歴史的な事実だとされ、この取引によりユダヤ人はこの地に住む権利を持ったのだと、イスラエルの宗教右派の人々は主張しています。 ところがアブラハムの物語はイスラム教のコーランにイブラヒムの話として載っていのです。イスラム教では、イブラヒム( アブラハムとは名前が異なりますが、同一人物 )は「最初のイスラム教徒」とされます。このため、マクペラの洞窟は、ユダヤ教とイスラム教の両方の聖地となっています。
[4:キリスト教の違い]キリスト教と他の二つの一神教との大きな違いは、律法、つまり神により預言者を通じて与えられる宗教や倫理生活上守るべき規範(戒律)が殆どないことです。ユダヤ教にはトーラーがイスラム教にはシャリ−アがあり、割礼(次項参照)をはじめ、あれを食べるな、このような方法で処理されたものを食べろ、などなどの日常生活上の「戒律」が数多くありますが、キリスト教には食事制限(?)や戒律らしい戒律がありません。最も戒律に厳しいのはご存じのイスラム教で、コーランには日常生活の細部にわたる戒律が書かれていますが、その中には特に男尊女卑の戒律が多く含まれていて、女性は不便な生活を余儀なくされています。ついでに言うと旧約聖書は、昔から現在あるような一冊にまとまった本ではなく、四十冊近くのキリスト教の正典と、外典を寄せ集めて作ったものであり、しかも歴史的順序に沿って書かれたものではなく、異なる時代に書かれたものを後年にまとめた、「旧約全集」とも呼ぶべきものでした。注意すべき点はユダヤ教には、キリストが生まれる五百年近く以前に書かれたユダヤ教の聖典がありました。その内容とはキリスト教徒が作成した旧約聖書と主要部分は同一であり、各部の配列が異なるだけといわれていますが、その理由は古くから存在していたユダヤ聖典を、キリスト教徒がコピーして旧約聖書を作成したからです。
[4:割礼]![]() 割礼とは男児の陰茎の包皮を切開したり、かつては女性の小陰核を除去したりする習俗のことで、古代から多くの民族の間でおこなわれました。今日ではユダヤ教徒、イスラム教徒、アフリカの諸部族などでみられます。ユダヤ教では神との契約の「しるし」として、生後八日目の男児に対して行います。
アブラハムは神が命じられたように、八日目にその子イサクに割礼を施した。(旧約聖書、創世記第二十一章、四節)右上の絵はイエス・キリストが割礼を受けているところです。キリスト教社会では「イエスを殺した民族」として、ユダヤ人を憎んできました。カトリック教会もプロテスタント教会も、長い間「キリストを十字架に架けたユダヤ人を憎むこと」を肯定してきました。イエスを殺したユダヤ人は目の仇にされ、現在もキリスト教社会から偏見の目で見られていますが、イエス本人は、間違いなくユダヤ人でした。
ユダヤ教徒やイスラム教徒になる為の必須条件は、前述した創世記にある如く、男子にあっては割礼を受けることです。女性に対する割礼はさすがに殆どの国ではなくなりましたが、アフリカの一部では現在もおこなわれていて、割礼を受けていない女性は不潔であり、結婚の資格無しとされるのだそうです。 ところで私は割礼を受けたばかりの乳児(男)の性器を、アメリカで見たことがありました。昭和32年(1957年)当時のこと、フロリダ州で日本人の戦争花嫁(敗戦後の日本に駐留した、占領軍の軍人と結婚した女性のこと)と結婚したユダヤ人と知り合いになり、家に何度も呼ばれましたが、その当時のアメリカの家庭では使い捨てのオムツは未だ開発されずに、布のオムツを使用していました。
オムツ交換の際に赤ん坊の局部にガーゼが当ててあったので、ケガでもしたのかと思い尋ねると、Circumcision をしたとのことでした。露出させられた乳児の局部が唐辛子のように赤かったのを覚えていますが、本で読んだ割礼の習慣が二千年以上も、ユダヤ民族に受け継がれていることを初めて知りました。割礼の理由は男子にあっては清潔を保つためであり、女性の場合は性感を無くし、身持ちをよくすためといわれています。
