大峰山
1:山登り
私は五十才台の半ばから登山の趣味を持つようになり、富士山を初め北アルプスの高い山々から地元の低い山に至るまで、いわゆる中高年の登山者として仲間と一緒に登り、あるいは単独で山歩きをしました。
平成16年7月1日に高野山、熊野三山などの山岳霊場とそれらに至る大峰奥駆道、熊野古道などが、ユネスコの世界遺産に登録されましたが、私はそれまでにも奈良県川上村の柏木から登り、平安時代から続く大峰奥駆道 ( 縦走路 )を「 阿弥陀ガ森 」から、大普賢岳(1799m )、弥山(1819m )、八経ガ岳(1914m )釈迦ケ岳(1799m )を経由して歩き、前鬼に下山しました。
2:大峰登山と女人禁制昔から日本では高い山は信仰の対象として、あるいは山岳宗教、仏教の修行の道場として女人禁制が古くから行われてきました。中国の後周の時代(954年)に僧の義楚によって書かれた「義楚六帖」という本によれば大峰山(金峰山)について日本の都の南、五百余里に金峰山あり、頂上に金剛蔵王菩薩あり第一の霊威なり、山に松、檜、名花、軟草あり、大小の寺百あり、節行高道の者これに居す。かつて「女人ありて上がることを得ず」今に至りて男子上がらんと欲すれば三月酒肉欲色を絶つ。曰く菩薩はこれ弥勒の化身五台の文殊の如しとある如く千年以上前の中国の書物にも、大峰山の女人禁制のことが書かれていました。江戸時代に富士講の信者で賑わった富士山も寛永十二年(1800年)から女人禁制が解かれ、真言宗の修行道場の高野山、天台宗における比叡山なども明治初期からは禁制が解かれました。そして戦後は更に段階的に女人禁制が解かれましたが、山岳修験道の開祖「役の行者」が開いたとされる修験道のメッカ奈良県の大峰山 ( 山上ガ岳、1719m ) だけは、依然として女人禁制がおこなわれています。
山上に五つある宿坊の一つに泊まることにしましたが、九月も後一週間で戸閉めになる頃なので部屋は空いていて、六畳の部屋を一人で使うことができました。お盆前後の最も混雑する時期の各地の山小屋では、一枚の布団に見知らぬ者同士が二人で頭と足を互い違いに寝かされたり、ひどい時には三人で寝かされ、トイレから戻ると寝るスペースが無くなることもありましたが、その日の宿坊は正に天国でした。 時間が早かったので修験道の行場である「西の覗き」を見に行きましたが、そこでは先達に率いられた修験者の一団がいて、新人の行者に対して覗きの修行をさせているところでした。「 覗き 」 などというとかつてテレビのコメンテーターをしていた W 大学の教授が、手鏡で女性のスカートの中の覗きをして逮捕された事件がありましたが、「西の覗き」とは体に命綱を掛けられて断崖絶壁の端から空中に押し出され、「役の行者像」を拝むことです。修行の様子が面白いので見ていると、新人行者たちの「行」が終わったらしく修験者姿の係員が私に 「 七百円だけど修行をするか? 」 と尋ねたので、物好きな私は即座にお願いしました。
家内安全、交通安全、無病息災、災難消除、などの願い事を言い、それから私に質問しました。「 親に孝行するか?。ハイ」、「 奥さんを大事にするか?。ハイ」、「 賭博に手を出すな、 ハイ 」、「 ウソをついて人を騙すなよ。 ハイ 」、「 これでヨーシ 」。ようやく身体を引き上げて貰い、頭に上った血が下がるのかと思ったら、「 サービスするデー 」 と言いながら命綱を更に ズルズルとゆるめたので、太ももの辺まで崖の外に出てしまい転落かと肝を冷やしました。とんだ サービスを受けましたが、宿坊に帰り管理人に サービスの話をすると、彼等は山先達とか山案内人と呼ばれる地元の人達なのだそうです。 女人禁制の問題千三百年の伝統がある女人禁制を、女性に対する差別と捉えた奈良県の日教組に所属する、小、中学校の女性教諭十三名が、同じく八名の日教組の男性に護衛されて、平成十一年八月にひそかに大峰山に登山をして破りました。