敗戦直後の鉄道

鉄道の被害統計

敗戦当時の鉄道は、相次ぐ空襲により施設、車両などに、甚大な被害を蒙っていました。全国では
  • 駅舎:百九十八ヶ所

  • 蒸気機関車:八百八十一両

  • 電気機関車:十両

  • 電車:五百六十三両

  • 客車:二千二百二十八両

  • 貨車:九千五百五十七両

  • 連絡船:二十二隻(七万九千七百七十四トン)、

    が失われていました。

客車の保守整備

空襲の被害を受けずに使用中の客車も貨車も、戦時中の酷使と物資不足のため、大部分の車両はきわめて保守が悪く、窓ガラスは破れたまま、座席の表面を覆う布は剥ぎ取られてスプリングが露出し、車内の照明もその三分の二が電灯のタマ切れから消灯したままで、薄暗い車内でした。

満員列車 金属部品も盗まれたまま補給がつかず、便所のカギも破損したままで、洗面所にいたっては蛇口も盗まれて、水などはほとんど出ないという状態でした。しかも一部の路線では客車の不足から有蓋貨車(雨に濡らさない荷物を載せる貨車)や無蓋貨車を使用して人を運び、客車の屋根にまで人が乗る混雑ぶりでした。

また車両の整備不良が原因で中央線の電車のドアが走行中に外れてしまい、乗客が神田川に転落する事故もありました。

(鉄道終戦処理史より)

当時三等車の緑色や二等車の青色の座席に使用されていた表面がケバ立った布が、六センチ幅で長さ三十センチにカットされて靴磨き用に闇市で売られていたそうですが、これが客車から盗まれ、剥ぎ取られた布の行方かも知れません。

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