[5:パレスチナの紛争と聖書]旧約聖書の時代から現在に至るまで続くパレスチナ紛争の根本原因は、旧約聖書の記述にありますが、その「創世記の十五章、十八節」の記述によれば、かねてから神を篤く信じていたアブラム(前述したアブラハムと同じ)という男の所に、突然、主(しゅ、神)が現れて、アブラムと契約を結んでこう言いました。 「私はこの地をあなたの子孫に与える、エジプトの川から、かの大川ユーフラテスまで」エジプトの川とは言うまでもなくナイル川のことであり、主(しゅ)がアブラムに与えたとするその範囲を、現代における中東の国でいえば、ナイル川以東のエジプト領、ヨルダン、イスラエル、レバノン、サウジアラビア北部、ユ−フラテス川以西のイラク領を含む広大な地域のことでした。
ユダヤ人が信じた神様も実に大盤振る舞いをして広大な土地を与える約束をしたわけですが、アブラム(後のアブラハム)という男の他には誰もこの言葉を聞いた者(証人)がいませんでした。ユダヤ人がカナン(現在の パレスチナ )の地を自分達の土地と主張するのは、この物語(神話、伝説)を根拠にしたからでしたが、数千年も前の神話、伝説を根拠にして、領有権を主張するのには疑問が残ります。写真は三つの宗教の聖地(注参照)があるエルサレムの風景です。
注:エルサレムの聖地 ユダヤ教にとってはローマ軍により破壊されたエルサレムの神殿跡である西側の壁、通称嘆きの壁があり、キリスト教ではイエスが十字架を背負わされて歩いた処刑場のゴルゴダの丘(現在、聖墳墓教会が建つ)に通じる悲しみの道があり、イスラム教ではモハメット(ムハンマド)が昇天した場所には、岩のドーム(上の写真で右側の金色のドーム) があります。
[6:パレスチナ紛争、イギリスが最大の戦犯]パレスチナは今でこそ荒れ野ですが、別名を「乳(ちち)と蜜(みつ)の流れる地」と呼ばれ、当時はレバノン杉が鬱そうと生い茂る森がある土地でした。レバノン杉は香りが強く、古代ローマ時代に地中海の海洋貿易で栄えたフェニキア人が、船喰い虫の被害が少ない木材として船を建造するのに最適としたものでした。ところでモーセ(モーゼ)に率いられてエジプトを脱出したユダヤ人たちは、直ぐにカナンの地にやって来たわけではなく、四十年間も砂漠をさまよい続けましたが、その理由は神から約束されたカナンの地には、既に先住民が住んでいたからでした。旧約聖書のヨシュア記にある如くにユダヤ人は先住民を虐殺に次ぐ虐殺をして土地を奪い、そこにユダヤ王国を築いたのでした。一時はユダヤ人の王国を建設したものの、やがて分裂し滅ぼされてしまいましたが、それ以後ユダヤ人は二千年もの間、国を持たない流浪の民として独特の商才と習慣、宗教を保ち続け第二次大戦後にイスラエル国家を建設しましたが、これにはイギリスの二枚舌外交と、ユダヤ人に対するアメリカの後押しがあったからでした。 イギリスは、第1次世界大戦中、トルコと戦うためにユダヤ人の援助を求めて、1917年にイギリス外相のバルフォア(1848〜1930年)が バルフォア宣言を行い、ユダヤ人にはパレスチナの地に彼等の国を建設させることを約束しました。これに基づいてユダヤ人のパレスチナ移住が始まりましたが、狡猾なイギリスは、それ以前にトルコとの戦いを有利にするために、トルコ領内のアラブ人の助けを求めて、1915年にイギリスの駐エジプト高等弁務官マクマホンが、アラブ人指導者のフセインとの間にフセイン・マクマホン協定を結び、アラブ人にトルコからの独立を約束し、パレスチナにアラブ人国家を建国することを承認するという協定を結びました。 つまりイギリスはユダヤ人、アラブ人の双方に対して、パレスチナに国家を建国させるという二重の約束をしました。 第1次世界大戦でトルコが破れると、パレスチナはイギリスの委任統治となり、ユダヤ人とパレスチナ人のあいだに暴動やテロが続発しました。 1937年にイギリスはパレスチナを、ユダヤ人とアラブ人の国に分割する提案をしましたが、アラブ側は拒否しました。つまり旧約聖書の記述の他に、イギリスこそがパレスチナ紛争の原因を作った最大の戦争犯罪人でしたが、現在では口を拭って知らぬ顔を決めこんでいます。 イスラエル建国のトバッチリを受けたのが、パレスチナに長年住んでいた住民でした。ユダヤ人により住む場所を追われてしまい、今度は彼等が流浪の民となり、難民となりました。それ以後何度も中東戦争が起き、イスラエルとパレスチナ住民との武力衝突や、自爆テロは今も続いています。
[7:なぜ豚を食べないのか?]
[8:イスラム教を知る為の ヒント]
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