彼等は男女共生教育推進委員会 ( いわゆる、ジェンダー・フリーを主張する会 )の連中で、 民族の文化、伝統行事である七・五・三の雛祭り、五月の節句は男女の差別であると否定し、男の子の黒い色のランドセル、女の子の赤いランドセルは男女の性差別であり、男女共生に反するから 反対を主張 するという、偏向した考えの上に、更に 非常識や、バカが付く 考えの連中でした。 教育者ともあろう者が、平然と1300年の宗教的伝統を踏みにじった行為に対して地元民、宗教関係者は怒りをあらわにしていましたが、女性教員の一人は、「山は嫌いだけど今回初めて登った」と述べました。山が好きだから登ったのではなく、禁制を破るのが目的でした。代表の女性は「女人禁制の結界は人間が作ったものであることを実感した」と述べましたが、宗教的伝統、信仰、戒律などの精神的なことは全て人が定めたものである事を、破るまで気が付かなかった(実感しなかった)教職員の無知には、驚くほかはありません。 過去にスターリンが「宗教は阿片なり」とそれを否定し、毛沢東が率いた中国でも寺院を破壊し僧侶を追放しましたが、奈良県の日本教職員組合に所属する共産主義、社会主義者達にとっては自分達の主張だけが常に正しく、それ以外の考えは悪であるとして実力行使で宗教的伝統を踏みにじり、否定したのでした。 彼等が女性差別撤廃を求める堅い信念に基づき女人禁制を破るのであれば、事前に地元の信者や寺院に通告し、衆人環視の下で、テレビカメラが回る中を、正々堂々と登れば宣伝効果もあったと思いましたが、それもせずに、こそこそと登り、女人禁制は我々によって破られたと主張したのでした。 こういう考えの教師が日頃から子供を教えていて、しかも教師としてどれほど不勉強、無能力、考えが偏向していても、日本の公立学校では教師の身分が保障されていて解雇されないのです。こういう教師から勉強を教わらなければならない児童は、 とても不幸です 。大阪府だけでも指導力不足から教壇に立てない教師など、問題のある教師が四百人もいて、研修中と称して毎日授業も免除されて遊んでいるのだそうです。
アトス山女人禁制の山は日本だけでなく実は外国にもありました。ギリシャのアトス山(2033m )がそれで、1406年以来女人禁制なのだそうです。1988年にはギリシャ正教の聖地として、大峰山より六年早く世界文化遺産にも登録されましたが、欧州議会連合の要求にもかかわらず、宗教的伝統を守る立場を変えずに現在に至っています。ここには最盛期には四十にも及ぶ修道院がありましたが、現在は二十の僧院があり、ギリシャ正教の修道士たちが暮らしています。議論の際に 区別と差別 を意図的にすり替える のは、在日や同和の連中だけで沢山です。もし宗教的伝統における 男女区別 を否定するのであれば、「 女性修道院にも男性を入れよ、尼寺にも男子の僧侶を住み込ませろ 」 という話になりますが、それに同調するのは前述の 奈良県教職員組合に所属する、男女共生教育推進委員会の 偏向した無知な連中 だけでしょう。 スポーツ界においても米国のマスタース・ゴルフ・トーナメントを主催する有名なオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブでは、女性は会員になれません。会員が招待した場合だけ女性はプレイが可能なのだそうです。そこには単一の性を保持する権利が決められていて、女性に対する差別であるとする裁判においても、ゴルフ場側が勝訴したのだそうです。 欧米には雄鹿バー(Stag Bar)と称して、女性を入れない男性だけの「バー」がありますが、都市部での通勤時間帯における「婦人専用車」の利用も、男女共生教育(実際は性による区別の撤廃教育)を主張する日教組の連中は当然反対なのでしょうね。−−−さもないと理論の整合性が保たれませんが。
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