熊の当たり年


1、熊による被害

黒熊 今年(平成16年)は長く続いた夏の暑さや台風の度重なる襲来などの異常気象のせいか、本州では熊による人の被害が多発しています。昨日(10月4日)までの被害の状況は死者が1名、負傷者が67名でしたが、これらはいずれも「月の輪熊」による被害でした。ご存じのように「月の輪熊」とは胸部に三日月状の白い模様がある小型の黒熊のことで、北海道にいる「ひぐま」とは別の種類です。左の写真はカナディアン・ロッキーのバンフ国立公園で、車の中から撮影した野生のアメリカ・黒熊(American Black Bear)ですが、ほぼ同じ大きさで、近い種類である右下の「月の輪熊」5才の剥製を参考にして下さい。

月の輪熊の剥製

2:ブラキストン・ライン

「月の輪熊」は本州にいても北海道にはいませんが、逆に北海道の「ひぐま」は本州にはいません。その理由は津軽海峡があるからです。「ひぐま」は泳げないから?。とんでもない後で説明します。イギリスの軍人で動物学者のブラキストン(1832〜1891年)は、1861年に函館を訪れそこに20年以上居住しましたが、気象観測や鳥類採集を行い津軽海峡の北と南では、鳥類や哺乳動物などの動物相に明白な違いがあることを発見しましたが、後にその境界線のことをブラキストン・ラインと呼ぶようになりました。

北海道には月の輪熊だけでなく猿もいませんが、これらの動物はアジア・モンスーン地帯に生息する動物です。その反面北海道だけにしかいないエゾシカ、エゾオオカミ(当時生息していた大型のオオカミ)、縞(しま)フクロウ、縞リス、エゾ赤蛙、エゾ雷鳥などは本州のものとは異なり、北方のシベリア地方の動物と共通するものした。

3:熊について

熊檻注意 私はこれまで北アルプスの高い山を登ると共に、低山の山歩きもしましたが、これまで一度だけ野生の「月の輪熊」を見たことがありました。場所は京都府北部の福井県と滋賀県に境を接する芦生(あしゅう)の原生林の中でしたが、それ以来熊がいそうな山では安全の為に、腰に Bear Bell(熊除けの鈴)を着けることにしました。さらに山では熊を捕獲するための熊の檻を何度も見ましたので、それだけ熊がいる証拠でした。

九州では既に絶滅したとみなされ、四国でも絶滅の可能性が高い状態の「月の輪熊」が、本州では今回の一連の熊騒動から、予想外に生息数が多いのではないかと想像します。月の輪熊はこれまで攻撃性が少ないといわれてきましたが、異常気象による山でのエサ不足が原因で里に下りて食料を探し、人との遭遇から危害を加えたのではないかと思います。

4:「ひぐま」による被害

人に危害を加える点で「月の輪熊」とは比較にならない程「どう猛」なのは、北海道に住むより大きな「ひぐま」です。明治11年(1878年)に3名を喰い殺し2名を負傷させた、熊害史上三番目になる「札幌丘珠(おかだま)事件」の「人喰い熊」の剥製が、札幌植物園に展示してありました。

ひぐまの姿 熊による最大の事件は大正4年(1915年)12月に、北海道天塩(てしお)国、苫前(とままえ)村(当時)で起きた「苫前三毛別(さんけべつ)事件」です。留萌(るもい)市から日本海に沿って最北端の稚内方面に向かう「オロロン・ライン」を40キロ北に行くと苫前町がありますが、そこから天塩山地を南東に20キロ入ると六線沢の開拓地があり、そこが事件の現場です。

一頭の「ひぐま」が3日間に延べ12戸の開拓農家を襲い、6名を殺害し、3名に重傷を負わせるという、世界の熊害史上に例のない大惨事が起きました。この熊は最初に部落に出没してから6日後に射殺されましたが、俗に金毛と呼ばれる見事な黒褐色の大物で、頭部には特に金毛が密生していて、推定年齢は15才で、体長が約2.5メートルにもなる巨大な雄熊でした。

昭和45年(1970年)に福岡大学ワンダーフォーゲル部の学生3名が「ひぐま」に殺された、日高山脈での事件も有名です。5名の学生が日高山脈を縦走した際に幕営中に熊につきまとわれ、3日間にわたり次々と学生が殺されたもので、加害熊は2才半の雌でしたが、この年齢の熊でも人を襲い食べるのです。

アラスカで20年間野生動物の写真を撮り続けていた「星野道夫」がカムチャツカ半島で野生動物撮影のため幕営中に、ひぐまに襲われて死亡したのは、平成8年(1996年)のことでした。彼を襲ったのはテレビ撮影のため、カムチャッカにやってきたカメラ・クルーが餌付けをしたカムチャツカ「ひぐま」で、人の臭いから餌にありつけることを学習したからでした。

アラスカの茶色熊

カムチャツカ半島では頭数に制限があるものの、米国本土の Grizzly (グリズリー、灰色熊)よりも大型の「ひぐま」の狩猟が許可されていて、毎年米国のハンターが訪れます。左の写真はアラスカのコディアック(Kodiak)島などに生息する、ヒグマの仲間では最大のコディアック・ブラウン・ベア( kodiak brown bear 、茶色熊)で、米国アラスカ州・アンカレージのヒルトン・ホテルのロビーにある剥製です。身長170センチの私と比べると分かりますが、立ち上がると3メートル近くあり、体重は300キロ以上です。

