「星ひとつの夜」

 

『岸辺のアルバム』(1977年)をはじめ『早春スケッチブック』や『ふぞろいの林檎たち』
『男たちの旅路』などでおなじみの山田太一の脚本で、渡辺謙が主演のテレビ・ドラマ『星ひとつの夜』がフジテレビ系で放映された。
テレビからは毎日のように殺伐としたニュースが伝わり、ドラマも内容が結末を急ぐ過激なものが多くて興味も薄らいでいるが、これは期待どおり登場人物の関わり方がていねいな会話で進む人間がくっきりと描かれたドラマで、久方ぶりに見ごたえがあった。
 
 テレビドラマ出演が『砂の器』以来およそ3年ぶりという渡辺謙は、制作発表で「もういちど原点に戻ってみないかという誘いを頂いた気がしました。せりふにこだわり、微妙な空気をいつくしむ、そんな山田太一作品です。映画『明日の記憶』や『硫黄島からの手紙』など深い話が続いていて、次は何をやるべきか霧の中にいるような状態の時だったので、その霧をひとつの星が僕にうっすらと光を与えてくれたような気がしました」と語っている。
 
 渡辺謙が演じたのは、ある理不尽な事件でつらい11年間の刑務所暮らしを終えた、孤独なコンサート会場の清掃員52歳の野々山で、ある日勤務中に会場に忘れられていたコートの中から50万円を見つける。

落とし主は玉木宏の扮した大樹26歳で、株取引で90億円もの資産を持つが、カネに縛ら
れて他人を受け入れないでいた。50万円を届けにきて礼を受け取ろうとしない野々山の存在に、初めて「カネで動かない人間」を実感して、大樹の人間不信の厚い壁が徐々に崩れる。
 
人と関わりを持ちたくない孤独な心を抱える二人が「はい」とか「いいえ」とか「いやそれは」などとゆっくりとした「間」で合槌を交わすセリフを重ねあいながら、ぎこちない空気のうちにも次第にお互いが心を開かせて行く。まさに山田太一の世界だった。カメラアングルも相手の背中や斜め後ろを狙ったとき、鋭い心理描写を感じさせた。
 
「自分の努力ではどうにもならないとき、絶望感にさいなまれて自分の限界を知らされる。その中でどう生きていくかを自覚する人が心の芯に沈黙を持つ人。なかなかいないでしょうが、そういう人物が魅力的に見えるドラマを作りたかったのです。
壁や壊せない現実を体験した人は、心の芯に沈黙があると思うのですが、そんな人を演じられるのは渡辺謙さんしかいないと思いました。ご病気をされたというのもあるのかもしれませんね」と、脚本の山田太一さんは語っている。
 
「お金は自分の幸福の分だけあればいい。お金がいっぱいあると減るのが怖くなってしまうのです。大樹は心の中におびえを持っているのですが、助言をくれる人がいませんでした。野々山はそんな大樹がお金を落として、お礼に半分あげると言ったのを怒って返します。
そして「もしかしたら、僕に助けを求めているの?」と大樹に聞くシーンがあります。両者は次第に認めあって心を寄せ合っていきます」とストーリーの出会いを解説する。

 ドラマは展開部で終わり結末がなく、視聴者に未来の希望を投げかけていた。
脇役にはベテランのいしだあゆみや笹野高史などが配されて、光った演技だった。
 
渡辺謙は「いつも星ひとつの夜を見上げているような男の話ですが、野々山にとっての星は希望なのか、淋しさなのか、孤独なのか、それがいろいろな場面でセリフの中に込められていたので、ていねいに包みこむように、ひとつひとつのセリフを自分の体の中から吐き出せるように心がけました・・」と。