天然痘
[ 1:天然痘の流行 ]痘瘡(天然痘)の病原体は、 バリオラ・ウイルス ( variola virus )という伝染性の強いウイルスで、人から人へと空気感染や接触感染をします。日本では
[ 2:種痘 ]日本における種痘は明治 18 年 ( 1885 年 ) に種痘規則が制定されましたが、それによれば 1 才未満と、5 才〜7 才の間に合計 3 回の実施が義務付けられました。その後明治 42 年 ( 1909 年 ) の種痘法によれば、
第一条 種痘ハ左ノ定期ニ於テ之ヲ行フ、但シ痘瘡ヲ経過シタル者 ( 天然痘に罹ったことがある者 )ニ付テハ此ノ限ニ在ラスということで 善感 した場合、つまり種痘を植え付けた傷口に、「 オデキ 」ができて成功した場合には、合計 2 回で済むことになりました。 しかし昭和 31 年 ( 1956 年 )以降、国内での天然痘患者の発生は ゼロ となり、法律による種痘の義務接種も昭和 52 年 ( 1977 年 )で廃止され、以後は任意接種になりました。
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毒殺説について詳しく知るには、ここをクリック。 W H O の長年の努力が実を結び 昭和 55 年( 1980 年 ) には、W H O は世界中から天然痘を撲滅したとする安全宣言 を出しました。そして米国とソ連の 2 箇国だけが、天然痘の ウイルスを厳重に保管することになりました。その理由は バイオ ・ テロに備える予防法の研究の為だそうですが、その昔 イギリスによって天然痘の ウイルスが戦争に使用されました。
[ 4:バイオ ・ テロの危険性 ]天然痘の病原体の ウイルスが最初に 生物兵器 として使われたのは、18 世紀に イギリス軍によってでした。 イギリスと フランスが北 アメリカの植民地支配をめぐり、先住民や植民地人を巻き込んで フランス ・ インデアン戦争 ( 1755 年 〜1763 年 ) が起きましたが、その際に フランスは先住民の インデアンを味方に付けました。ところが イギリス軍は フランスに味方する インデアンに天然痘の流行を起こすことを計画し、 天然痘患者の使用した毛布を、英国兵が インディアン達に配りました 。その結果 インディアンの間に天然痘が流行し、 患者の半数以上が死亡しました。エドワード ・ ジェンナー( Edward Jenner ) が種痘を発見する、 30 年 以上前のことでした。
前述の如く今では天然痘の脅威は無くなり種痘の予防接種も世界中で廃止されましたが、万一 テロリストが天然痘の病原菌を入手し、多量に培養してそれを大都市の人混みで散布すれば、種痘の接種を受けた事が無い、つまり 免疫の無い人達 にたちまち感染し、天然痘が大流行する危険を一部の医学者は恐れています。 日本では 30才台前半以下の人がそれに該当するはずです。 写真は死の床にいる天然痘患者の姿ですが、天然痘 ウイルスは皮膚に発疹 ( 痘瘡、とうそう ) を生じるだけでなく、口 ・ 鼻 ・ 喉頭の粘膜 ・ 肺なども侵して肺炎 ・ 敗血症を併発して死亡します。
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