北極熊 熊の中で最大のものは北極熊ですが、同じくヒルトン・ホテルのロビーにある剥製です。探検家「植村直巳」は犬そりで北極点に到達しましたが、その途中で臭いを嗅ぎつけて何キロも先からやって来た北極熊に付きまとわれた為に、ライフル銃で射殺しました。 北極圏ではサバイバルの道具として、ライフル銃は必需品です。

5:熊は水泳が得意

洞爺湖の中島 ひぐまが水浴びを好み、泳ぎが達者なことは昔からよく知られています。北海道の洞爺湖の中央には中島がありますが、そこである人が養豚を始めました。飼育していた豚の数がだんだんと少なくなって行くので不思議に思っていた所、ある日3キロ離れた湖岸から中島に向けて泳いでいる「ひぐま」を発見しました。泳いで島に来てはエゾシカよりも容易に捕食できる、豚を食べていたのでした。

利尻島のひぐま 遠泳の記録もあります。明治45年(1912年)5月に北海道の日本海沿岸の天塩(てしお)から、直線距離で19キロ離れた利尻島鬼脇の石崎海岸まで、一頭の巨熊が泳ぎ着きました。住民に騒がれたため再び海に入り、天塩目がけて泳ぐ途中に舟の上から殺獲されました。この「ひぐま」の頭胴長(鼻先から頭と背に沿って、尾の付け根まで計った長さ)は2.3メートルあり、推定年齢7〜8才の雄熊でした。(写真は同年6月2日の北海タイムスのもの)

昭和59年(1984年)6月には津軽海峡に面した渡島(おしま)半島の福島町で、沖合を泳ぐ「ひぐま」が発見され射殺されましたが、三歳の雄でした。

津軽海峡に面した津軽半島の竜飛岬と北海道の白神岬の間は直線距離で20キロメートル、下北半島の大間岬と北海道の汐首岬との間の距離は19キロメートルです。前述の利尻島で示した「ひぐま」の遠泳力からすれば到達可能な距離ですが、強風地帯でもあり、海峡を西から東に抜ける対馬暖流の流れが速いので、これまで泳ぎ渡ることは無かったと思われます。

7:熊による被害を避けるには

ある時夫婦の個人旅行の際にカナダのカルガリー空港でレンタカーを借り、カナディアンロッキーにあるバンフ国立公園に3泊しましたが、車で公園に入る際に渡されたパンフレットには、貴方は熊の国にいる。主人である野生の熊に敬意を示せ。熊は食べ物の臭いに敏感、女性の香水は熊を引き寄せる。熊に関する知識と機敏な行動が、熊との危険な遭遇を避けることができると書いてありました。

明治37年以降平成4年末に至る89年間のうち、北海道の統計資料に残る68年間の人的被害は、死者146人、負傷者313人、合わせて459人でした。年平均の死者は2.2人弱、負傷者は4.6人で、毎年6.8人弱が犠牲になったことになります。

昭和30年以降平成4年末に至る38年間の死者は40人で、負傷者は86人でした。年平均の死者は1.1人弱、負傷者は2.3人弱でした

これに比べて本州の「月の輪熊」による、今年の被害の多さには驚かされます。富山県では昨年の熊による被害は僅か3名でしたが、今年は今日(10月6日)現在で4倍14名を記録しました。

「ひぐま」が人を襲うのは、主に以下の三つの理由からです。

  • 1:採食、つまり人を「エサ」とみなして喰うため。
  • 2:確保、排除、人が所有している食物(持ち物)、家畜などを入手するため。又は熊が既に自分の所有とした食物、縄張りなどを保持し続けるために、品物の所有者や近づく者を排除しようとする。
  • 3:戯れ、いらだち、特に2〜3才の幼獣の場合、好奇心から接近し戯れを目的とする場合が多いが、人を殺傷する能力が十分にある。また近くに存在したり出現する人そのものが、熊にとって目障りとなり、不快感をもたらす場合がある。

8:もし熊に遭遇したならば、

  • 1:絶対に逃げないこと。(動物の習性として逃げる者を追う。山の中でも時速50キロの速度で追いかけるので、逃げられない)
  • 2:出会った時の姿勢を急に変えないこと。
  • 3:徐々に対面になること。
  • 4:熊の目を凝視し、顔や体をそらさないこと。
  • 5:悲鳴をあげたり、大声で威嚇しないこと。
  • 6:物を投げつけないこと。
  • 7:武器になる物があれば、そっと手にすること。
  • 8:登れそうな至近の木をマークしておくこと。
  • 9:子熊が小さほど、母熊のいる距離が近いと思うこと。
  • 10:様子を見ながら徐々に後退し、なるべく熊から遠ざかること。
  • 11:もし熊が近づいて来たら襲われる公算がある。この場合でも動転しないこと。
    • (1):持ち物をそっと前に置き、熊に興味を引かせること。
    • (2):熊の挙動を注意しながら徐々に引き下がること。
    • (3):立木があれば、それを盾にすること。
    • (4):熊が立ち上がり襲って来たら熊手による「ピンタ」を避け、熊の鼻先と目に反撃を加える以外、生きるチャンスは無い。幸運を祈る。!

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